すみコラム 25
「何を持っての負け犬なのか」



喫煙者VS非喫煙者
の決して和解しないであろう論争は、法律とか秩序とか倫理観とか、そんなもんではどうしようもない局面にきていますよね。

かくいう私は、一回もタバコは吸ったことも無い、純白の肺を持ち合わせているのですが、まあ、マナーさえ守ってくれればどっちでもいいよ、税金も払ってくれているのだから。というスタンスを貫いているわけでして、でも、前を歩きタバコされたら走って追い抜くとか、隣の部屋の住人がベランダでタバコを吸い始めたら窓を閉めるとかのパッションは持ち合わせているわけです。

何を急にこんな話をしているのかというと、喫煙者を責めるとかでは決してありません。だって、ルパンも次元もタバコ吸ってる所がかっこいいのであって、でも決して、タバコ吸ってるからカッコイイというような中二的な話がしたいわけでもないんですよ。



先日のことです。

私は歩くことが好きで、特に朝の通勤ウォーキングは一日の始まりに無くてはならないものになっているほどです。

季節の草木を見、花の香りを感じ、空気の冷たさや、陽の暖かさを感じ、寝起きの頭も体も目覚めていく心地よい疲労感をともないながら音楽を聴く時間というのは、小さな高揚感を味わえる、ささやかな楽しみのひと時なのです。


しかし、何となく歩いているだけじゃつまらない。

私はあたりをキョロキョロしながら、何か面白いネタが落ちていないか細心の注意を払っているわけです。そのおかげで、かつては洗濯機が落ちていたり、くまがケースに詰め込まれていたりと、なかなか面白い光景にでくわすことがあるのです。


して、
こんなもの発見しました。





なんでしょう。

この

ふわっとした感じ(笑)



ここまでストレートに喫煙者を批判しておきながら、ちゃんと灰皿を提供している。しかも、レトロなベンチまで置いて。してこのポストは機能しているのでしょうか?




※ここは、結構駅から離れた場所です。





負け犬と。

可愛いワンちゃんがまた、シュールすぎる。



ちなみにこの看板、後ろは





安心してください。

NO SMOKINGですから。

スモーキングとスモーにかけてるのかな??


私は朝から一人で写真をとりながら、色々な思いをめぐらせました。

これは、喫煙者が建てたものなのか、はたまた非喫煙者が建てたものなのか。


そんなことを考えていたら、限りある生を、一度しかない人生を、皆それぞれの形で幸せを感じることが大切なのだなと思いました。

負け犬と呼ばれようが、堂々と、タバコを吸えばいいのです。



次の日のことです。

朝、昨日と同じルートでその負け犬の看板を確認しようと曲がりかどを曲がった時です。負け犬の看板の横の、古びたベンチに座りながら、タバコを吸っている若いサラリーマンがいました。

めっちゃイケメンでした。

びしっと細身のスーツを着て、負け犬の看板の横に座ってタバコを吸っていました。

イケメンが。


その日の空はとても高く青く、ちっぽけな悩みなんか全て溶けだしてしまいそうな、雲ひとつない快晴の空でした。

ipodからは、アップテンポの曲が流れていたような気がします。

私は、イケメンから目を離すと、前を真っ直ぐ見、力強い一歩を踏み出していました。