自分の個性が何であるかを、いけしゃあしゃあと語れる人間ほど、薄っぺらく胡散臭く感じる物である。
腹立たしくさえ感じる事すらある訳だが、若きKAZUMI-BOYは今、一つ間違えばそうした人間になろうとしていた。
何故ならば、個性的な人間は皆、己の個性をはっきりと自覚している!と思い込んでいるからである。
リチャードにしろ、ブライアントにしろ、己の個性に自覚と自信を持っているからこそ、あのような踊りが踊れるのだ!と思ったのである(二人とも、自信はあるだろうが)。
セントラルパークの巨大岩の上で、体育座りに両膝を抱え込み、彼はひたすら考え込んでいた。
『誰の真似でもなく、自分にしか踊れない踊りって何だろう?』
涙も枯れ果てた後は、やけに頭の中が冷静であった。
『同じ振りなのに、どうしてあんなに素敵になるんだ?』
技術が追い付かない所は、時間をかければクラスで磨く事が出来る。
しかし、あのようなセンスとオリジナリティーは、どうすれば習得出来るのか?
もう陽が沈む。
私はようやく巨大岩から離れて、家路についた。
夜のセントラルパークは、なかなか危険である。
こんな所で事件に巻き込まれては、個性もクソもなかった。
しかし私は、地下鉄に乗る気になれず、トボトボと歩き出す。
72丁目辺りから、14丁目までは、普段の私の足ならば徒歩で約1時間程だが、この日、歩き出した私の歩みは亀さながらであった。
冷静になった頭で、先程のクラスでの自分を振り返る…。
『ダニエルに対して、あんな態度しか取れないなんて最低だ…。』
そう…
こうして踊りに夢中になれたのも、ニューヨークまで来る決心をくれたのも、全てダニエルのお陰である。
『こんな最低な態度しか取れない俺が、素敵に踊れる訳がないじゃんか!』
おっしゃる通りである!
私の歩みが、ほんの少し早まった。
気が付けばそこはタイムズスクエア。
『俺はここに何しに来た?』
私はタイムズスクエアのネオンを見上げた。
今まで、テレビの映像や写真でしか見た事のない景色が、実際に目の前にある。
『俺はニューヨークに居るんだ!ダニエルを追って、ニューヨークまで来たんだぞ!』
私の足が無意識に、さらに歩みを早めた。
『何やってんだ?俺は?』
再び目頭が熱くなる。
『謝らなきゃ!ダニエルに謝らなきゃ!』
私は踵を返すと駆け出した。
そして、ダニエルのアパートを目指した。
『バカか?オマエは!?』
先程のダニエルの怒鳴り声が、頭の中で繰り返し響き出す。
『そうだ!バカだ俺は!バカだ!バカだ!バカだ!バカだ!バカだぁ!』
休む事なく走り続け、私はダニエルのアパートの前に着いた。
建物を見上げ、ダニエルの部屋を確認する。
『あ!灯りがついてる!』
私はエントランスのインターフォンのボタンを押した。
ズズーッ!
愛想のない音がする。
「はい。」
ダニエルの声…。
「あ!カズミだよ。」
「どうした?」
「あ…あの…」
「上がれ。」
エントランスのドアロックが外された音がした。
私はドアを開けると、階段を駆け上がった。
ダニエルの部屋の前でノックをしようとした時、ドアが開いた。
「なんだ?オマエ、帰ってないのか?」
ダニエルは、私がダンスバッグを持っているのを見て言った。
「入れよ。」
私はダニエルに促されて部屋に入る。
今から思えば…
ダニエルは私の行動…
すなわち、私が訪ねて来る事を予測していたのではないだろうか?と思う。
喜怒哀楽が激しい私の感情や性格、行動パターンはすっかり読まれていたのではないか?と。
私はドアを後ろ手に閉める。
しかし、ダニエルの顔を見る事が出来なかった。
先程のクラスでの自分の態度が恥ずかしかった。
「何か飲むか?」
「ううん。要らない。」
「んなトコに突っ立ってないで中に入れよ。」
ダニエルは玄関すぐ脇にあるキッチンに行き、冷蔵庫の取っ手に手をかけた。
「走って来たのか?」
「え?(なんで分かったんだろ?)」
「汗だくだ(笑)!」
ダニエルは冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、コップに注ぐ。
「あ…」
私は額と頬を拭った。
ダニエルがオレンジジュースを注いだコップを私に差し出す。
「ほら。」
私は、コップに注がれたオレンジジュースを見てはじめて、喉の渇きに気づく。
コップを受け取ると、私はオレンジジュースを一気に飲み干した。
「あ…ありがと…」
「もっと要るか?」
「ううん。大丈夫。」
ダニエルは私の手から、空のコップを取り上げ、オレンジジュースを再び注ぎ、それをまた私に差し出す。
「ありがと…。」
私は、それをまた一気に飲み干した。
「よし!シャワー浴びて来い。」
「は?」
「汗臭い(笑)!オマエ、クラスを飛び出してそのままだろ?しかも今また汗だくだ!」
私は、自分の腕を鼻先にあてた。
「話は、その後だ!」
ダニエルは、私のダンスバッグを取り上げ、私の身体をバスルームの方へと押しやった。
私は、ダニエルと出会ってから幾度、こんな風に面倒をかけて来たろうか?
酒に酔っては担いでもらい、金に困ってはアパートの留守番のバイトをもらい、クラスでは目をかけてもらって来た。
私の頬を、汗ではない物が再び伝う。
「嗚呼!もう、いいから泣くな!さっさと汗を流して来い!」
私は強引にバスルームに押し込まれた。