ニューヨーク物語 68 | 鬼ですけど…それが何か?

鬼ですけど…それが何か?

振付師KAZUMI-BOYのブログ




自分の個性が何であるかを、いけしゃあしゃあと語れる人間ほど、薄っぺらく胡散臭く感じる物である。


腹立たしくさえ感じる事すらある訳だが、若きKAZUMI-BOYは今、一つ間違えばそうした人間になろうとしていた。



何故ならば、個性的な人間は皆、己の個性をはっきりと自覚している!と思い込んでいるからである。


リチャードにしろ、ブライアントにしろ、己の個性に自覚と自信を持っているからこそ、あのような踊りが踊れるのだ!と思ったのである(二人とも、自信はあるだろうが)。




セントラルパークの巨大岩の上で、体育座りに両膝を抱え込み、彼はひたすら考え込んでいた。


『誰の真似でもなく、自分にしか踊れない踊りって何だろう?』


涙も枯れ果てた後は、やけに頭の中が冷静であった。

『同じ振りなのに、どうしてあんなに素敵になるんだ?』


技術が追い付かない所は、時間をかければクラスで磨く事が出来る。


しかし、あのようなセンスとオリジナリティーは、どうすれば習得出来るのか?


もう陽が沈む。


私はようやく巨大岩から離れて、家路についた。


夜のセントラルパークは、なかなか危険である。


こんな所で事件に巻き込まれては、個性もクソもなかった。


しかし私は、地下鉄に乗る気になれず、トボトボと歩き出す。


72丁目辺りから、14丁目までは、普段の私の足ならば徒歩で約1時間程だが、この日、歩き出した私の歩みは亀さながらであった。


冷静になった頭で、先程のクラスでの自分を振り返る…。


『ダニエルに対して、あんな態度しか取れないなんて最低だ…。』


そう…


こうして踊りに夢中になれたのも、ニューヨークまで来る決心をくれたのも、全てダニエルのお陰である。

『こんな最低な態度しか取れない俺が、素敵に踊れる訳がないじゃんか!』


おっしゃる通りである!


私の歩みが、ほんの少し早まった。


気が付けばそこはタイムズスクエア。


『俺はここに何しに来た?』


私はタイムズスクエアのネオンを見上げた。


今まで、テレビの映像や写真でしか見た事のない景色が、実際に目の前にある。

『俺はニューヨークに居るんだ!ダニエルを追って、ニューヨークまで来たんだぞ!』



私の足が無意識に、さらに歩みを早めた。


『何やってんだ?俺は?』

再び目頭が熱くなる。


『謝らなきゃ!ダニエルに謝らなきゃ!』



私は踵を返すと駆け出した。


そして、ダニエルのアパートを目指した。


『バカか?オマエは!?』

先程のダニエルの怒鳴り声が、頭の中で繰り返し響き出す。


『そうだ!バカだ俺は!バカだ!バカだ!バカだ!バカだ!バカだぁ!』



休む事なく走り続け、私はダニエルのアパートの前に着いた。


建物を見上げ、ダニエルの部屋を確認する。


『あ!灯りがついてる!』

私はエントランスのインターフォンのボタンを押した。


ズズーッ!


愛想のない音がする。


「はい。」


ダニエルの声…。


「あ!カズミだよ。」


「どうした?」


「あ…あの…」


「上がれ。」


エントランスのドアロックが外された音がした。


私はドアを開けると、階段を駆け上がった。


ダニエルの部屋の前でノックをしようとした時、ドアが開いた。


「なんだ?オマエ、帰ってないのか?」


ダニエルは、私がダンスバッグを持っているのを見て言った。


「入れよ。」


私はダニエルに促されて部屋に入る。


今から思えば…


ダニエルは私の行動…

すなわち、私が訪ねて来る事を予測していたのではないだろうか?と思う。


喜怒哀楽が激しい私の感情や性格、行動パターンはすっかり読まれていたのではないか?と。


私はドアを後ろ手に閉める。


しかし、ダニエルの顔を見る事が出来なかった。


先程のクラスでの自分の態度が恥ずかしかった。


「何か飲むか?」


「ううん。要らない。」


「んなトコに突っ立ってないで中に入れよ。」


ダニエルは玄関すぐ脇にあるキッチンに行き、冷蔵庫の取っ手に手をかけた。


「走って来たのか?」


「え?(なんで分かったんだろ?)」


「汗だくだ(笑)!」


ダニエルは冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、コップに注ぐ。


「あ…」


私は額と頬を拭った。


ダニエルがオレンジジュースを注いだコップを私に差し出す。


「ほら。」


私は、コップに注がれたオレンジジュースを見てはじめて、喉の渇きに気づく。

コップを受け取ると、私はオレンジジュースを一気に飲み干した。


「あ…ありがと…」


「もっと要るか?」


「ううん。大丈夫。」


ダニエルは私の手から、空のコップを取り上げ、オレンジジュースを再び注ぎ、それをまた私に差し出す。

「ありがと…。」


私は、それをまた一気に飲み干した。


「よし!シャワー浴びて来い。」


「は?」


「汗臭い(笑)!オマエ、クラスを飛び出してそのままだろ?しかも今また汗だくだ!」


私は、自分の腕を鼻先にあてた。


「話は、その後だ!」


ダニエルは、私のダンスバッグを取り上げ、私の身体をバスルームの方へと押しやった。


私は、ダニエルと出会ってから幾度、こんな風に面倒をかけて来たろうか?


酒に酔っては担いでもらい、金に困ってはアパートの留守番のバイトをもらい、クラスでは目をかけてもらって来た。


私の頬を、汗ではない物が再び伝う。


「嗚呼!もう、いいから泣くな!さっさと汗を流して来い!」


私は強引にバスルームに押し込まれた。