ル・マン24h お疲れ様でした。
ドライバー、スタッフ、関係各位、応援頂いた皆様、お疲れ様でした。
今年のル・マン24hは、政治的な部分が強く見え、悔しさと虚しさしか残らないレースとなりました。
スポーツの世界に政治的な要因で勝ち負けが決まることがあってはならない。無念でなりません。
以下、トヨタイムズより引用
モリゾウ
そこまでして他のチームを勝たせたいのか?と思ってしまった…。我々のチームはみんなそう思ってるし、そう思ったファンも多いかもしれない。
2016年にアウディが(ル・マンから)撤退し、2018年からはポルシェもいなくなって、ル・マンのトップカテゴリーはトヨタだけが残って戦ってきた。やっと今年から他メーカーが帰ってきてくれたこと、我々は心からウェルカムと思っていました。
我々がやっているのは「アスリートが戦うスポーツ」。それこそがモーター“スポーツ”。決して、メーカー同士の意地をむき出しにしたモーター“ポリティクス”ではない!と言いたい。私はドライバー、エンジニア、メカニックに、これからの100年を見据える場でレースをしてもらいたかった。予選を見ていて「ポリティクス(政治的な面)に負けた」と思った。
(1周のタイムを競う予選と違って)決勝レースは24時間あります。私と私のチームは不公平とも思えるポリティクスとも精一杯戦う。チーム代表の(小林)可夢偉、そしてチームのみんなにもそう伝えた。ファンの皆さんにも、そうやって真正面から戦うチームの姿を見ていただきたいと思っています。
とにかく…、誰からも見えず閉ざされた政治的な戦いはやりたくない。みんなが見ているオープンな場…、クルマ好きのファンの皆さんの前で戦う姿を見てほしい。
スポーツの世界で「ここまでして勝たせたかったのか」なんていう声は絶対に出てはいけないと思ってる。ライバル同士がお互いに本気で戦っている…、それがスポーツだと思ってるし、ファンはそういう姿を見たいと思ってるはず…。そうじゃなきゃ、熱狂なんかできやしない。
2週間前、私自身が富士24時間レースを走りました。世の中の多くの人がBEV(電気自動車)こそが選択肢のように話す中、水素社会の実現を目指し、水素も一つの選択肢だと信じて、ずっと戦ってきました。
水素は爆発のイメージがあったり、とにかく危険な燃料だというイメージがなかなか拭えないでいる中、私自身がハンドルを握り、みんなが見ている場でレースをしたことで、水素のイメージを「爆発・危険」から「未来」というイメージに変えられたと思っています。
昨年のWRC(FIA世界ラリー選手権)ベルギーでは水素を運転させてもらいました。そのときも実はいろいろな規制がありました。しかし、誰が運転するんですか?と聞かれて「私です。豊田章男です。」といった瞬間に「どうぞ。お願いします。」と言ってもらえました。
誰がどこでやるか?で、未来はつくれるんだと思っています。今年のル・マンは100周年。次の100年先の未来を、みんなでつくっていく場だと思っています。
我々は、予選のことは一旦忘れて、決勝の24時間を精一杯戦っていこうと思っています。
私が、心から願っているのは「アスリートにスポーツをやらせてほしい」ということだけなんです。それこそが、モータースポーツの次の100年をつくっていくことに欠かせないことだと、今回、本当に、そう思いました。
私もアスリートです。多くのアスリートの代表として、今回、こんな話をさせてもらったつもりです。アスリートたちも、そしてファンも「スポーツ」を楽しみたいって思っているはずですよ。