武藤敬司、ムーンサルトを出した理由と「使わざるを得ない俺の未熟さ」 | KEN筆.txt

KEN筆.txt

鈴木健.txtブログ――プロレス、音楽、演劇、映画等の表現ジャンルについて伝えたいこと

BGM:Clint Mansell『Welcome to Lunar Industries』

 

6月20日、青山LA COLLEZIONEにてトークイベント「トーキングマスターズ シーズン5“同期の桜! 時代を超越して、今もなお!!!”武藤敬司×船木誠勝」(主催・シャイニング)が開催され、新日本プロレス時代の同期であり、現在はM’s allianceのメンバーとしてプロレスリング・ノアのリングで活動する2人がファンの前で過去のエピソードと現在について語った。鉄板である新人時代の思い出話を始め、新日本-全日本プロレス-WRESTLE-1-ノアと続く関係性はどの時代をとっても興味深かったが、この日は武藤が3年ぶりのムーンサルト・プレスを出したサイバーファイトフェスティバル6・6さいたまスーパーアリーナ大会後、公の場で発言する場でもあった。

進行を務めるからには、そこに関してじっくりと話を聞いてみたかった。試合当日、ノーコメントのまま会場をあとにした武藤は“あの瞬間”どんな思いでコーナーポストに歩を進め、そして宙を舞ったのだろうか。イベントの中からその部分を抽出し、お伝えする。

 



――人工関節手術を受けたさい、医師に止められたムーンサルト・プレスを…出してしまいました。
武藤 先週の水曜、定期健診だったんだけど…いやあ、本当に怒られたねえ。
――ああ、やはりニュースを見られていたんですね。
武藤 すぐにウチの女房のところへLINEが来て、すごいお叱りで。で、俺は思うんだよ。たぶん、もしかしたら運がよかっただけであって、何かあったら今日もこんなことやっていられなかったよ。そこまで果たして追い求めていいものなのかどうか。俺はプロレスってアートだと思っている中で、時たま破壊的なものをアーティストって求めたりするじゃない。果たしてそれがいいことなのかどうか、それを今回本当に考えましたよ。やっちまったんだけどね。
――あれは“やっちまった”んですね?
武藤 そうだよ。登ろうと思ったら「きっとやらねえだろうな」という会場の雰囲気があって。それに対しクソ食らえと思った部分があった。
――あの数秒間に思ったんですか。
武藤 そうそう。
――検査の結果は?
武藤 ヒザは大丈夫でしたよ。
――よかったー!
武藤 違うところがちょっと壊れちゃったけど、人工関節が壊れちゃったっていうことはない。それでもアーティストとして追求したくなるかもしれないけど、自分の技量をオーバーする力を出すのって、きっとよくはないんだよな。
――ただ、それを追及してしまうのが、プロレスラーの性とも言われます。
武藤 その性は…やめた方がいいよ。破壊的なことの追及は。昔の芸術家や音楽家にも破滅主義的な人がいて、それでいい作品を描けるんだろうけど…。これは、出したあとだから言えることであって。俺自身があの瞬間を体感したからこういう考えになれたことだよな。
――船木さんはあの日、会場にはいませんでした。
船木 中継で見ました。「できるんだ…えっ!? できるんだ!」と思って。そのあと脚が外れたりしないのかなと。よくやったな…ですよ。練習なんてできないじゃないですか、ああいうのは。飛んだあとどうなるのかわからないまま飛んでしまったように見えたので、えーっ!?ですよ。
――プレイヤーが見ても「えーっ!?」ですよね。
武藤 これがいけないところなんだよなあ…だってさ、出せば盛り上がる、話題になるというのはわかってんだよ、俺も。それがわかってて使わざるを得ない俺の未熟さというかさ。結果論だけど潮崎戦から始まったチャンピオン生活全体のアートも考えているわけであって、相対的にこの間のチャンピオン像はよかったなって自画自賛しているんだけど。
――いや、本当にそう思います。この4ヵ月間そのものが一本の作品でした。
武藤 その中で、最後にどうしてもこのパーツをはめたくなっちまったんだな、きっと。(潮崎戦で)ムーンサルトを出そうとしたところから始まって、ムーンサルトで終わるという…まあ結果論だけどね。

 


 

――あとは船木さんが言われた通り、3年出していなかったものがよく技として出せたなと。
武藤 人間、引力には逆らえないから、当たるようにしか当たらない。当たりようが悪かったり強度がもっと強かったりしていたらアウトだよ。それっていうのはただの運でしかないような気がする。それはやっぱり怖いもんだよ。
――じっさい、ヒザを強打したためすぐにフォールへいけず3カウントを獲れなかったという。
武藤 まあ、そこは負ける美としていいじゃない。
船木 蘇ったムーンサルト。
武藤 いやいや、終わり終わり。
――今度こそ、もう出さない。
武藤 これ、多くの人に心配かけたんだわ。終わり、終わり、終わり。
――3年前に同じ言葉を聞いていますからね。
武藤 もしかしたら、登って思わせぶりはするかもしれないな(茶目っ気の笑み)。あと10回ぐらいは思わせぶりだけでやる。
――思わせぶりで3年は飯食えると。でも、あのコーナーに登るシーンだけでその場にいる全員の目を引きつけることができるのが武藤さんなんですよ。
船木 奥さんにも怒られたでしょう。潮崎戦で、登っただけヒヤヒヤしたって話していたんです。それが本当に飛んじゃったら相当怒ったと思いますよ。みんなを喜ばせていい気分になって帰ったら…。
――怖い顔をして待っていたという。それにしても不思議ですね、武道館では踏みとどまれたのに、さいたまでは出してしまうという。
武藤 そこはサイバーエージェントの大会にノアの看板を背負って出た自覚もあったからね。GHCのタイトルマッチとして(KO-D無差別級戦、プリンセス・オブ・プリンセス戦と)比較される。これがノアの興行だったらもしかしたら、飛ばなかったかもしれない。比較対象されるシチュエーションの中で順番的に最後を締める。セミ(トリプルメインイベント2)だったら、飛ばなかったかもしれないよな。
――いくつかのシチュエーションが揃ったことによって出たムーンサルトだったんですね。ともかく、2021年のプロレス界で3本の指に入る忘れられないシーンでした。心を揺さぶられた、感動したという方は武藤さんに拍手をしてください(大拍手)。
武藤 いやいや、それが当たり前だと思ってやったんだから。出せば絶対盛り上がると思って、出さざるを得なかった俺の腕の未熟さにジレンマがあるから。ほかの腕があったら、そっちで同じような拍手をもらいたかったよなあ。

 

 

【INFORMATION】

★9月19日(日)青山LA COLLEZIONE(12:15開場/13:00開始)