異文化融合の当地は、私の故郷と同じ開拓民の地で、五世代程前に、中国本土から来た中華系移民が7割。


1965年の独立建国以前の義両親世代まで大変な苦労があり、それを見て育った夫姉弟は最後の親孝行世代。


親を大切にする、血の繋がり・家族の繋がりを大切にする意識が強い。


兄弟姉妹間・親族の行き来、週末の食事会、誕生日会、旅行は、当たり前。


義母は15人兄弟姉妹の長女なので、

その親族も、当然、家にやって来る。


結婚前から家族イベントに交わり数のパワーに圧倒され、ここに嫁ぐ事はこの文化の中で生きる事と覚悟はしたものの、


結婚当初、姑&小姑との同居は不自由で大変、と思い込み、二人で住む事を好み、夫は快く私の希望に従ってくれました。



義甥っ子誕生日会🎉


自分の周囲に立てた壁を取り払って、澄んだ気持ちで現実を観ると、新しい発見・機会が芽生えやすくなります。


夫と実家に戻る決断ができたのは、異文化の中で多様な視点に揉まれ鍛えられ、拘りが消えて気持ちが変化したから。


認識も解釈も現実も、全て、自分が創った偏見・幻想の記憶。


この無限の中で、どこに意識の焦点を当て、何をすくい取るかは私次第で、全ての気付きを成長の踏み石にする、この軸があれば大丈夫と感じた。


三世代同居から7年、特にこの2年半は、大家族で良かったと感じています。


大家族の利点は、お互いに助け合って、

各自が得意な事をやって補い合える事と、人間関係の修練の場になること。


家庭という小社会で、大人数で暮らしてると、自他を尊重しながら自分も快適に過ごす知恵が自然に身に付きます。


子供の居ない私達夫婦は、義甥や義姪と一緒に過ごし、子育ての楽しいとこだけ経験できる。


27歳頃の、潜在意識全開で率直で可愛くて面白い、著しい成長の時期を一緒に過ごせるのは、驚きと喜びの連続です。


彼らも異文化を持つ私と遊びながら

日本に興味を持って、世界が広がる。

(実際、簡単な日本語を話せる)


子育てと仕事で多忙な親は、子供を任せて、自分達の時間のゆとりができる。


祖父母は子供や孫たちに囲まれて異世代の刺激を受け、ボケる暇も無く、家に常に人がいるので安心。


孫世代は、祖父母の老いを間近でみて、老いる意味や、祖父母を反面教師として、健康維持と自己管理も学べる。



週末も一緒に遊ぶ

当地は、夫と同様に妻も働いてお金を稼ぐことが当然の風習で、家と子供は親に任せて、夫より稼ぐ妻も多い。


専業主婦の方が珍しく、専業主婦と言うと身体が弱くて働けないの?と思われる程、共働きが当たり前。


家事・料理・介護は女性の責任ではなく、外注し外国人メイドを雇う、屋台で買う、三食外食など、多様な選択肢があり、各家庭の方針で選択できる。


経済的に余裕があっても他人と一緒に住みたくない家庭は、住み込みメイドではなく通いのメイドを雇ったり、


産後専門メイドや介護専門メイドも居て、女性だけに大きな負担がかからない社会システムが整っている。


当地の男性は、2年の兵役で裁縫から掃除、ベットメイクなど一通り出来るので、女性がやるべきと言う意識も無い。


夫世代の男性は、イギリス式の教育を受け、紳士的で家庭的で子煩悩、特にうちはその傾向が強く、子供が大好き。


食後、手製ミルクティーを振る舞ったり、子供達の面倒をかいがいしくみたり、周囲を観てさり気なくサポートできる。



大家族は、人が多い分、個性も思考も多種多様、相違があるからこそ、新しい価値観・違う立場からの視点を得て、自分の個性が浮き出て、学びが深まります。


全ては私の気持ちひとつで、

誰のせいでもなく人生は自己責任。


自分以外の誰も私の自由を侵害しないし、私を憤慨させることもできない。


自分の軸を大切に、家族でも、適度な距離感をもって、相手の軸も尊重する。


自分の周りに壁を作らず、自分のご機嫌様の為に、常に自分から自発的に動く。


大家族との生活で学んだことは、これからの新しい世界でもとても大切なこと。


自分らしく快適に楽しく、自他と調和し、どんな状況でも私がご機嫌様で居る。


今居る場所を自らの手で都にする。


世界のどこに居ても、家族じゃなくても、地域で、大家族みたいに、誰もが得意な事をしながら、自他を尊重しつつ、助け合って楽しく暮らす世の中にしたい。


先ずは、自ら率先して、自分の理想を実践してゆくこと、と肝に銘じています。


大勢でもひとりで居ても、快適でご機嫌様❤️