恒例企画「プロレス本を読んで感じたおすすめポイント10コ」シリーズ。今回は51回目です。このシリーズはライターの池田園子さんが以前、「旅とプロレス 小倉でしてきた活動10コ」という記事を書かれていまして、池田さんがこの記事の書き方の参考にしたのがはあちゅうさんの「旅で私がした10のことシリーズ」という記事。つまり、このシリーズはサンプリングのサンプリング。私がおすすめプロレス本を読んで感じたおすすめポイント10コをご紹介したいと思います。
★1.「闘魂、最後の証言」アントニオ猪木インタビュー。
この本の冒頭には「燃える闘魂」アントニオ猪木さんのインタビューが掲載されています。2022年10月1日に心不全で他界された猪木さんですが、このインタビューは亡くなる約4ヶ月前の2022年6月に収録されています。活字媒体では恐らく最後のインタビューとなったと思われます。
心アミロイドーシスという難病と闘っていた猪木さんの体調を考慮し、15分のリモート取材の予定が、猪木さんが伝えたいことが多かったのか、30分に延びたインタビュー。
その内容はやはり素晴らしい。
猪木さんが日本プロレスを辞める理由について、「あの人たち(当時の日本プロレス経営陣)がやってきたことと、俺が心の色鉛筆で描いたプロレスの方向性というものが逆だったというのかな」という発言をされています。この「心の色鉛筆」という表現がめちゃくちゃ素敵で文学的なんですよ。猪木さん、体調が苦しい中でも振り絞るように伝えようとしてくれる凄い詩人だなと感じました。
そしてこのインタビューのキーワードとして夢という単語が出てきます。これも猪木さんらしくて、浪漫とでも言うべきかもしれません。「夢を追い続ける」というポジティブな話題で締め括ったのも素晴らしいインタビュー。
そして聞き手であるガンツさんが素晴らしい。きちんと猪木さんという生き方を把握した上で色々と質問している。そこには猪木さんへのリスペクトがダイレクトに伝わります。
★2.昭和プロレスの歴史が分かりやすく解説している!
この本は1972年〜1988年までの新日本と全日本で起きた出来事や名勝負を一年ごとに振り返り、プロレス関係者の証言を元に再検証している内容で、昭和プロレスの歴史を分かりやすく解説しているのが特徴です。
ちなみにその歴史はこのようなシステムを元にして綴られています。1972年の「猪木の日プロ追放が引き金となった新日本と全日本の旗揚げ」という項目では、猪木さんの愛弟子で付き人を務めた藤波辰爾さんの証言と共に書かれていて、基本的にはひとつの項目にひとりの証言者(中にはふたりの場合もある)が登場するので、非常に分かりやすいです。
学校の授業で例えると、国語を教えるのは〇〇先生、算数を教えるのは△△先生といった感じです。
だからこの本はプロレス学問における「日本史」に使う教科書のような立ち位置と考えることができるかもしれません。
そして読み進めていくとガンツさんはこの本においては先生でありながら、生徒なんじゃないかなと思う部分もありました。要はガンツさんもこの本の執筆や取材を通じてプロレスをより深く学んでいった印象がありました。
★3.豪華な証言者たち
この本の凄さは、プロレスラー、団体関係者、記者やライターといった証言者の数がものすごい多いことです。しかもそのメンツに偏りがありません。要はこの項目にはこの証言者が最適ではないかというラインナップを配置しています。
これは著者の堀江ガンツさんの人脈が大きいと思います。よくぞここまで証言者を集めたと思います!
★4.カール・ゴッチの真実
ここからは個人的に気になった項目をご紹介します。
「1973 新日本プロレスの苦しい船出 猪木が頼った神様ゴッチの真実」という項目では、プロレスライターの斎藤文彦さんが登場。
神様というニックネームは、新日本になって定着したものであること、「実力がありながら、アメリカマットでは裏街道を歩き続けた」というストーリーはやや作られたものだということがここで判明します。
そこはゴッチを神格化することで、新日本が目指したストロングスタイルを戦略的に神聖なものにしようとしたことが覗えるような気がします。
そしてきちんと晩年のゴッチも伝えて上で、ゴッチの偉大さと功績を分かりやすくまとめています。
★5.巧妙な猪木潰し?!全日本『世界オープン選手権』
1975年12月にジャイアント馬場さん率いる全日本プロレスのビッグイベント『世界オープン選手権』が開催。世界の大物選手が大挙、来日して、夢のシングルマッチが次々と実現しました。
実はこの大会は、馬場さんによる猪木さん潰しという意図が隠されていたというのです。
猪木さん率いる新日本は、執拗に馬場さんを挑発し、公開挑戦状まで出して対戦を迫るが、馬場さんは無視を続けました。
そして馬場さんは『世界オープン選手権』の記者会見で、「参加選手については広く門戸を開放し、新日本、国際プロレスのレスラーも当然対象となる」と発言します。これは猪木さんの挑戦状に対するアンサーで、『世界オープン選手権』に出場すれば、対戦を受けるという内容。
そこには巧妙な罠と狡猾な馬場さんによる猪木潰しの戦略がありました。その内容はこの本で確認してください!
★6.上田馬之助さんの凄味
1977年1月、新日本にひとりの日本人ヒールが初参戦を果たす。「金狼」上田馬之助さん。髪を金色に染めて、竹刀を片手に極悪非道のラフファイトで一世を風靡した悪党。
この上田さんについて証言するのが、上田さんの自伝『金狼の遺言』(辰巳出版)で共著してトシ倉森さんと元『週刊プロレス』編集長ターザン山本さん。
倉森さんは日本プロレス時代の上田さんのセメントの強さや、クーデター未遂事件の真実について言及しています。
山本さんは1976年にアメリカから日本に逆上陸した上田さんが新日本、全日本、国際の3団体のエースに挑戦状を送った真意について言及しています。
上田さんの凄味をこれまた分かりやすく伝えてくれている内容です!
★7.はぐれ国際軍団の功績
1981年、新日本、全日本に次ぐ第三のプロレス団体である国際プロレスが崩壊。それに伴い元・国際の選手たちは新日本、全日本、海外マットに散り散りとなっていきました。
その中で新日本に参戦したのがラッシャー木村さん、アニマル浜口さん、寺西勇さん。彼らは「はぐれ国際軍団」と呼ばれ、新日本に宣戦布告します。私はこの三人が大好きなのです。大将と中堅と先鋒の役割がきちんとなされているバランスのいいユニットなんですよ。木村さんは強くて頑丈、浜口さんは血気盛んで、試合のスパイスとなるバイプレーヤー、寺西さんはテクニックとスピードがある技巧派。
そしてここで興味深い真実。1980年代前半にプロレスブームが沸き起こった時、新日本のテレビ中継は毎週ゴールデンタイムで20%以上を驚異的な視聴率を叩き出していました。
新日本のエースである猪木さんがこの時期に誰と相対する機会が多かったのか。それははぐれ国際軍団だったのです。
証言者のプロレスライター流智美さんは語ります。
「終わってみれば、あの時代のプロレスブームは、猪木の敵役としてラッシャー木村をはじめとした、あのはぐれ国際軍団の三人が支えたんですよ。当時、新日本はハンセン、シンを引き抜かれて、猪木が闘う相手がいなかった。その穴を埋める役割を十分、果たしましたから。そして猪木VS国際の血塗れの抗争と、タイガーマスク人気の両輪によってプロレスブームは加熱したんです」
リアルタイムで観ていないのに国際プロレスが大好きな私にとっては流さんのお言葉に救われた気持ちになりました。
ありがとう!国際プロレス!
ありがとう!はぐれ国際軍団!
★8.ザ・グレート・カブキ登場!
1981年にアメリカ・テキサス州ダラスで誕生した「東洋の神秘」ザ・グレート・カブキさんは、アメリカで大ブレイクを果たし、逆輸入という形で1983年2月に全日本に初登場。馬場さんが海外遠征で欠場していたシリーズにも関わらず、会場は連日超満員。シリーズの興行収益だけで初めて黒字になったそうです。全日本を救ったのはカブキさんだった!
カブキさんの回は、カブキさん御本人の証言があるのですが、これがめちゃくちゃ面白い!
ザ・グレート・カブキというキャラクターが生まれた訳、毒霧の秘密、日本逆輸入の理由、馬場さんからの意外な反応…。
カブキさんがいなかったら、グレート・ムタもTAJIRIも存在していないので、「東洋の神秘」というキャラクターを創造したカブキさんの功績は計り知れません!
★9.1988.8.8新日本・横浜文化体育館 藤波辰巳VSアントニオ猪木
歴史に残る名勝負として語り継がれている1988年8月8日新日本・横浜文化体育館で行われた藤波辰巳(現・辰爾)VSアントニオ猪木のIWGPヘビー級選手権試合。
この一騎打ちに至るまでの過程、試合について証言するのは藤波さん。
数々の素晴らしい証言を語った藤波さん。その中で特に印象に残った言葉はこちら。
「あの時は猪木さんに対する気後れもまったくなく、自分が思うがまま、本能のままに60分闘えた。だから最後はすごく清々しかった。もちろん、周りは『藤波は結局、猪木さんを超えられなかった』という人もいますよ。でも、そういった勝敗を超えて、あの試合は自分にとって最高の宝だね」
試合後、古舘伊知郎アナウンサーが「いかやる饒舌な言葉もこの二人の中には入り込めない!」と実況しましたが、まさにそこには二人だけの世界が広がっていたように思います。
そしてこの藤波VS猪木を「昭和の新日本プロレスの最終回」と形容したのはさすがガンツさんです!
★10.堀江ガンツさんの『闘魂と王道』は愛と夢が詰まったプロレス温故知新!
「現在、日本にプロレス団体は100近くあるとされ、試合内容も大きく進化したと言われている。それでもなお、テレビや雑誌、書籍で取り上げられるプロレスは、過去の名勝負やレジェンドたちが大半を占めているという現実がある。昭和のプロレスがなぜ、今も多くの人の心を捉えて離さないのか。本書がそれを知る一助になれば幸いだ」
ガンツさんはあとがきとなる「おわりに」で綴った『闘魂と王道』を書く意義。そこには令和になっても昭和のプロレスが今なお息づき、そこにターゲットを絞った作品や企画が多いという事実があります。
じゃあ、今のプロレスはつまらないのか?!
そうではないと思います。でも昭和のプロレスには色褪せない魅力が充満しているのかもしれません。
まず、ガンツさんの凄さはプロレスやプロレスラーへの愛と敬意をさりげなく忍ばせて綴っていることです。これ、なかなかできません。爆発させるのではなく、スッと入れるのです。
この愛と敬意があるからこそ、多くの証言者が登場したと思います。また愛と敬意というのはガンツさん自身の文章の世界観ではないでしょうか。
また基本的にガンツさんは冷静沈着に文章を書かれている印象があり、これは割りと小佐野景浩さんの手法に近い気がします。物事をきちんと伝えることに注力して、私心はあまり出さない。でもうちに秘めて熱い。
小佐野さんが「熱血プロレスティーチャー」と呼ばれていますが、ガンツさんは「熱血プロレス予備校講師」。先生というよりは、みんなに寄り添って教えてくれるお兄さんといった感じでしょうか。
思えば小佐野さんの著書『永遠の最強王者 ジャンボ鶴田』『至高の三冠王者 三沢光晴』、ガンツさんの『闘魂と王道』。3冊共に同じ編集者さんなんですよね。読ませていただき、分厚いプロレス本にも関わらずに読みやすくて深い内容が伝わるような編集になっている印象がありました。さすがです。
この本はプロレスの深さを学ぶには最適の教材だと思います!そこから先の領域は読み手自身が掘り進めればいいことです。
ガンツさんの文章には愛がある。そしてガンツさんがプロレスファンだった頃に見てきて憧れを抱いた夢というものが妙に滲んでいる気もします。
堀江ガンツさんの『闘魂と王道』はガンツさんの愛と夢が詰まったプロレス温故知新なのです!
温故知新とは、古いこと、昔のことを研究して、そこから新しい知識や道理を見つけ出すこと。まさにこの本にピッタリです!
この本、おすすめです!素晴らしいプロレス本です!
是非チェックのほどよろしくお願いいたします!!