朗読用物語10.『僕は泣けない』(原作 キャシー「僕は泣けない」) | enjoy Clover

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朗読用物語10.『僕は泣けない』(原作 キャシー「僕は泣けない」)

持ち主のいない理科室の机に書かれたこの落書きが、私に向けてのメッセージではないことは確かだった。それでもこの落書きが気になったのは、私が「言葉」というものに敏感になっているからだろうか?


「泣いている人を見てうらやましく思う
僕は人前では泣けない
自分が弱いと泣いているけど
涙を人に見せれるあなたは強いと思う」


たった4行だけ、小さな文字で書かれた言葉。なんだか曲をつけて歌詞に出来そうだなと思ったけれど、すぐに「もう歌を作る必要はないんだ」と思い出した。


先月の文化祭で、私は生まれて始めて自分で作った歌を、生まれて初めて人前で歌った。別にミュージシャンになりたいわけでもアイドルになりたいわけでもない私がそんなことをした理由は単純だった。「友達に誘われたから」。要は、私は悪友の「文化祭の思い出作り」にノリで付き合わされただけなのだ。それなのに「あんた絶対歌上手いから!センスあるから!」という言葉に乗せられて、なぜか私が作詞、作曲、ボーカルまで務めることになってしまった。マンガやドラマのようにバンドメンバーで衝突することもなく、それなりに練習して、それなりに本番を迎えて、それなりに盛り上がってそれなりに終わった。演奏が終わった後で、言い出しっぺのマリとユカは涙を流して抱き合っていたけれど、正直私は何をそんなに泣いているのか全然理解できなかった。それなりに楽しかった文化祭が終わってから1ヶ月たった今私に残ったのは、歌詞に出来そうな言葉を探すというおかしな習慣だけだった。



3日経っても、机の落書きは消されずに残ったままだった。この3日間、この机に座った人の何人がこの落書きに気付いたのだろうか。何人かの人がこの言葉に共感したのだろうか。私も、ほんのちょっとだけこの落書きを書いた人の気持ちが分かるような気がする。文化祭のあの日、マリとユカがどうしてあんなに泣いていたかは分からなかったけど、正直に言うと、少しうらやましかった。なんだか、冷静に二人を見ている私だけ仲間はずれになってしまったような、そんな気がしていた。そんなことを思いながらもう一度落書きの言葉を読みなおした私は、少し離れたところに新しい落書きが増えていることに気付いた。


「どうしたらそうやって泣くことができる?
僕はいつの間にか泣き方を忘れた
この苦しみを涙で流して
終わりにできるのならどんなに楽になるだろう」


新しく付け足された、小さな文字の4行。この落書きを書いた人は、泣けないことをそんなに苦しんでいるんだろうか?私にはそこまでの気持ちは分からない。分からないけど、2行目に書いてある言葉には共感できた。「僕はいつの間にか泣き方を忘れた」。私も…私もそうかもしれない。そういえば、もうどれくらい人前で泣いてないだろう?ねえ、どうやったら泣くことができるかは私にも分からないけど、あなたと同じように泣けない人がいるって分かったら、あなたも少しは楽になるかな?私はシャーペンを手にとって、落書きを書いた誰かに話しかけるように一言だけ書いた。


「私も、泣けないよ。」




1周間経つと、さすがに机の落書きは消えていた。誰かが掃除の時にでも消したのだろうか?それとも、落書きを書いた本人が消したのだろうか?もしそうなら、私が書いた一言に気付いてくれただろうか?ほんの少しでも、苦しい気持ちは楽になってくれただろうか?まるで落書きを書いた誰かの苦しみが自分に乗り移ったかのように、私は気になってその日は一日授業どころではなかった。


「はい、これ、次のやつ!今度はこれにしようよ!」


放課後に興奮気味で声をかけてきたのはマリだった。テンションが上がると言葉足らずで何を言っているのかサッパリ分からないのはいつものことだ。これでも国語の成績はそう悪くない方だから、通知票の数字というのはどこまで正しいのかよく分からない。


「何?どうしたの?全然意味分かんないんだけど。」


 私が尋ねると、マリは「あー、ゴメンゴメン」と言って持っていたルーズリーフを差し出してきた。


「今度さ、この詞を元に曲作ってよ!理科室の机に書いてあった言葉なんだけど、なんだかチョー感動しちゃってさ!」


マリがあのバンドをまだ続けるつもりだったということにも驚いたが、今はそれよりもルーズリーフの言葉が気になった。マリが見たのは、きっとあの落書きだ。私はまるで熊が川で魚を取るかのようにマリの手からルーズリーフを取ると、すぐに書いてあった言葉に目を落とした。そこに書いてあったのは、やっぱり理科室の机に書いてあったあの言葉だった。だけど…


「マリ、これあんたも何か言葉書き足したの?」


ルーズリーフには、私の知らない言葉が書いてあった。私が書いた言葉の続きに、まるで私と、そして最初の書き主にやさしく贈るように。


「ウチにそんなセンスあるわけないじゃん。机に書いてあったのをそのままメモっただけだよ。」


私の後に、誰かが私のように言葉を付け足したのだろうか?それとも、元々の落書きの書き主が私の言葉に対して書いたのだろうか?きっとマリに聞いても、どの言葉が誰の書いた字だったかなんて分からないだろう。それに、なんだかそんなことはどうでもいいような気がした。


「今だけは泣いていいよ 誰も見てないから
今だけは泣いていいよ 無理に笑わないで

泣くことは弱いことじゃない かっこ悪くない 大丈夫だから」


 私は、マリの言うとおりこの落書きの言葉から歌を作ることにした。文化祭の終わった今マリがいったいいつこの曲を人前で披露するつもりなのかは分からないけど、そんなことはどうでもよかった。誰にも聴いてもらえなくたって、私はこの歌を完成させたい。私自身のために。だけど、この落書きがそうであったように、私が今から作るこの歌がいつかまた誰かのところに届くかもしれない。できれば、最初の落書きの書き主のように、涙の流し方を忘れた誰かのところに届けばいいな。そんなことを思いながら、私は頭の中でこの言葉を届けるためにふさわしいメロディーを探し始めた。

(完)

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【原作楽曲】『僕は泣けない』  作詞・作曲:キャシー

この歌は頑張っているあなたのために作りました
よかったら今日はこの歌を聴いて泣いてください

泣いている人を見てうらやましく思う
僕は人前では泣けない
自分が弱いと泣いているけど
涙を人に見せれるあなたは強いと思う

今だけは泣いていいよ 誰も見てないから
今だけは泣いていいよ この歌のせいにして
辛かったね 頑張ってきたね  一人で耐えてきたね
辛かったね頑張ってきたね

どうしたらそうやって泣くことができる?
僕はいつの間にか泣き方を忘れた
この苦しみを涙で流して
終わりにできるのならどんなに楽になるだろう

今だけは泣いていいよ 心を開放して
今だけは泣いていいよ この歌のせいにして
悔しかったね 寂しかったね 誰にも頼れなかったね
悔しかったね 寂しかったね

泣くことは弱いことじゃない かっこ悪くない 大丈夫だから

今だけは泣いていいよ 無理に笑わないで
今だけは泣いていいよ この歌のせいにして
辛かったね 頑張ってきたね 一人で耐えてきたね
辛かったね 頑張ってきたね
悔しかったね 寂しかったね 誰にも頼れなかったね
悔しかったね 寂しかったね
泣きたかったね 泣きたかったね 本当はいつも泣きたかったね
泣いていいよ 泣いていいよ この歌のせいにして