私の不安な気持ちはそのままにリハーサルは進み、やがて『WAR』は完成した。
残るはフィナーレのリハーサルのみである。
秋も終わりに近づき、もうすぐニューヨークは、寒い冬を迎えようとしていた。
私は、ギリギリまでシャザームの仕事に精を出し、金を稼いだ。
自分の為の金ではなかった。
私は母をニューヨークに呼ぶ事を決意していたのである。
ダニエルのショーで踊る私の姿を観て貰いたいと思ったのだ。
日本を出る前、ダンスに夢中になる私…と言うよりも、芸事の世界を目指そうとしている事に対し、母の反応はあまり芳しいものではなかった。
『アンタがやってる事なんて、趣味よ!こんな事が仕事になると思ってんの!?そんなラッキーな人間なんて、ほんの一握りしかいないわよ!』
これが母から四六時中言われていた言葉である。
『大体、アンタが立つ舞台なんて、1ステージいくらになるっての?アンタの小遣いにもならない額じゃない!』
本当の事である為に、口答えなど出来なかった。
故に、私のニューヨーク行きに関しても、眉間に皺を寄せて反対していた。
「そんな…行った事もない外国に…しかもニューヨークなんて…」
「外国の何処にも行った事がないんだから、何処だって同じだろ?」
「もっと治安のいい場所なら何も言いませんよ!」
『嘘ばっか!何処に行こうと、目的がダンスなんだから、反対するだろ!』
こんな感じの会話が、毎日続いたのである。
父は逆に何も言わなかった。
私がニューヨークに発つ前の晩、挨拶しに実家を訪ねたところ、父はグースカ寝ており…
「明日からニューヨークに行って来るから!」
と、いくら大声を出し、肩を揺さぶっても、父は起きなかった。
私だとて、この世界でやって行ける自信などあった訳ではなかったし、ニューヨークに行ったからどうなる!と言う決められた未来があった訳でもない。
しかし、日本に居る両親、特に反対している母にこそ、このショーを見せたかった。
このショーにギャラはない。
稼いだ金は、バイトに等しいシャザームで稼いだ金である。
しかし、異国の地でもこうして生活出来ている自分の姿と、ニューヨークに来た目的を達成した姿を母に見せつけてやりたかったのである。
ジョディーは言った。
「素敵だわ!カズミのママに会えるのね!」
と。
「うん。まぁ…母が『来る』って言えばね…。」
私は多少シニカルな言い方で答える。
「絶対に喜ぶわよ!」
「そうかな…。」
「決まってるわ!カズミから聞かされて来たカズミのママの印象や、私が想像する通りのカズミのママなら、絶対にニューヨークに来てくれるわよ!」
私は笑った。
「会った事もないじゃないか(笑)!」
「でも分かるわ!私は貴方を知ってる!その貴方のママよ?会った事なくても分かるわよ!」
ジョディーははしゃいだ。
さて…
母は果たしてなんと言うだろうか…?
『イヤよ!そんな…行った事のない場所!しかもニューヨークなんて!』
と、邪険に断るかも知れない。
「明日の夜、電話してみるよ。」
「そうね!私も電話に出ていい?」
「ええ?ウチのママは英語喋れないよ(笑)?」
「いいのよ、それでも!」
ジョディーは本当に…
珍しくはしゃいでいた。