私たちが子供の頃、学校で行進の練習をさせられたときなどに、クラスに1人くらいは「同側の手足が同時に前に出る」ような歩き方になってしまう生徒がいて、
「あいつは運動神経が鈍い」という烙印を押されていたりしました。
・「ナンバ」の動き
そうした、腰を捻らずに同側の手足を揃えて前に出すような動きは「ナンバ」と呼ばれ、
相撲のすり足や空手などの半身の構え、あるいは阿波踊りとか能の舞、また田植えや鍬を振る時の形などに、現在でもその典型を見ることができるものです。
それは近代以前には日本人が普通に行ってきた自然な身体の使い方なのですが、
明治以降に軍隊や学校体育に導入された西洋式の体育教育や、とくに近年の「科学的」とされる運動理論によって、現在ではほとんど失われているともいわれています。
・科学的トレーニングの弊害
近代になって馬術競技を含めたスポーツ界で広く行われるようになった「筋力トレーニング」は、特定の部位に負荷をかけ、壊れた組織が修復しようとする仕組みを利用して体力を強化しようとするものですが、
そのために特定の筋肉や関節、骨などにかかる負担が大きく、
また特定の筋肉だけを意識して動かして鍛えようとすることで、局部の筋力に頼る「下手な動き方」が染み付いてしまい、全身の動きがアンバランスになったりして、
かえって故障しやすくなって、早くに選手生命を絶たれたりする人も多くなっていると言われています。
・「ナンバ」の効用
そんな中で、日本人が古来、日常の仕事や、武術の命がけのやり取りの中で、身体にあまり負荷をかけないように、あるいは、相手にさとられぬように気配なく、素早く動いたりするために、自然に生み出してきた、地面を「蹴らない」、「身体をねじらない」、「タメをつくらない」、といった特徴を持つ動き方が、実は非常に効率的で、かつ身体への負担の少ない「身体に優しい動き方」であるということで、最近では、スポーツ界のみならず、医療介護業界、音楽、舞踊、ロボット工学など、各界から注目されるようになっているのてす。
乗馬で、手足を独立させてバラバラに使うことが大切な事は、よく知られていると思いますが、同時にこれがなかなか難しいということも、皆さんよくご存知だと思います。
例えば、馬を左右に誘導する場合、一般的な指導法では、例えば開き手綱の扶助を行う際、脊柱を軸として上体を捻じって拳を横に動かすようにアドバイスされることが多いものです。
初心者の場合は、こうすることで、手が思うように動かなくても、腰を捻じることで片方の手綱を引っ張ることができますから、とりあえず馬の首を曲げることができます。
ですが、このように上体が「ひとかたまり」で回るような動きでは、その回転に全身が引きずられ、身体の各部同士が互いに独立する事ができません。
左右の手が同時に同じ方向に動いてしまうため、開き手綱とは逆の手綱を持つ拳が上がり、外方の抑えが効かず、肩から逃げられるといったことが多くなります。
身体全体を同時並列的に働かせて使うためには、ナンバの運動原理の一つである「井桁崩し」といわれる動きが有効です。
「井桁」というのは、割り箸などを漢字の「井」の字形に組んだ状態のことですが、これを、段ボールの箱を畳むときのように、向かい合った辺を互いに逆方向に動かしていくと、正方形から平行四辺形に変形していきます。
四角形が一点を中心に回転するような場合、4つの角の角度は変わりませんが、井桁崩しの場合、それぞれの角は同時並列的に動き、その角度を変えていきます。
この動きは、武士が腰に差した刀を抜くときの身体の使い方と同じです。
刀は長いので、上体を捻って抜こうとしても鞘に引っかかって上手く抜けません。
もう一方の手で鞘の鯉口を握り、膝を抜いて腰を落としながら、左右の腸骨を前後にズラして刀を差した腰ごと鞘を後ろに引くようにして、真っ直ぐに刀を抜いていくのです。
それと同じように、箱の側面を互い違いに前後にずらしていくような感じで、半身を前に出すのと同時に逆側の半身は後ろに残すようにして、
開く拳を後ろに引くのではなく、むしろ前に出すようなつもりで動かしてやると、脊柱を中心に上体が「ひとかたまり」で回転するようなことなく、外方手綱を控えて壁を作りながら馬を内方へと誘導することができます。
このような身体操作によって、身体各部を分離独立させて、同時並行的に働かせることが出来るようになり、単に腰をねじって肩を回したりするのに比べて、より複雑で精妙な操作が行いやすくなります。
また、このような動きは、一般的な動き方に比べて予備動作(反動をつけるような動き)や、いわゆるタメ、うねり(身体の中を力が順々に波のように伝わっていくような動き)が少なくなり、馬の動きに遅れず、すばやく、スムーズに対応ことができ、身体に局部的な負荷をかけずに、随伴や扶助を行うことが可能になるのではないかと思います。
このような動き方は、実は馬術においてはとくに変わったことではなく、上手な人は自然に行っているものです。
ただ、このような解説がなされることがこれまでなかったということだと思います。
・乗馬の「稽古法」を研究する
このような動きを、従来のような単純な「科学的」理論や「習うより慣れろ」式の反復練習中心のレッスンの中で自ら気づき、身につけることは、
学習者に相当の才能やセンスがなければなかなか難しいだろうと思います。
そのような動きを、「普通の」人が、楽しみながら考え、工夫しているうちに、いつのまにか身につけていけるようになる、まさためには、
『乗馬の稽古法』そのものを研究する、というアプローチが求められるのでしょう。
これまでの、競技の成績で実力を証明するとか、ライセンスを取る、外乗ツアーに参加するといったことに留まらない、
そのような「身体の動きを追求することを通じて自然の奥深さを味わう」という、ある意味最も本質的ともいえる乗馬の楽しみ方を、多くの方に知って頂きたいと思います。
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2018年10月04日 01:37
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2018年08月28日 17:30