劇団暁座へや高校生エンゲキ塾への応募用資料として
送ってきてもらったものを管理確認しているんだけど
自分を表現することがいまいちの人たちがけっこう多いことに驚きを隠せない。
写真は、まだ見せぬ自分をどう魅せたいか?
の判断材料にしてもらうはずなのに
えっ??これでいいの??
ってものが多い。
自分というものを、
かわいく見せたいか?
かっこよく見せたいか?
明るく見せたいか?
COOLに見せたいか?
そういった「私ってこうなんです!!」っていうのが伝わってこない…。
また良し悪しは別として、履歴書や経歴書は
もっと自分をアピールしてもいいんじゃないかな?
って思うんだよね。
文章の構成を考えるのはもちろんのこと、
例えば、キレイに書くのであれば、「筆ペン」で書いてみるとか。
そういった、違った角度からの切り口が
自分を表現する
っていう要素として必要だと思う。
受け取るプロデューサーによって良し悪しの感性は違ってくるだろうけど、
仮に悪しとするプロデューサーにとっても、
そのインパクトは打ち込むことは出来るんだと思うんだよね。
ちょっと変わった考え方や切り口が
表現に携わる人たちには必要だって思っているんだよね。
当たり前は、当たりの前で
当たりじゃない!
ってなかんじで、今日はこのへんで!
送ってきてもらったものを管理確認しているんだけど
自分を表現することがいまいちの人たちがけっこう多いことに驚きを隠せない。
写真は、まだ見せぬ自分をどう魅せたいか?
の判断材料にしてもらうはずなのに
えっ??これでいいの??
ってものが多い。
自分というものを、
かわいく見せたいか?
かっこよく見せたいか?
明るく見せたいか?
COOLに見せたいか?
そういった「私ってこうなんです!!」っていうのが伝わってこない…。
また良し悪しは別として、履歴書や経歴書は
もっと自分をアピールしてもいいんじゃないかな?
って思うんだよね。
文章の構成を考えるのはもちろんのこと、
例えば、キレイに書くのであれば、「筆ペン」で書いてみるとか。
そういった、違った角度からの切り口が
自分を表現する
っていう要素として必要だと思う。
受け取るプロデューサーによって良し悪しの感性は違ってくるだろうけど、
仮に悪しとするプロデューサーにとっても、
そのインパクトは打ち込むことは出来るんだと思うんだよね。
ちょっと変わった考え方や切り口が
表現に携わる人たちには必要だって思っているんだよね。
当たり前は、当たりの前で
当たりじゃない!
ってなかんじで、今日はこのへんで!