ただ年を経るということは、己の非や弱点をなんの衒いも見栄もなく一つひとつ認めていくことのように思われてならない。それが自分における自信につながるのか、自信がついたからそのようにできるのかはわからないが、認めていくことによってはじめて人間は強くなっていくことができるように思われる。認めないことは弱いことなのだ。弱い人間は自分も他人も認めることができない。
=========<勢古浩爾『ぼくが真実を口にすると吉本隆明88語』>
己の非や弱点を認めることで強くなる。
これは正しく自分を認めることであって、
「わたしはこれだけしかできないのです」という
開き直りではないだろう。
「認める」の手前に「わかる」があって、
その手前に「気づく」があるのだと聞いた。
「気づいて、わかった」あとに認めることができる。
河合隼雄さんは「人生は上昇と下降が同時に起きている」と書いている。
年齢を重ねる(上昇)と体力は落ちる(下降)が、経験は豊かになる(上昇)
ということだと理解しているが、下降は気づきやすいが、上昇はわかりにくいのが、
なんとも言えず寂しい。
だが、それも、まずは下降をちゃんと認めることで、
上昇がはっきり見えてくるのかもしれない。
抗うことも必要だが、認める気概も必要なのだろう。
己の力のなさを認めることで、
強さに気づき、わかり、認めるようになりたいと思う。