なんだか知らない間に、Twitterのリツイートで「船橋市で不正な開票作業が行われた」風なYouTube動画が流されています。なんだかなあ~という感じです。

平成25年7月の参議院議員通常選挙において、高松市選挙管理委員会による、組織ぐるみとは言わないまでも、複数人が関わる、民主主義の根幹を揺るがす前代未聞の事件がありました。そのせいもあってか、あるいはそれ以前からもインターネット上では「開票事務の不正」を取り扱うものが散見されました。そして今回船橋市でもそのあおりを受けて、「仮説」に基づいて、「興味本位」で、「ことさら問題化させよう」という意識で、開票作業に疑義、異議を申し述べているようです。

さて、選挙事務とりわけ開票事務を取り巻く「圧力」がどれほどのものかご存じでしょうか?
まず、選挙管理委員会側の「一つの問題もなく開票結果を出さなければならない」プレッシャー。
船橋市で考えてみましょう。選挙事務は、通常全く違う業務に携わっている「市の職員」を多数動員して事務を行います。これがまず大変。例えば、先般行われた衆議院議員選挙のように、突然の解散が行われた場合、「普段関係のない職員」に、「選挙事務の重要さ」や「一発勝負の後戻りできない事務」であることなど、緊張感を持って仕事に臨んでもらう「思想」を「伝える」時間もままなりません。

http://www.city.funabashi.chiba.jp/shisei/election/1/p033252.html

をご覧ください。投票所だけでも80カ所以上あります。この運営だけでも大変です。投票時間中は、職員が張り付き、ボランティアの立会い者に不正がないかの立会いをしていただきます。また、投票所の設置においても不正が行われない手順に従って厳重に取り扱われます。そして開票時間が終了するとこれまた投票用紙の運搬に不正が行われない手順で開票場所まで運搬されます。この手順さえも選挙管理委員会の職員だけでは対応できませんから、「普通の市の職員」を大人数動員して、分担して、業務に携わります。逆を言うと、業務の分散により不正が行われにくい環境を作っていると言っても良いでしょう。

そして開票所における開票作業に移ります。
今度は、ここでのプレッシャーが候補者側、候補者の支援者も含め、これまた大変なものです。支援者も含め候補者側は「早く自分の成績を知りたい」気持ちから「殺気」立ちます。「早くしろよ」というプレッシャーです。一方で、公表する数字に「間違い」は絶対に許されません。そのプレッシャーも半端ではありません。

従って、数字を発表するまでの作業工程とチェック体制は凄まじいものです。速さと正確性を求められるものです。

有権者数の違いがありますから、開票作業をする「手順」や「方法」は、市区町村選挙管理委員会によって全く違います。もっと言えば、一般の市民の方々が、一部の撮影された動画だけを見て「不正だ」などと言えるものではありません。先般の衆議院議員選挙の開票作業の一部を全国ネットのテレビ局が放映しておりしたが、ああいったものは全くの素人の仮説が一人歩きした典型例だと思います。後刻、当該選挙管理委員会が作業工程を説明したようで、事なきを得ましたが、私でもわかる(説明できる)くらい当たり前の作業風景を意図的に不正だと騒ぐのはいかがなものかと思いましたね。
少々話はそれますが、最近の若い方は「自分の知識」の範囲内、「自分の尺度」で、社会の様々なことを批判をする方が増えたようです。先般、大晦日の番組で若手のというか、東京大学院生で社会学者と言われている方が、大学教授に「苦言」を呈されていました。
いわゆる「『揚げ足取り』的批判」ばかりで全体を俯瞰する議論ができていないということを「叱られて」いました。
さて、話を戻しましょう。
「選挙の投票用紙」どんなものかご存じですか?船橋市では、折って投票しても「開く」性質の用紙を使っています。昔は、折って投票されたものを開く作業に時間がかかったからです。これは完全に手作業ですから画期的な開発でした。次に仕分けていくのですが、「人」が「目」で読み「同じもの」と「疑義のあるもの」とを分けます。今は、この作業を機械化しています。機械の読み取りのため、用紙の向きを整える作業をします。この作業を前述のニュース映像で流していました。これは、機械に読み取らせるためですから、当然、全部の候補者の名前が混在しているのが「自然」です。
今度は、その説に対して「読み取り精度」の問題をことさら言っておりました。はい、それはそうでしょう。しかし、それでも「作業効率」は確実に上がっているのです。じゃあ、「機械の読み間違いは?」という疑問。当然です。だからこそ、「人の目」による二重三重のチェック体制があるのです。少々機械の読み取り精度に戻りますが、私はこの世界は素人ですが、まさに自分の経験だけで物を言わせていただければ、我々「市民レベル」で利用する「文字認識ソフト」って確かに精度に満足できないものがあります。しかし、一方では、郵便局をはじめとする「プロ仕様」は、精度を100パーセントに近づける技術革新が続いていると思うのです。逆を言えば、アプリケーションに学習をさせればさせるほど精度は上がるでしょうし、プロ仕様を使うようなところでの、あいまいデータの多さは個人のデータに及ぶものではありません。ですから、我々が考える以上に読み取り精度って高い気がします。

さて、読み取った後、疑義のある表記はどうするか?
「投票意思を尊重する」ことが肝要だということです。
名前がフルネーム完璧ではなくても、投票した方の意思を尊重するということです。特定の候補者に投票の意思はあるけれども、緊張していて、思い出せない。名前の一部だけ記載したが思い出せない。そこで慌ててしまって投票台に記載の候補者名も目に入らない…などなど、有権者、投票者のそれぞれ、個々の事情は千差万別ですが、投票所まで来て、投票用紙に記入しようという意思は最大限に尊重し、できる限り「有効投票」にする、という意思があります。

さてこの部分の記述でもお判りいただけると思いますが、間接民主主義の最善の手段という考え方に基づく選挙です。より多くの方々に投票をしていただき、その意思の反映をさせることが最も重要なことでもあります。

ですから、投票用紙を投票箱に入れた意思はできるだけその意思を尊重しようということなのです。

発展途上国の不安定な政治状況ならいざ知らず、ある程度成熟社会となり、政治も十分に熟してきている中で、開票結果を不正に操作することができるかといえば、意味もなく、ありえない話でもあるのです。

今回の衆議院議員選挙でも「不祥事」がいくつか報道されました。しかし、それは役人独特の自己防衛のための白票操作などです。
選挙事務を行う者のことなどおかまいなしに、投票用紙を持ち帰ったり、意味不明のことを書いたり、いろいろな有権者がいるのも事実です。従って、選挙のたびに統計的にある一定数の「不明数」はあるものです。それはそれで認めざるを得ないことなのです。

じゃあ「誰がそんなことを認めているんだ?」という質問がきそうです。
選挙管理委員会とは、中央は公職選挙法で、地方は地方自治法でそれぞれ定義づけられており、その委員は船橋市であれば船橋市議会において選挙により選ばれます。きちんとこの国の法体系に位置付けられて、公職選挙法はじめ様々な法律に基づき選挙は執行されています。

さらに申し上げれば、選挙に関連する法律を十分に熟読、熟考された上で、当該選挙に疑義があるのであれば、しかるべき、定められた手続きに基づいて「意義の申し立て」をすればよろしいのではないでしょうか。

ことさら特定の画像や映像を撮影し、その分だけで全体的に疑義があるようなストーリーを作り、公にすることは如何なものかと思います。

少なくとも、船橋市選挙管理委員会ならびに同事務局職員は全国的にも胸を張って公正公平な仕事をしていると「断言」してもいい組織であることは私が、船橋市議会議員としてはっきりと申し上げておきます。議会において前述したように選挙して選挙管理委員を選出しております。その部分もなんら問題はないものと申し上げておきます。