未来を担う知能犯がカリスマになる日/セス・ロリンズ【俺達のプロレスラーDX】 | ジャスト日本のプロレス考察日誌

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俺達のプロレスラーDX
第101回 未来を担う知能犯がカリスマになる日/セス・ロリンズ
シリーズ カリスマ③



アメリカン・プロレスは時代と共に変化していく。
その一方、しっかりと伝統を継承している文化でもある。

ヒール・チャンプのコンセプトを作ったと言われている"ネイチャー・ボーイ"バディ・ロジャース。
彼が作り上げたヒール王者像とは何なのか?
プロレスライターの斎藤文彦氏はこう評している。

「ロジャースの試合は三つのコミュニケーションがつねにワンセットになっていた。ロジャースがサイド・ヘッドロックの体勢から相手の脳天にパンチを打ち込んだとする。レフェリーは握りこぶしのジェスチャーをしながら『パンチはダメだ』と注意を促す。ロジャースは手のひらをレフェリーにみせて『今のはオープン・ハンドだ。パンチじゃない』とやり返す。ここで観客はパンチは反則で、チョップは反則ではないというルールのディテールのようなものを理解する。レフェリーの目を盗み、ロジャースが相手のタイツをつかんでテイクダウンをとる。レフェリーが『タイツをつかむ行為は反則だ』と警告する。ロジャースが相手の髪をひっぱる。レフェリーが注意を与える。ロジャースがサミング(目つぶし攻撃)をする。レフェリーがまた注意を与える。ロジャースがコーナー・サイドでロープをつかんだまま相手に攻撃を加える。シューズのつま先で相手を蹴り上げる。ロジャースが反則を犯すたびにレフェリーがクリーン・ブレイクを命じる。ロジャースとレフェリーのパンチマイムのようなやりとりによって、観客はぐいぐいと試合に吸い込まれていく。これがプロレスのサイコロジー(心理学)である」

こうしてアメリカン・プロレスの王道ともいえる勝てそうで勝てない王者のスタイルが誕生する。
ロジャース以後、各々のアレンジを加えつつもこのヒール・チャンプの王道を歩むレスラーが時代を流れても次々と現れた。

ニック・ボックウィンクル、リック・フレアー、テッド・デビアス、カート・ヘニング、トリプルH、JBL…。

そして今のアメリカン・プロレスに彼らの系譜を継ぐ男がいる。
WWEのセス・ロリンズである。
今回は21世紀のWWEを象徴する男のレスラー人生を追う。

セスは1986年5月28日アメリカ・アイオア州バッファローに生まれた。
本名はコルビー・ロペスという。
子供の頃からプロレスが好きだったセス。
ハルク・ホーガンやショーン・マイケルズに憧れ、日本のプロレスにはまったセス。
特に伝説のプロレスラーであるハヤブサが好きだったという。
今でも大一番ではハヤブサの十八番であるフェニックス・スプラッシュを使用するのはそのためである。

2003年にジックスというリングネームでプロレスデビューする。
獲得したインディーの王座を黒のスプレーでペイントするという愚行をするヒールだった。
また当時アメリカン・プロレスの革命児として全米各地のインディーマットで活躍していたAJスタイルズの試合運びや動きに影響を受ける。

2007年、彼はROHにタイラー・ブラックというリングネームで入団する。
ジミー・ジェイコブスとのコンビでROH世界タッグ王座を獲得している。
また2008年のROH日本公演で初来日を果たす。
2009年に、当時ノアに所属しながらROHの常連だったKENTA(ヒデオ・イタミ)と対戦し、激闘を繰り広げた。
2010年2月にオースチン・エリーズを破り、ROH世界ヘビー級王者となった。

持ち前のスピードとテクニック、受けの豪快さでアメリカ・インディーで評価を高め、2010年9月にWWEに入団する。
セス・ロリンズというリングネームはWWEで生まれた。
当時WWE傘下団体FCWで経験を積み、2012年8月にはWWEの別ブランドNXT初代王者となった。

2012年11月、WWEの「サバイバー・シリーズ」のメインイベントにロマン・レインズ、ディーン・アンブローズと共に警備員の制服を着て乱入した。
ライバックを相手に三人がかりの合体パワーボム(トリプル・パワーボム)で叩きつけた。
無差別にWWE選手を襲撃する彼ら三人はWWEの不義を正す正義の盾「ザ・シールド」を名乗った。
現在、この三人はWWEの中心メンバー。
サモアン・ファミリーで元NFLプレイヤーの大砲レインズ。
何をしでかすかわからない狂犬アンブローズ。
そして、テクニシャンでずる賢いセス。
シールドは今思えば、スター候補達によるユニットだったのだ。

一軍に昇格すると、2013年5月にレインズとのコンビでWWE世界タッグ王者となる。
その後、体制に歯向かいシールドはベビーフェースに転向するも、セスはトリプルHとステファニー・マクマホン率いる体制側(オーソリティー)に寝返った。

裏切り者、権力者の腰ぎんちゃく、軟弱な知能犯はシールドから離れ独り立ちしてからある意味、本領発揮する。
2014年6月にいつでもどこでもWWE王座に挑戦できる権利を持つ「マネー・イン・ザ・バンク」を保持することになる。
オーソリティーの内部闘争にも打ち勝ち、いつも間にか彼はトップレスラーになっていた。

2015年3月の「レッスルマニア」のメインイベントはブロック・レスナーとロマン・レインズのWWE王座戦だった。
同年のロイヤルランブルを制したレインズが勝利するという予定調和が漂っていた中で、メインの試合中にセスは「マネー・イン・ザ・バンク」の権利を行使し、WWE王座を奪取する。
まさかの結末。
それは誰もが驚いたエンディングだった。
知能犯はベルトと時代をかっさらっていった。
セスはレインズやアンブローズ、ブレイ・ワイアットといったWWEのヤングスターよりも先に頂点に立った。

それからのWWEの「RAW」や「SMACKDOWN」やPPVはまさしく"セス・ロリンズ・アワー"。
次から次への襲い掛かる挑戦者をのらりくらりと退け、オーソリティー内部のソープ・オペラでは心の図太さと弱さをさらけ出す。
軍団の仲間達に媚を売るために、ハワイ旅行や新車、アップルウォッチをプレゼントする。
トリプルHとステファニーに助けを求めるも、一蹴される。
対戦相手、観客を「ベラベラ、ベラベラ」と罵倒すると、観客からは「ジャスティン・ビーバー」チャットを食らう。
セスの一挙手一投足がWWEの全米のテレビ視聴率とPPV加入者数を左右していた。

セスはとにかく運動神経がよく、また相手の技をよく受ける。
強さなどは感じない負けそうで負けないスタイル。
AJスタイルズの影響を受けたのが垣間見えるような試合運び。
そして一瞬のすきをついて、カーフストンプ、現在はトリプルHの十八番であるペティグリーでスリーカウントを奪う。
それはバティ・ロジャースから脈々と流れるヒール・チャンプの王道。

そんなセスだったが、2015年11月のケイン戦で右脚の前十字靭帯と内側側副靱帯の断裂、また内側半月板の損傷と判明。欠場する事となりWWE世界ヘビー級王座を返上することになった。

セスはこう語る。

「みんなどの程度痛むか聞いて来たけど、ヒザに痛みはありませんでした。誰にも理解されなかったけど。靭帯には知覚神経が無いので良し悪しですね。でもヒザに何の痛みも感じないけど、本当にグラついています。(怪我をした瞬間について) もう百万回やっていることをしようとしたんだ。セカンドロープに立っているケインの上を前転してケインの下に着地した時、なぜか右足が内側に入る形になってしまったんだ。ビデオを見ればかなり酷く見えるけど、実際はそんな感覚は無かった。でもヒザが脱臼してから、元に戻ったように感じたんだ。それですぐケインの下に戻って、足がグラつかないのを確認してからパワーボムをした。でも回りが騒がしくなったので、自分のヒザがかなりダメな事を認識したよ。しかしその後もペディグリーを決めて、試合を終わらせるまで動き回ることはできた。次の日にMRI検査をするまで、怪我の程度がどれほどかは本当にわからなかった。自分がいない間のチャンピオンは、暫定チャンピオンだ。彼らができるのはベルトを見る事だけだ。復帰したらまたベルトを取り戻す」

セスはこの負傷により、一年近くはリングを離れることになるだろう。
しかし、これがセスの商品価値を上げる可能性がある。
かつて、ヒール・チャンプとして肉体を酷使して欠場に追い込まれたトリプルHが怪我から復帰後にベビーフェースに転向し、オーラが増して帰ってきたことがあった。
その再来をセスならできそうな気がするのだ。

もしかしたらその再来を成し遂げたら、セスはもしかしたら正義や悪など関係なく、未来を担うカリスマになる日が来るのかもしれない。

「今までの自分より強くなって帰ってくることを保証する」

セス・ロリンズはまだまだ進化の途上である。

カリスマになった男。
カリスマになれなかった男。
カリスマになるかもしれない男。

プロレス界には時代を作ったカリスマが生まれ、カリスマになれなかった男が生まれ、今後もカリスマ候補が生まれていく。
そのルーティンは今後も続いていく。
カリスマというテーマを巡る大河ドラマに終わりはない。