朗読用物語14.『ドーナツのメロディー』(連作「ちょっとずつ」第2話) | enjoy Clover

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朗読用物語14.『ドーナツのメロディー』(連作「ちょっとずつ」第2話)


 「あんた、また部活辞めたんだって?」


 私は先週、高校に入ってから3つ目の部活を辞めた。入学してすぐに入ったのは陸上部、その次に入ったのは弓道部、そしてこの前辞めたのが演劇部。


「まぁね。私に演技の世界は向いてなかったみたい。」


お姉ちゃんは素っ気なく「だろうね。」と言いながら目の前のドーナツに手を伸ばす。私の好きなチョコオールドファッションを残してくれるのが、お姉ちゃんの優しいところだ。


私とお姉ちゃんは少し年が離れているお陰もあって、仲が良い方だと思う。お姉ちゃんが大学を卒業して小学校の先生になって実家を出た後も、時々こうやってドーナツショップで姉妹二人だけの女子会をする仲だ。


「聞かないの?辞めた理由。」


「あんた昔から飽きっぽいしね。昔習ってたピアノも1年くらいで辞めちゃったし。あんたが話したいなら聞いてもいいけど?」


 私はお姉ちゃんのこんなところが好きだ。素っ気ない中にもさり気なくある優しさ。中に甘ったるいクリームが入っていたりシュガーシロップがかかっていたりするドーナツのようなベタベタした優しさではなく、シンプルなドーナツにほんのちょっとだけチョコのかかっているチョコオールドファッションのような、そんな優しさ。そんなお姉ちゃんの前では、私もつい素直になってしまう。


 「私って昔から何をやってもいつも二番か三番でしょ?何でもいいからひとつくらい何かで一番になりたくて。それでいろいろやってみてるんだけどさ、でもなんだかどれも私に向いてないような気がして。」


 お姉ちゃんはドーナツを食べながら聞いている。こんなこと、たぶんお姉ちゃん以外には言えないな。学校では八方美人な私は、人間関係だっていつも誰かの二番か三番だ。「一番仲の良い子は?」と聞かれて私の名前を答える子は、きっと誰もいない。


 「ふーん。ま、いいんじゃない?いろいろやってみれば?」


何でも一番が多かったお姉ちゃんには、たぶん分からないだろうな。この気持ち。私がピアノを辞めた理由は、先に習っていた優秀なお姉ちゃんといろいろ比べられたからだったりする。そういえば、お母さんから生まれたのだって、お姉ちゃんが一番目で私が二番目だ。


「私の中ではあんたが一番の妹だよ。妹あんたしかいないし。」


 笑いながらこんなことがさらっと言えるのも、お姉ちゃんの優しくて、そしてちょっとずるいところだと思う。




 帰りの電車の中で彼を見かけてつい声をかけてしまったのは、さっきお姉ちゃんとあんな話をしたからだろうか?中学校の時から同じ学校で、高校に入ってからも数ヶ月だけ同じ陸上部仲間だった柴田隆史くん。


 「部活終わり?」「まぁね。そっちは?」「ちょっと寄り道して今から帰るところ。」「そっか。」なんて当り障りのない会話を一通りして、すぐに気まずい沈黙の時間が訪れた。


 私は、中学校の時から密かに彼のことが気になっていた。異性としてではない。彼に、どこか自分と同じものを感じていたのだ。彼も私と同じ、一番になれない人種だと。中学では帰宅部で運動神経も決していいとは言えない彼が高校で突然陸上部に入った時には驚いたが、やっぱり私の予想通りパッとしない成績だった。専門種目は短距離だったかな。


 「部活、楽しい?なんで高校から急に陸上始めたの?」


 ずっと、聞いてみたかったことだった。なんで、突然勝ち負けのはっきりする陸上競技の世界に入ったのか。どうして、才能がモノを言う短距離の世界に居続けるのか。仮にも元陸上部の私が聞いたからか、彼は少し言葉に詰まりながら答えた。


 「陸上部に入った理由はなんとなくだけど、部活は楽しいよ。相変わらず大会には出られないし、リレーメンバーにも選ばれないけどね。それでも俺、球技とかは苦手だけど短距離は好きだし。最近記録も伸びて調子がいいんだ。」


 「へぇー、頑張ってるね。すごいじゃん。」



 嬉しそうに話す彼を見て、私は彼に少し嫉妬してしまった。彼は、なんでそんな表情ができるんだろう?なんでそんなに楽しむことができるんだろう?一番じゃないくせに。一番になれないくせに。


 「一番になれないのに、そんなに楽しいの?」


 しまった。つい本音が声に出てしまった。私は慌てて謝ろうとしたが、彼は何も気にしていない様子で笑いながら答えた。


 「確かに、上を見だしたらいくらでも速い奴がいるからな。正直、俺がどんなに頑張っても勝てない奴もいると思ってる。でもさ、自分がどんどん速くなっていくのが記録で分かるって楽しくない?今の自分が、過去の自分と比べて一番になれるんだぜ。」

 
  堂々と語る彼を見て、私は急に恥ずかしくなった。彼は私と同じ人種だなんて思っていたけど、それは私の思い違いだ。彼が見ているのは、誰かと比べて一番になれるかどうかなんかじゃない。それなのに私は、なんて器の小さな質問をしてしまったんだろう。自分が情けなくなった私は、「ここで降りるから」と言ってちょうど電車が止まった駅で用事もないのに急いで降りてしまった。




 昨日会ったばかりだというのに、お姉ちゃんは今日もドーナツショップに付き合ってくれた。「あんた知り合いは多くても友達は少ないもんね」という痛いところをついた嫌味は言われてしまったが、それでもこんな妹に付き合ってくれるお姉ちゃんは、やっぱり優しいと思う。だから、お姉ちゃんに昨日の話を聞いてもらいたかった。


 「あんたとは大違いだね、その男の子。他人と比べて振り回されないってのもそうだけど、要するに彼は自分の一番好きなことをやってるわけだ。」


 そう。お姉ちゃんの言うとおりだ。私と彼の違いは、自分の中の一番を持っているかいないかということ。


 「だからなんだか嫉妬しちゃってさ。ねえお姉ちゃん、私の一番って何だろう?」


 それは自分で見つけなければ意味が無いというか、自分にしか見つけられない。そんなことはもう分かっている。ただ、それでもお姉ちゃんに聞いてみたかっただけだ。


 「鼻歌。あんた昔から昔からよく鼻歌歌ってたじゃん。よくそんなに思いつくなって、私真面目に感心してたんだよ。もう一回ピアノか何か音楽やってみたら?」


 本気か冗談か分からないようなことを言いながら、お姉ちゃんはドーナツに手を伸ばす。お姉ちゃんが手に取ったのは、私の好きなチョコオールドファッションだった。私が慌てて取り返そうとすると、お姉ちゃんは「あるじゃん。あんたの一番好きなもの。」と笑いながら私にドーナツを渡してくれた。私は、今なら照れ隠しに一曲鼻歌が歌えそうな気がした。


(完)

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