恒例企画「プロレス本を読んで感じたおすすめポイント10コ」シリーズ46回目です。このシリーズはライターの池田園子さんが以前、「旅とプロレス 小倉でしてきた活動10コ」という記事を書かれていまして、池田さんがこの記事の書き方の参考にしたのがはあちゅうさんの「旅で私がした10のことシリーズ」という記事。つまり、このシリーズはサンプリングのサンプリング。私がおすすめプロレス本を読んで感じたおすすめポイント10コをご紹介したいと思います。
2021年に彩図社さんから発売された大川昇さんの「レジェンド~プロレスカメラマンが撮った80~90年代外国人レスラーの素顔~」を取り上げます。
大川さんといえば、週刊ゴングのエースカメラマン。言わばプロレスマスコミ界のレジェンドのひとりです。またプロレスマスク専門店「DEPO MART」を経営されています。これまではカメラでプロレスを撮り続けてきた大川さんが執筆した本がこちらの「レジェンド」なのです。
またこの本を出版した彩図社さんは、私も初の単行本「インディペンデント・ブルース」でお世話になりました。この「インディペンデント・ブルース」を手掛けた編集者のGさんがこの本の編集を担当されています。それならばいい本に違いないという勝手ながら確信を持って読ませていただきましたが、本当にいいプロレス本でした。
今回は各章を振り返りながら、この本をプレゼンさせていただきます!
★1.はじめに
大川さんのまえがき、素晴らしいですね。
「スーパーカー、鉄道、野球、アイドル…。子どもの頃から、僕は色々なものに夢中になってきたが、一貫して興味が変わらないものがある。それがプロレスだ」
これだけでもう十分で、読み手は入りやすいんですよ。そこから大川さんが惹かれてきた外国人レスラーについて取り上げた本だという説明とさりげなく大川さんの経歴が書かれています。
まえがきから最高です!
★2.【第一章】憧れの〝仮面貴族〟ミル・マスカラス
メキシコのレジェンドレスラーであるミル・マスカラスをテーマに綴られた第一章。ここでも大川さんの文章の入り方は素晴らしい。
「たまたま好きなプロレスラーからサインをもらえた。偶然、一緒に写真を撮ってもらった。こうした出来事は、ファンにとって好きな選手との"縁"を持つことができた重要な瞬間だ。その縁があった瞬間によくしてもらえばもらうほど、その選手はファンの中で特別な存在になっていく。そういう意味でいうと、僕にとってミル・マスカラスとテリー・ファンクは二大スターだ」
プロレスファンの心をグッと掴まれる一文。それは共感できる人は多いのではないでしょうか。そのスターを自分が好きなプロレスラーに置き換えるとより分かるのではないかと思います。
大川さんはプロレスファン時代とプロのカメラマンとして接した二大スターであるマスカラスとテリーを第一章、第二章で取り上げています。そこにはプロレスマスコミである前にプロレスファンである大川さんの想いが詰まっているように感じます。
マスカラスの回で印象に残ったのが、大川さんがメキシコシティ郊外にあるマスカラスの豪邸に訪問したエピソードと週刊ゴング編集人・竹内宏介さんとマスカラスの関係について。
マスカラスをいち早く日本に紹介した竹内さんに、マスカラスはずっと恩義に感じていたそうです。だからこそ竹内さんの「週刊ゴング」でカメラマンを務めていた大川さんはマスカラスに接しやすい状況だったのです。
ちなみにマスカラスの回の終盤で、大川さんが「週刊ゴング」廃刊後に創刊した「Gリング」という雑誌の話があるのですが、これは個人的には知りたかったことでした。金沢克彦さんが実質的編集長だったのですが、資金がなかった。そこで大川さんが会社を立ち上げて、製作を請け負ったのですが、ここから赤字地獄が待っていたわけです。辰巳出版さんがやられている「Gスピリッツ」は今なお健在ですが、今は亡き「Gリング」も奮闘していたということがこの本でよく分かります。
そして「Gリング」最後の号で大川さんはマスカラスと藤波辰爾さんとの対談を実現させました。これは大川さんの底力ではないかと思いました。
あと大川さんがレジェンドを主役にした自主興行「FIESTA」シリーズを開催する経緯も書かれています。
大川さんとマスカラスの歴史が凝縮された第一章だったと思います。
★3.【第二章】〝永遠のアイドル〟テリー・ファンク
第二章の出だしも素晴らしいです。大川さんの文章のすごさはまず起承転結の「起」の部分が駿逸で、これが心地よくて共感できて…。
「テリー・ファンクは、僕にとって永遠のヒーローだ。その姿をテレビで初めて観た時から、現在に至るまで。その気持は一度も変わったことがない。僕はテリーさんを通じて、プロレスの面白さ、素晴らしさを知った」
プロレスファンに知ったテリーのファンサービスの凄さ、リング外のテリー、アマリロでの引退試合、ミル・マスカラスとドス・カラスのマスカラスブラザーズとの夢のスリーショット実現、大川さんが日本でマスカラスとテリーと3ショット写真を撮ったエピソードなど、とにかくテリー愛が溢れています。
読みながら私は大川さんがさらに好きになった第二章でした。
★4.【第三章】全日本プロレスの外国人レジェンド
第三章は、全日本プロレスの外国人レスラー特集。こちらでも、大川さんの文章が素晴らしくて、唸りました。とにかく各章の出だしは満点です!勉強になりました。
アブドーラ・ザ・ブッチャーから始まるのですが、「思い返すと『週刊ファイト』はプロレスマスコミの専門学校のような雰囲気があった」という一文にこれは的確な表現だなと感じました。言われてみたらそうですよね。井上義啓編集長なんて、本当に一癖も二癖もある専門学校の講師みたいじゃないですか。だけどその能力はその道の大学教授よりも凌駕しているという…。
ちなみに大川さんはジミー・スヌーカ招聘して、「スーパーフライ・フィエスタ」開催を計画していて、メインイベントはスヌーカ&田中将斗&外道による6人タッグマッチを組みたかったそうですが、幻となりました。これは見たかったです。恐らく田中選手も外道選手もオファーが来たら喜んで受けたかもしれません。
★5.【特別対談1】"鉄人"が見た、全日本プロレスの最強外国人レスラー 小橋建太
この本で大川さんは二人のレジェンドと対談しています。第一弾は小橋建太さん。二人は1967年生まれのプロレス業界に入ったのもほぼ同期の関係なのです。
数多くの外国人レスラーと名勝負を残し、また外国人レスラーに叩き潰されてきたことにより成長を遂げてきた小橋さんだからこそ語れるエピソードが多かったです。
ちなみに小橋の得意技であるオレンジ・クラッシュ(ブレーンバスターの体勢からシットダウンパワーボム)は、大川さんから「メキシコでこんな技を使っている選手がいたよ」と聞いてから編み出した技だったことが判明。これは知らなかったです。
★6.【第四章】新日本プロレスの外国人レジェンド
第四章は、新日本プロレスの外国人レスラー特集。大川さんの文章はまたも素晴らしいです。
タイガー・ジェット・シンから始まるのですが、ここの出だしがもう凄いんです。
「本人に気付かれないように離れた場所から、まるで盗撮するように…それでいて決死の覚悟でシャッターを切らなければいけない。それが僕にとってのタイガー・ジェット・シンというプロレスラーだ」
この一文だけでシンというヒールレスラーの凄さが伝わります!
特に印象に残ったのは初代ブラック・タイガーことマーク・ロコを2016年に来日したエピソード。奥様と子ども達を伴っての家族旅行となったのですが、大川さんの店でサイン会を開催した時に、奥様がロコの子ども達に「あなたのお父さんは日本でこんなに愛されているのよ!」と語ったのは嬉しくなりましたね。日本で常連となった外国人レスラーって、日本でどこまで自分たちが愛されていたのかを実感するケースが少ないと思うので、このような機会に恵まれたことは彼らにとっても大きかったように思います。
ロコは2020年に逝去されているので、最後の日本旅行は最高の思い出となったのではないでしょうか。その機会を与えた大川さんと元・新日本プロレスの上井文彦さんはいい仕事をされたと思います。
★7.【特別対談2】WWE殿堂入りレスラーが語る外国人レジェンド 藤波辰爾
大川さんによるレジェンド対談第二弾は藤波辰爾選手。藤波選手も外国人レスラーとの名勝負が多く、対談相手の選出としてはベストだと思います。
「仮面貴族FIESTA」やIGFで実現したマスカラスとの対戦エピソードは面白いです!
藤波選手が語った「プロレスはアンドレ・ザ・ジャイアントに尽きる!」は、名言だと思います。プロレスの魅力や凄さがアンドレというプロレスラーと彼の試合に詰まっているということだと思います。
★8.【第五章】アメリカンプロレスのレジェンド
第五章は、アメリカンプロレスのスーパースター特集。まずエディ・ゲレロ。エディがAAAやCMLLで上がっていた頃の話が書かれた記事や本って少ないのでそれだけで貴重です。ラブ・マシーンという名前を見ただけで懐かしい気持ちになりました。
あと日本で大川さんがジ・アンダーテイカーを撮影しているのが驚きました。東京・文京区の某墓地で火を焚き、その向こう側にアンダーテイカーに立ってもらって撮影する。その写真がこの本で掲載されていますが、まさにミステリアスな一枚です。
★9.【第六章】ルチャリブレのレジェンド
第六章はメキシコのルチャドール特集。ここではドス・カラスからスタートするのですが、この出だしも素晴らしい。
「もしかしたら子どもの頃はミル・ マスカラスよりもドス・カラスが好きだったかもしれない…大人になった今、改めて振り返るとそう思う」
ドス・カラスのエピソードでは、ハヤブサさんの体調にきにかけていて、来日した際にコスチューム一式を大川さんに渡して、「これを売ってほしい。その売上を全部ハヤブサに渡してほしい」と頼んだそうです。男気ですね。
あとドクトル・ワグナー・ジュニアの回は必見ですね。ワグナー・ジュニアの男気も凄い!プロのルチャドールの凄味がビシビシと伝わってきます。そして彼が現在、ルチャリブレのカリスマとなっていると書かれています。ケンドー・カシンとのコンビでIWGPジュニアタッグ王座を獲得した頃が懐かしい。恐らくワグナー・ジュニアが大川さんに好意的に接して、フリーでありながらAAAに筋を通してマスカラ戦の写真を撮らせたり、大川さんと奥様の2名分の飛行機チケットを手配したりしたのは、まず大川さんがワグナー・ジュニアにリスペクトを持って接していたからに他ありません。
「ギブ・アンド・テイク」ではなく「ギブ・アンド・ギブ」で、テイクというのはおまけみたいなもので、あることを前提に考えないでいくことが大事なのだなとこの本を読んで改めて学びました。
★10.我が思い出のルチャリブレ写真館&おわりに
大川さんは休暇の度にメキシコに渡り、ルチャリブレの写真を撮影してきました。その写真の数々が6ページに渡り掲載されています。"亀忍者"トルトギージョ・カラテカスは懐かしいですね!私の記憶が確かならばユニバーサルプロレスに来日していたような気がします。
またあとがきがね、素晴らしいんです。そして最後に編集者のGさんに触れています。本当にGさんは凄い編集者なんですよね。これは「インディペンデント・ブルース」でGさんの凄さは体感していますから、よく分かります!本当に柔和で、包み込んでくれる感じなんですよね。
そしてGさんがこの本を「あったかい…本にしましょう!」と言ったそうです。
確かに暖かみがありましたね。マイナスイオン豊富な素晴らしい温泉でしたね。
Gさんが言った「あったかい本」は大川さんのゴングイズムと数々のエピソードが加わることで、心地よさ満載のプロレス本になったのではないでしょうか。
あと別冊ゴングやゴングのムック本を読んだような感覚になりました。ゴング出身のライターさんは本当にプロレスの素晴らしさを斜に構えるのではなく、ダイレクトに文章表現するのがうまいんですよね。そこは週刊プロレス出身のライターさんとは少し違うかもしれません。
週刊プロレス出身の方が書く文章と週刊ゴング出身の方が書く文章は、新日本プロレスと全日本プロレスくらい相違があるのかなと思います。
これは竹内宏介さんを筆頭に小佐野景浩さんや金沢克彦さんもそうでした。またカメラマンの大川さんからもゴングにいた方だなと思わせる文章だったように感じました。
週刊プロレス出身のライターさんはどちらかというと純文学的。それに対して週刊ゴング出身のライターさんは、スポーツジャーナリズムなんですよね。
プロレス愛を込めた文章表現というのはゴングイズムというよりも竹内宏介イズムかもしれません。
何度も言及しましたが、大川さんの文章の出だし…書き出しが素晴らしいんです。言わば「つかみはOK!」なんですよ。
そこからうまい具合にエピソードやそのレスラーの凄さについて言及していって、次の回になる。その起承転結の流れがきれいなんですよね。情熱が溢れているのですが、繊細。でも暖かみがある。例えると越中詩郎さんやアニマル浜口さんのような気合いや気持ちを剥き出しにしながら、丁寧な試合運びをしている職人レスラーの試合を見た印象を抱きました。
とにかくプロレスIQが高くて、プロレス愛が満載の大川さんの「レジェンド」。週刊ゴング魂が溢れた"あったかい"外国人レスラー列伝、この本は買って損はありません!