その日のリハーサルを終えた私達は、楽屋に戻り、本番に向けての準備を始めた。
ツアーがスタートしてから、幾度となく繰り返されて来た同じ手順。
私達は各々のペースで空き時間を過ごし、各々のペースで支度をして行く。
そして、本番二十分前。
私は衣装を着ける前に、トイレに入ったのである。
幕が開いてから暫くは、ステージ上に出ずっぱりであるから、トイレにだけは行っておかなければならない。
私は楽屋を出て廊下を進み、少し離れた所にあるトイレに入った。
用を済ませた時である・・・。
「!?」
私は突然、全身が総毛立ち金縛り状態に陥った。
『な・・・何!?』
私は当時、髪を長く伸ばしており、肩まで届く程の長さであったが、その髪がフワーっと宙に浮き上がっていくのが分かった。
私は全身に必死に力を込め、金縛りを解こうとあがいた。
金縛りにあった時の常として、私は叫ぶ。
これもなかなか一筋縄には行かないものだが、喉と唇に意識を集中させるのである。
この・・・
あがいている時間は、果てしなく長く感じるものであるし、非常に体力を奪われる感じもする。
・・・!・・・
何かが・・・・今・・・・
私の首筋・・・・
髪が浮き上がり、露わになった首筋に触れた・・・。
『ゆ・・・指だ・・・』
スルっとした感触が私の首筋を撫でるのが分かった。
「うわぁー!!」
やっと声が出る。
同時に金縛りが解け、その瞬間に私は出口に向かって走った。
・・・と
トイレの出口脇にある洗面台の鏡が横目に入る・・・・
「!」
鏡には・・・・
私の横向きの姿が映っていた。
しかし・・・・
私の髪の毛が不自然な方向に向かって伸びている・・・
それはまるで・・・・
誰かが私の髪を一束掴んでいる様な格好であった。
不自然な方向・・・・
斜め上に向かって、掴まれた一束の髪が伸び、その束の先端は馬の尻尾の様に垂れていた。
そして・・・丁度・・・・
人間の拳一つ分ほどの長さがギュッと括れている・・・。
・・・と、次の瞬間!!!
私はもの凄い力で斜め上背後に引っ張られた。
「うわぁ~!!」
私は転倒しそうになるのを、必死に堪える。
そして私は、『誰か』に掴まれているらしい髪の束を握り返し、正体不明の『誰か』から髪をもぎ取る様に抵抗した。
その時、無意識に私の口から出た言葉・・・・
それは・・・・
「南無妙法蓮華経」であった。
私は大声で「南無妙法蓮華経」を連呼する。
私の髪の毛を引く力が弱まった。
私は出口のドアを開けると、一気に飛び出し、楽屋へと駆け出した。
廊下を走る!
もの凄い形相と勢いで楽屋に飛び込んで来た私に、皆一瞬凍りついた様に固まった。
「な・・・何だよ!?此処は!?」
私が叫ぶ。
「どうしたの!?」
私は事情を説明しようとしたのだが、壁に掛けられた時計を見ると、開演時間が迫っていた。
私は慌てて衣装を身に着ける。
「今は話してる暇が無い!!行こう!!」
私達は階段を上り、ステージ袖へと向かって行った。
続く・・・・