朗読用物語4.『初恋のヒマワリ』(原作 東真紀「ジョンの純な恋物語」) | enjoy Clover

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朗読用物語4.『初恋のヒマワリ』(原作 東真紀「ジョンの純な恋物語」) 


  もうそろそろ眠くなってきちゃったな。ボクはいつも眠る前にキミのことを思い出すんだ。今までキミと一緒にいっぱい遊んだね。ボクは自分の気持ちをうまく伝えるのが苦手だから、キミにはずいぶん迷惑かけちゃったこともあったっけ。いったい何度キミを泣かしてしまったことか…。忘れられないこともあるけど、思い出せないこともきっといっぱいあるくらい、一緒にたくさん思い出を作ってきたよね。時にはキミのことを引っ掻いたり、噛み付いたりして傷つけちゃったこともあったけど、ボクはずっとキミのことが大好きだったんだよ。


  ボクとキミが初めて出逢ったころ、お互いまだとっても小さな子どもだったね。キミはとっても泣き虫で、いつも泣いてばかりだった。ボクがキミの家で一緒に暮らすようになってからしばらくの間、キミはほとんど毎日泣いていたんじゃないかな?


  あの日のことは、ボクは一日だって忘れたことはないよ。キミが庭で遊んでいる途中に何かつまずいて転んだ後、キミはいつものように大声で泣き出した。キミがあんまり大声で泣くものだから、ボクはついついキミに近づいて、涙が流れるキミの頬をペロッて舐めちゃったんだ。そしたらキミは、さっきまであんなに泣いていたくせに今度は急に笑い出した。ヒマワリみたいだった。あの時のキミの涙の味も、ヒマワリみたいな笑顔も、あれからずっとボクの頭の中に残ってる。あの瞬間、ボクは間違いなく恋に落ちたんだ。


  毎日夕方になると一緒に散歩に出かけたね。キミにとってはただ公園に行ってボール遊びをしていただけかもしれないけど、ボクにとってはいつも特別なデートだったんだ。ヒマワリみたいなキミの笑顔が何度も見たくて、ボクはキミの投げるボールを全速力で追いかけた。毎日毎日、ご飯のときと寝るとき以外はいつもキミのことを考えていたよ。キミのお気に入りのワンピースだって、僕にはまるでウエディングドレスみたいに綺麗に見えたんだ。



  もちろんあの日のことも、ボクはよく覚えている。キミが家を出ていく前の日の夜。キミはボクの小屋の前にしゃがみこんで最後の挨拶に来てくれたね。キミの涙を見たのは、本当に久しぶりだった。でも、あの日は子どもの頃のように大声で泣かなかったね。キミもすっかり大人になったんだって、その時しみじみ思ったよ。そのせいで、キミの唇があの時なんてつぶやいたかは聞き取れなかったけど。だけど、ボクにはキミが何て言おうとしたかがちゃんと分かったんだ。それなのに、キミはいつまでも泣いてばかり。大人になったと思ったのに、また泣き虫に戻っちゃったの?最後にもう一度ヒマワリみたいな笑顔を見せてよ。キミは、幸せになるためにこの家を出ていくんでしょ?明日は本物のウエディングドレスを着るんでしょ?いつまでも泣き虫のまんまじゃ、キミの大好きな人に嫌われちゃうぞ。ボクは何度もキミの頬を舐めた。言葉で伝えられない代わりに、何度も何度も舐めた。子どもの時とは違う味の涙。もしも言葉で伝えられたなら、ボクはキミに何て言ったんだろう?「行かないで」なんて言葉は、きっと言えなかっただろうなぁ。キミは、最後に涙を流しながらもう一度笑顔を見せてくれたよね。あの時の涙は、まるで宝石みたいにキレイだったなぁ。それからキミは、毛むくじゃらのボクを泣きながら抱きしめてくれた。いつまでも、いつまでも、ずっと抱きしめてくれてたね。



  あれから、キミのいなくなった家でボクは庭のヒマワリが咲くのを何度も見た。ママから聞いたよ。今度、キミもついにママになるんだってね。赤ちゃんが生まれたらボクにもちゃんと見せに来てよ。キミの子どもの時みたいにかわいい子になるんだろうなぁ。やっぱり、キミに似て泣き虫な子になるのかな?男の子だったらどんな子に育つんだろう?


  キミは今の僕を見たらびっくりしちゃうかな?もう、あんまり散歩にも行きたくないんだ。ご飯だって前みたいにいっぱい食べられない。だから毎日昼寝をしながら、いつもこうやってキミのことを思い出してる。なんとなく、分かるんだ。次が最後の昼寝になるだろうなってこと。だから、最後はこうしてキミとの思い出を全部思い出したかったんだ。


  だけど、寂しくなんてないよ。これからは昼寝なんてする必要はなくなる。もう走れなくなったこの体から離れて、自由にキミのところに行ける。これからはいつでもキミの近くにいるよ。目には見えなくなっても、キミならきっと分かってくれるよね?感じてくれるよね?これからは、キミの一番近くで、キミと、これから生まれてくるキミの子どもを守ってあげる。泣き虫のキミが、いつでもヒマワリみたいに笑えるように。ボクの初恋は、これからもずっと続いていくんだ。もう頬を舐めてはあげられないけど、その代わりに、目には見えないチカラでずっとキミを守ってあげる。だからさ、ママになっても、おばあちゃんになっても、キミはいつまでも、ずっとずっとヒマワリみたいに笑っていてね。

(完)

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