目が覚めて最初に視界に飛び込んできた彫刻のように整った寝顔に、私は絶望感で押しつぶされそうになった。

(私……なんてことをっ…!!)

どうかこれが悪い夢であってほしいと願ってみても、素肌のままシーツに包まっていることも、ありえな所にありえなような痛みを感じることも、目の前にある神様が丁寧に丁寧に造ったであろう整った顔も……。
現実だと思い知らされる材料がこれでもかと揃って、私に事実を突きつける。

取り返しのつかないことをしたと震える手脚を必死で奮い立たせ、敦賀さんを起こさないようにそっとベッドを抜け出すと、脱ぎ散らかされた服を掻き集めて急いでバスルームに駆け込んだ。

家主に断りもなくバスルームを使うことに少し気が引けたが、そんなことは言っていられない。
少しでも昨夜の痕跡を自分の身体から消そうとシャワーを浴びる。
熱いお湯に打たれ、シャワーの音で誤魔化すように少しだけ泣いた。

身支度を整えて、敦賀さんが起きないうちにマンションを出ようと思った。
時計を確認すると、まだ朝の5時を少し過ぎたばかり。
昨夜、誰にも食べられることのなかった夕食を片付けにキッチンに入った。
どうせならと、こんな状況にもかかわらず敦賀さんの朝食を手早く用意する。

なるべく音を立てないように、炊飯器のスイッチを入れてお味噌汁をつくる。
卵焼きを焼くときのじゅわっという音にさえハラハラしながらなんとか作り終えて洗い物をしていると、私の腰に長いものが巻き付いた。
同時に香ってきた爽やかな香りと、それに混じる彼本来の甘い香り。
昨夜あの広く大きなベッドの上で意識がなくなるまで何度もその香りに包まれた。

「おはよう」

「……おはようございます」

(逃げ遅れた……)

ついいつもの食育グセで朝食の用意なんてしてしまった自分にひどく後悔した。
たとえ今逃げたとしても、敦賀さんに会わないで過ごすことなんて出来ないことはわかっている。
それでも少し一人で気持ちの整理をする時間が欲しかったのに……。

『昨夜はどうかしていたんです。どうか通りすがりの犬にでも噛まれたと思って、忘れてください』そう謝って、どうにかなかったことにしてもらおうと思っていた。
どんなに私が敦賀さんのことが好きでも、敦賀さんには他に好きな人がいるのに……。
こんなことをしてしまった以上、もう今まで通りの先輩後輩には戻れない。

「心配した…」

「え…?」

「起きたら、君がいなくて」

「あ…朝ごはん…作ってて……」

敦賀さんの腕は私の腰に巻き付いたまま。
後ろから抱きしめるようにして、首筋に顔を埋めている。
首筋を擽る柔らかな黒髪と唇の感触が昨夜の情事を思い出させて、私の中の奥の方が熱くなった。

「うん。いい匂い」

「お魚、焼いたから…」

「最上さんの匂い。あまい……」

「っ…!」

咄嗟に敦賀さんの腕から逃れると、今度は正面から抱き寄せられ、唇が重なる。

「ん……はぁ…」

「今日は、何時から?」

「……午後からです」

唇が離れても、鼻先は触れ合うくらいの距離で尋ねられ、馬鹿正直に答えてしまう。

「俺も……。じゃあ、もう少しゆっくりできるね」

もう一度敦賀さんの顔が近づいてきて軽くキスをすると、そのまま抱きかかえられるようにして寝室へと向かった。

この日を境に、私と敦賀さんはこの部屋で身体を重ねるようになった。
私たちはただの先輩後輩ではなくなった。
敦賀さんの腕の中にいるときだけは、孤独感も焦燥感も忘れられた。


これまでの関係を、私が壊した。



∞∞∞∞***∞∞∞∞

相変わらず遅々として、なかなか先に進みませんが、辛抱強くお付き合いくださると嬉しいです_(._.)_




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