「神、宇宙、人間、天使、悪魔」について、 | 浅利幸彦の預言解読講座

浅利幸彦の預言解読講座

預言書(主に聖書とノストラダムス)を解読して未来を明らかにしていきます。
未来において艱難が起きますが、その前に天使軍団(天使的未来人)による義人救出=携挙、が行われる、と預言されています。

6月26日にバシャールさんのサイトを知り、少しコメントしたら急に来訪者が増えてきた。
また、「バシャール 2016」で検索してこのブログに来た人が40人近くもいた。

「2016年が問題の年だ」というのが、こういう分野に関心がある人達には少しずつ浸透してきたのかもしれない。


確かに、2016年は,

「6月までに掲挙があり、7月から艱難(疫病と大飢饉)が始まる」

という決着の年、選別の年である。
だが、2016年になってから準備を始めたのでは遅い。
2015年のうちに救済の受け付けは締め切られる(かもしれない)ので早めに準備を始めた方がいいと思う。

新しく来た人の為にも、私の基本的な考えを説明しておいた方がいいと思うし、こういうものの方が関心がある人が多いと思うので、各論ではなくて、総論の方を説明していきたいと思う。



さて、「神、宇宙、人間、天使、悪魔」などの言葉をよく使うと思うが、これらの言葉の本当の意味を理解できているのだろうか?
ほとんどの人は、これらの言葉を、ただ、何となくそういうイメージとして漠然と使っているだけなのではないだろうか?
もう少し、論理的に考えてみよう。


神が人類になったのであり、人類の中に天使的人間と悪魔的人間がいる。
天使的人間とは、「自分も救われたいし、他人も救ってあげたい」と考えて行動する人間であり、
悪魔的人間とは
、「自分だけが救われたくて、他人を支配したい」、と考えて行動する人間である。


「光」とは、この宇宙(空間と時間と物質)を象徴している。
それに対して、「闇」とは、その前の状態、この宇宙以前の状態を象徴している。


この宇宙が始まる前は「闇」だった。
闇の中に「神の霊だけ」が浮遊していたのである。
神の意識がこの宇宙と時間、空間、物質を創造し、これらを維持しているのである。
天文学的に言えば、「光」はホワイトホールであり、「闇」はブラックホールである。


天使=光の子はこの宇宙を存続させようと働く。
悪魔=闇の子はこの宇宙を消滅させ、もとの「闇」に戻そうと働く。


つまり、科学的にいうと、

光の子とは、「この宇宙を存続させよう働く人間、勢力」を、
闇の子とは「この宇宙を潰して、元の闇に戻そうとして働く人間、勢力」
を表現している言葉なのである。

天使(光の子)と悪魔(闇の子)というと、漠然としたイメージだと思っているが、もっと物理的、科学的、天文学的に考えていくとより明確に思考でき、理解できる。


悪魔、サタンは人間の肉体を食い潰そうとする。
聖書では、神は、蛇(サタン)に対して、
「アダムとイヴを騙した罰として、汝(蛇)は地を這い、ちりを食べなければならない、と呪った」、と書かれてある。


その前に「アダムは地のちりから創られた」、と書かれてある。
「地のちり」とは、地球に存在している様々な物質、元素を表している。
人間の肉体は地球上に存在している物質、元素から構成されている。
つまり、サタンは地上のちり=地球人の肉の身、肉体を食って生きているのだ。
だが、サタンが食い潰せるのは人間のちり=肉体だけだ。
サタンとて人間の意識、魂までは食い潰せない。


しかし、悪魔的人間は実は闇に騙されている。
悪魔的人間は人一倍、物欲、金銭欲、支配欲などの欲望が強いのだが、その欲望を満たす為には相手、人間が必要である。
だが、悪魔的人間どうしがエゴイズムをぶつけ合ってお互いに殺し合いをして、自分以外の人間を殺してしまって、自分ひとりになってしまったら、いったい誰を支配して欲望を満たせばいいのだろうか?
支配する相手も、賞賛してくれる者もいなければ、支配欲も虚栄心も満たせないではないか。
たったの一人になってから気がつくのだろうか?

人類が消滅したらこの宇宙もブラックホールに呑まれて消滅する。
この宇宙はなくなり、もとの「闇」に戻る。これがひとつの宇宙のサイクルである。


しかし、「闇」は始まりでもあった。
ただ一つの意識に戻った「神」は、夢から覚める。
そして、しばらくすると、また次の夢をみはじめる。
「光あれ」。
次の新たな宇宙の誕生である。

これは、人間が死んで魂が霊界に戻り、また生まれ変わって次の生を生きていくのと似ている。
いや、同じと言ってもいい。
ミクロコスモス(人間)とマクロコスモス(宇宙)は相似形、フラクタルになっているのだ。

神=宇宙意識も輪廻転生を繰り返している。

神(人類)にとって、この宇宙が初めての宇宙だとは限らない。
既に何回も作り直してきた「何回目かの作品=宇宙」なのかもしれない。
しかし、人間が前世=過去生の記憶が無いのと同様に、神にも前の作品=宇宙の記憶が無いので、前の宇宙を思い出せない。


だが、「じゃあ、またゼロから創り直しているのならば進歩が無い、同じことを延々と繰り返しているだけじゃないか」
と思うかもしれないが、そうではない。
はっきりと思い出せなくても、前の作品の記憶は潜在意識の中に残っている。
「何で失敗したのか?どこで躓いたのか?」
という記憶が潜在意識の中に残っていれば、無意識のうちに、
「前回の失敗の教訓を活かして、もっとましな作品を作ろう」という思考が働く。
神も進化、進歩しているのだ。


神は自分の作品に完全に満足できないと、自分の作品を潰して、次の作品を創り続ける。
これは粘土細工師が粘土で作品を作っていって、作品が満足できないとそれを潰して、元の粘土の塊、素材に戻して最初からまた作品を作り始めるのに似ている。

神がこの繰り返し(輪廻)から抜け出せるのは、神自身が自分の創造物に満足した時だけだ。
つまり、神=全人類が自分の作品と境遇に完全に満足できた時にだけ、神=人類はこの作業を止めることができる。


「そんな、全人類が満足するなんて、そんな世界ができる訳ないだろう」
と思うかもしれない。
しかし、その世界を実現化するまで、神=人類はこの作業を続ける。
それが、神=人類の課題であり、宿命である。
焦ることはない。
時間は無限にある。
いや、時間も空間も神の中にあり、神は無限に創り出せるのだから。


神=人類というのは完全に閉じた世界、閉鎖世界であり、自己完結、自己満足の世界なのである。

誰か他の神に評価されて「はい、駄目、不合格、やり直せ」と命じられるのではない。
自分で自分の作品を評価し、自分で満足できる世界を創り上げることができた場合にだけこの作業を止めることができる。

いや、この宇宙だけが特別ではない。
この宇宙の外側には、別の神が無数にいて、それぞれの神がこの作業を黙々と繰り返している。
しかし、神=宇宙同士には交流は無い。
大勢の子供が、それぞれ黙々とひとり粘土遊びに興じているようなものだ。


不満を持つ人間=闇の子が少しでも残ってしまえば、その反映としてのブラックホールも残ってしまう。
闇の子=悪魔的人間がいなくなった宇宙だけが、永遠に生き残れる。
闇の子も人間である。人類の一部(今は大部分)である。
だから、神の計画の本当の目的は、闇の子を排除することではなく、闇の子を光の子へと変えることである。


神の目的は、全ての人にキリスト意識(自分達が神の子であるという自覚)を目覚めさせ、この地球上に神の国、地上天国を確立することである。
この理想の実現の為に光の子=天使的未来人達は働いてきた。