ダニエルの言葉が、私の中の迷いを払ってくれた。
悩んでも迷うまい!
そんな思いが私の中に生まれた。
「よく寝てたな(笑)!」
私よりも先に起きていたダニエルが笑う。
「うん。」
ダニエルの顔を見るのが非常に照れ臭さかったが、それよりも悶々とした霧のかかった様な気持ちが晴れた嬉しさの方が勝り、私は笑い返した。
「オマエ着るモン無いだろ?下のランドリーで洗濯するか?」
当時ダニエルが住んでいたアパートの地下には、住人用のコインランドリーがあった。
「洗濯終わるまで筋トレだぞ!」
「はい。」
こうしたダニエルからの師としての愛は、現在も私のエネルギー源のそのまた更に奥にいつもある。
いわば私のエンジンである。
私はこの事を境に、他人の踊りを羨まなくなった。
プロのダンサーを目指してニューヨークに来た訳じゃない。
ダニエルに認めて貰い、彼のショーに出る為にニューヨークに来たのだ。
分かっている筈の事を見失いかけていた。
今はただ、ダニエルの背中を見ながら、上手くなる事のみを考えて行こう。
迷わずにダニエルの踊りを真似よう。
そして、そこから何かが私の身体を通して生まれて来るなら。
そして、それこそが個性であるなら。
それを信じよう。
私はこの時依頼、自分の踊りの個性について迷い悩んだ事がない。
一度晴れた霧は、二度と私の前には現れなかったのである。
その日、ダニエルのアパートからステップスに向かう私の足取りは軽かった。
昨日の事が嘘の様である。
来るオーディションに向かって、片意地を張らずに、気負わずに、やれるだけやる!
それだけだ!
ステップスに着くと、そこにジョディーの姿を見つけた私は、陽気な足取りで彼女に近づいて行った。
ジョディーはスタジオの廊下でストレッチをしていたが、近づいて来た私に気付くと立ち上がった。
「おはよう、ジョディー!」
私が頬にキスをしようと顔を近づけると、ジョディーはスッと身を引いた。
私は彼女の顔に怒りに似た表情を認める。
「…あ…」
私が口を開きかけ、声を発するのをジョディーが制した。
「ゆうべは何処に居たの?」
ジョディーは怒ると声のトーンがオクターブ下がる。
『しまった!ジョディーに電話するの忘れてた!』
「あ…ダニエルんトコ…」
「なら電話ぐらいくれても良かったんじゃない?」
「ごめん…昨日は…その…色々あって…その…」
昨日、ダニエルのクラスに居なかったジョディーは、私がクラスでどのような状態であったかを知らない。
一難去って、また一難。
私は必死に昨日の出来事を、出来る限り細かく、身振り手振りを加え、油汗をかきながらジョディーに説明し、必死に無断外泊の許しを得ようと奮闘するのであった…。
『もう大人だ。』
ゆうべのダニエルの声がする…。
いやいや、どうして!
まだまだ子供…。
正しくカズミはボーイであった。