主にオリジナル短編小説(小話)を投稿しております。ブログは徒然な出来事です。紅理論は色々考えたことをまとめた小ネタ置き場です。皆様のご意見ご感想をお聞かせください☆宜しくお願い致します。
この世に生を受けて、10年後、私は他人に期待することを辞めた。そうすることで寂しさを受け入れた。怒りも哀しみも無くなった。それは「エライね!」「スゴイね!」「優しいね」と、周りに好感を与えるため人生で不利になることは一切なかった。「ただいまー」仕事帰りの玄関は暗闇で、いつもの返事は一切ない。旦那はもう帰ってきているはずだ。思春期の息子もなんだかんだで夕飯の時間には帰ってくる。ガタッ……返事はないのに聞こえてきた物音に、私はそっと近づいた。「被告人。前へ」呼ばれて、女性は椅子から立ち上がり、証言台へ向かう。その間に手錠の外された手首をラジオ体操のように振っていた。(そんなことしたら陪審員への印象が悪くなるだろ~!)彼女の弁護士になったことを後悔する気持ちがまた湧いてきた。今日だけじゃない。彼女と話をするたびに思っている。名前は斉藤栞。36歳。仕事は補助食品のテレアポと主婦。子供は1人いて、中学二年生の男の子。旦那は一部上場企業の課長さん。家庭は息子さんが反抗期なこと以外は普通だった。周囲の人も息子はヤンチャだが立派なご両親だと言っている。栞さんの評判はさらに良い。学校でも、職場でも、問題となる言動は無かった。それなのに彼女は旦那と息子を殺し、今裁判にかけられている。僕の仕事は国選弁護士として彼女の罪を少しでも軽くすることなんだけど……「……以上のように、被告人は夫である斉藤啓介氏を殺害した後、帰宅した自身の息子である徹君を殺害したことを認めますね?」「はい」(っ~~!!そんな即答したら反省してるって陪審員へアピールできないでしょ!!)彼女は全く僕のアドバイスを聞いてくれない。罪を認める姿勢は良いんだけど、それ以外は全然ダメだ。一度も謝罪の言葉はないし、悪びれる様子も見せない。旦那を殺したときの話なんて、「周囲からは円満な夫婦と言われていたようですが、本当はそれほど良好な関係では無かったんじゃないんですか?」っていう検事の嫌な感じの質問にも「はい、そうです」とあっさり応えた。「夫は職場や周囲には家庭を一番に考える良き夫を演じていました。しかし本当は全くの無関心で、息子の反抗期について相談しても私に任せるばかりで何もしてくれなかったんです。あの日も……息子の帰りが遅くて夫に心配だから連絡して欲しいとお願いしました。私の電話には出てくれないので。それなのに、夫は不満ばかりいってなかなか電話をかけてくれないんです。それで腹が立って……」「喧嘩になり、包丁で刺した」「はい」夫への怒りばかりで反省の色がまるで無い。息子に関する供述も同じだ。「息子の徹さんはなぜ殺害したんですか?」「帰ってきた息子が喚くんです。何やってんだ、人殺し、悪魔って。誰のせいでこうなったんだよ。そう思ったら体が勝手に動いてました」だーかーらー!涙の一つくらい流せよ!!ってこっちはイライラすることになった。そんな感じで、彼女は罪を認めてはいるが反省はしていない。今日が最後の弁護になるというのに、何も変わってはいない。(でも、今日はそうはいかないぞ。すごい証人を連れてきたんだからな)勝負はこっちの証人尋問だ。あっちの証人には興味ない。夫の友人とかが来て、彼女が暴力的でうんたら、彼は本当に家庭を大切にかんたら言っている。とりあえず彼女が昔から夫を殺そうとしていたなんてぶっ飛んだ推論だけ異議として流した。そしてとうとうこっちの証人が登場する番だ。「続いての証人は……津島本子さん」「!?」栞さんが驚いた表情でこっちを見た。そりゃあ彼女の態度を変えさせるための秘策だ。伝えているわけがない。「弁護人。尋問をお願いします」「はい」証言台に立つのは少しふくよかな体型をした普通のおばさんだ。おばさんは気になるのか度々後ろを振り返って娘の顔を見ようとしている。「津島本子さんですね」「……はい」「被告人、斉藤栞さんのお母様でいらっしゃいますね」会場に小さな波が立つ。記者たちの倒していたペンが紙の上で仕事を始める音が聞こえた。「はい。……栞の母です」そう言って後ろを見るが、栞さんからは視線を返ってこなかった。「率直な意見を聞かせて下さい。彼女は、旦那様と息子さんを殺したと思いますか?」法廷が鎮まる。こんな緊張感が今回の裁判で訪れることは今までなかった。母親は少し考える素振りを見せながらも、僕と打ち合わせした通りの答えを返してくれた。「……正直、信じられません。娘は正義感の強い子でした。それは頑固ともとれるのですが……」本子さんは、栞さんの子供時代から現在までの歴史を語ってくれた。友達が多く、人望もあり、高校の頃は3年間クラス委員に選ばれていたこと。大学でも成績は優秀で、初任給で家族旅行を計画してくれたこと。結婚後もよく帰省して孫の顔を見せに来てくれたこと。「家族3人で仲良くやっているようでした。少し、徹のことで悩んでましたが、2人とも反抗期は仕方ないから見守っていこうと前向きに話していました」本子さんが話している間、栞さんはずっと俯いていた。不貞腐れていたような図太い彼女の態度が変わっている。母親を呼んで正解だ。そろそろ本題に入ろう。「ありがとうございます。栞さんはとても前向きな性格の人物なんですね?」「はい。仕事の愚痴を言っても、まあ他人だからしょうがないと、切り替えていました」「それは家族にも言えることなんでしょうか?」「ええ。旦那さんは気が利かない!と言うことがありましたが、言わなきゃ伝わらないんだから言わない自分も悪いんだと」「つまり、一方的に相手を責めるような事はしない人だということですね」「そう思います。相手の意見も聞いて、その上で自分は正しいのかと、考えられる子です」「じゃあ突発的に旦那さんを殺すなんて考えられないということですか?」「異議あり!!」良いところで検事の手が上がる。予想はしていたけどやな感じだ。「個人的意見を聞こうとしています」「異議を認めます。弁護人、別の質問をお願いします」片手を挙げて承諾し、再び本子さんに向き直る。とりあえず笑顔で彼女の緊張をほぐして、質問を続けた。「すみません。では、別の質問です。旦那さんである、啓介さんが内弁慶であったということなんですが、その事についてはどうでしょうか?」「……いいえ。気が利かないとは言っていましたが、その内容は何もしないって意味じゃなくて、見当違いなことをするって意味で……具体的な話だと、啓介さんは栞のために部屋の掃除をするんですが、洗濯仕立ての服を箪笥に戻す前にやりだすから埃が付く!という感じです。寧ろ娘が尻に敷いていたような印象でした」「なるほど。子供についてはどうですか?」「徹の反抗期は2人とも楽観的でした。どちらかという啓介さんは栞の心配をしてました」「というと?」「栞に暴力が向かないかって心配です。物を蹴ったりしていたみたいなんで……」「ほう。つまり、啓介さんの方が深刻に受け止めていたわけですね?」「はい」「ありがとうございます」これで彼女の出番は終わりだ。次が本命になる。本子さんの話が本当なら、栞さんは彼女の前で正気ではいられないはずだ。「続いて、斉藤鈴香さん。お願いします」「えっ……」法廷を去る母の姿は見ようとしなかったのに、次に現れた女性には身を乗り出して確かめようとした。殺害された旦那、斉藤啓介さんの母親だ。「斉藤鈴香さんでお間違いないですね?」「はい。斉藤啓介の母です」栞さんは顔を上げて鈴香さんの横顔を見ていた。まるで今にも泣き出しそうな子供のような表情だ。なにを我慢しているんだろう。その言葉を聞きたいが、残念ながら今は彼女に発言権はない。対する鈴香さんの表情は厳しいものだ。栞さんが憎いのだろう。全く被告人の方を見ようとしない。栞さんも諦めたようにまた下を向いた。「鈴香さん。啓介さんの人柄を話していただけないでしょうか」「はい。啓介は自慢の息子でした。優しくて、明るくて、たくさんの友達がいました」つらつらと語られる啓介さんの人物像は、一般的な「良い人」という感じだ。悪いことは親の目のないところですることだから、母親の主張が裁判官たちの心を動かすことはないだろう。だが、狙いはそこじゃない。「ありがとうございます。それでは、家族のことをどのように彼はあなたに語っていましたか?」「息子は……啓介は、徹くんの反抗期を見て、自分も迷惑をかけたねと、謝ってきました。全然そんなことはなかったのに……っ……だから、自分も、徹が、道を……踏み外さないようにっ……支えるっていってたんです!」泣きながら啓介さんは決して子供に無関心などでは無かったと語る。彼女につられて、陪審員の1人が涙を溜めていた。そして、もう1人、栞さんもだ。「栞さんのことも素敵で知的な妻だと言ってたんですよ!!なのに!なんであなたは啓介を貶めることばかり言うのよ!!ウソつき!!訂正しなさい!!!」「お、おかあさん!?」突然、鈴香さんが栞さんに掴みかかった。両隣にいる警察官を押しのけて手を伸ばす姿は野獣だ。傍聴席も騒ぎ出す。「静粛に!!!」カンカンとなる木槌の音も聞こえないのか、鈴香さんの暴走は止まらない。どうしようもないと判断した裁判長が休廷を宣言したと同時に、僕は被告人を部屋から脱出させた。閉まる扉の向こうから鈴香さんの罵声が聞こえる。「大丈夫かい?」「……なんで、あの二人を?あなたは私の味方でしょう?」ギロリと効果音が付きそうな鋭い目で栞さんに睨まれる。確かに。鈴香さんを呼ぶのはむしろ検事側の仕事だ。栞さんの心象を悪くして罪を重くするのにうってつけの人材だろう。「僕には僕の考えがあって呼んだんだ」「考え?」僕は廊下にある長椅子に彼女を座らせる。「ああ。君は頑として僕の言うことを聞かないだろ?罪は認めてるのに謝らないし、反省の態度も見せない。彼女を前にしたら変わると思ってね」本子さんの言う通り優しい人なら、涙を流す鈴香さんに謝らずにはいられないはずだ。それとも自分の母親を嘘つきにするのか?「卑怯者」「……それが僕の仕事だよ」少しでも君の罪を軽くする。それが出来らたらいい。「彼女にくらい謝りなよ」「……何をよ……」「旦那さんを殺したことをだろう?」それ以外に何があるんだ。「バカじゃないの。義母さんが謝って欲しいのはそっちじゃない。でも、それは謝れない……」小さくなる言葉には、さっきまでの怒りや憎しみはなくなっていた。震える喉が飲み込んだ叫びは聞こえないがこっちの胸をチクチクと刺してくる。「……お願い。謝れないけど、謝れない理由を義母さんに伝えて」「わ、わかった」俺はポケットに手を入れ、取り出したハンカチを渡す。「本当は……啓介さんを殺したのは私じゃないの」彼女の発言は今までの時間を無にする衝撃的な内容だった。事件の晩、彼女は予定より遅く帰宅した。部屋の中は静かで、おかしいと思ったらしい。そんな静かな部屋でガタっと物音がした。音のしたリビングに向かうと、そこには上半身を真っ赤に染めた夫の死体と、震える息子の姿があったという。「なに?……どういうこと?……啓介さん?」話しかけても夫はピクリとも動かない。駆け寄って身体を揺すっても同様だった。やっと夫の死を理解したとき、振り返ると血だらけの包丁を持った息子が立っていた。「……とおる」「あんたのせいだ!!あんたが……あんたが俺を見ないから!!」「なにを言ってるの?」「あんたも死ねよ!そいつみたいに!!殺して!俺も死んでやる!!」「やめなさい!!!」突進してくる息子を避けて説得を試みようとしたが興奮状態の彼を止めることはできなかった。そして、不幸にも、抵抗した彼女は息子を刺してしまった。腕の中で冷たくなる息子と動かない夫。妻は一人、冷たい部屋で考えた。自分はどうすべきか……そして導き出した答えが……(悪いのは私。息子は、被害者。夫も、被害者)この罪に相応しい罰を与えて欲しい。とびっきり重い罰。愛する2人の命を守れなかった。世界でたった一つの宝物を壊してしまった。徹は私が見てくれないからと言った。そうね。期待してもなるようになるんだからって、何も期待しなかった。徹にしたら無関心と変わらなかったのかもね。全部、私が悪いの。(ごめんね。お母さん、義母さん……)傍聴席から見える2人に直接謝ることはできない。でも、間接的に伝えたい。夫は間違ってなかったと……弁護士さんに託したメッセージを受け取って欲しい。「それでは最終陳述に入ります。弁護人、何かありますか?」「はい」弁護士さんは用意していた紙を読み上げる。「このように、留置所でも大人しく、粛々と過ごしています。また、これは本日手に入れたデータですので証拠品としては提出できませんが、彼女の反省の旨が述べられています」そう言って弁護士さんはポケットからボイスレコーダーを取り出した。録音データの始まりは鼻をすする音だ。(?彼の前で泣いたのなんて……!?)弁護士がアレを取り出したのはどっちのポケットだった?ハンカチが入ってた方じゃないか?(まさか!!!?)『本当は……啓介さんを殺したのは私じゃないの』流れる音声はまさについさっき彼に託した伝言だった。「やめて!!!」両隣の刑事に捕らえられて動けない。「うわあああああああああああああああああ!!!!」法廷を震わせる絶叫で音をかき消そうとするが、懺悔の声は止まらない。最後まで流れたあとの法廷は静まりかえっていた。「陪審員の方たちには、彼女の事情を加味してご判決をお願いしたいです」そう静かに締めくくった男の顔は晴れやかだった。その意味はすぐわかった。あいつの仕事の成果は判決なんだ。「被告人は、何かありますか?」「……このクソ野郎」そうして、その裁判は幕を閉じた。判決は有罪。懲役15年。死刑を求刑されていたが、大幅に減刑となった判決だった。END
俺の名は銀。謂れは知らないが、母の好きな人と同じ名前らしい。それだけで俺にとっては大切な名前だ。たとえ母が俺の本当の母親ではないとしてもだ。 生まれて間もなく今の母と父に引き取られ、俺は山田家にやってきた。 その時は大きな見知らぬ大人に抱き上げられている恐怖と不安を感じていたのを覚えてる。だから俺と同じ小さな生き物に出会えたときは嬉しかった。 俺より毛がうんと少なくて寒そうだったから隣に居てやったのを覚えてる。大智、って母が教えてくれた。俺の新しい兄弟だと。 俺は小さな生き物同士ということで大智と凄く仲良くなった。楽しい時も、悲しい時も、怒られる時もずっと一緒だ。 だけど、大智は毛と同じく、成長も俺より遅かった。大きさはあっという間に抜かされたが、俺が1人でご飯を食べられるようになっても、まだ母に食べさせて貰っていたし、俺がトイレの仕方を覚えても、まだ母にケツを拭かれていた。 大智の成長が遅い事は母にも解っていたみたいで、俺はよく「大智と遊んであげて」とか「大智の面倒を見てて」と頼まれた。だから俺は大智を弟だと思っている。 可愛い弟を守るのは兄の使命みたいなものだ。野良犬に追いかけられたときも助けてやったし、迷子になったときも連れて帰ってやった。その頃には大智の方が俺より大きかったが、泣き虫で甘えん坊で……心はまだまだお子ちゃまだった。 大智と俺が兄弟じゃないと気付いたのは、その頃だ。大智がやっと一人で食事が出来るようになったとき、母は大智にスプーンというキラキラ輝く棒を与えた。大智にだけ与えたことが悔しくて腹が立って、俺はそれを奪った。大智は泣いて、母は怒った。初めて一人で怒られてショックのあまりその日から食事が楽しくなくなった。 大智はお子ちゃまだから俺の気持ちなんて分かるはずもなく、いつも通り楽しく遊んびはじめる。一緒に遊ぶ気にはなれなくて、遠くからみていた。 そして気づいた。大智と俺は全く違うんだと。 大智は頭しか毛が生えてないが、俺は全身に黒い毛が生えている。大智は顔の横に耳があるが、俺は頭についている。大智にケツから生える毛がないが、俺にはある。 大智は人間で、俺はネコだったんだ。 ネコはスプーンを使わない。 自分がネコだと気付いたときはかなり混乱した。大智と違うことを飲み込めるのにだいぶかかった。俺的にはだいぶだ。大智たちにとっては1日も経っていなかったと思う。 だが理解してからは自由な生活を謳歌することにした。大智の面倒を途中でやめても母は怒らないし、好きな時に好きなだけ寝ても怒られない。 大智も、お子ちゃま時代は無理矢理遊ばされたが、学校とやらに通うようになってからはこっちが擦り寄らならない限り手を出してこなくなった。 そしてランドセルとやらを使うようになってからは、大智が俺のご飯係になっていた。最初の頃は忘れられることもあったが、催促をこまめにしてやったお陰で忘れられる事はなくなった。体もどんどん逞しくなって父に似てきた。それはちょっと羨ましいが、学校とやらに行かないだけ俺の方が楽だ。だって大智は朝になるたびに行きたくないと叫んでいる。そんなところ人間になってもごめんだ。 それにしても大きくなった。もう大智は中学生とやらになるらしい。俺は人間の数えで13年も生きている。かなり生きた方だ。桜も海も紅葉も雪も見飽きるくらい見た。どれも綺麗でいい思い出だ。なんていったって必ず大智がいてくれたからな。 だけど、もう、終わりだな。「銀。大丈夫か?出かけるのか?」 俺がいつも出入りしている窓を開けると、テレビを見ていた大智が寄って来た。[ああ。ちょっとそこまで行ってくる]「ダメだろ。もう年なんだから危ないだろ」 大智が窓を閉めて俺を抱き上げた。[大丈夫だ。こんな年寄りを今更襲う獣なんていない]「じいちゃんなんだから無理するな。ほら、もう寝てろ」 大智は俺を囲いの中に入れると毛布にくるんで寝床に横たわらせた。柵に鍵をかけられる。いつもはしないくせに。「なあ。ここに居てくれよ。最後までさ。母さんも悲しむし」[母だけか?]「まちろん親父も……深酒して体壊しちまうぞ」[それは困る。母は父を愛してるからな。体を壊させるわけにはいかない]「だから最後はここで迎えてくれ。俺は平気だけど、母さんたちのためにさ」[そうか……大智は平気か……] その割には猫の習性をよく勉強したな。勉強嫌いなくせに。そうやって強がるなんてまだまだお子ちゃまってことだろう。「…………ごめん、ウソ、俺も、つらい」 あーあ。我慢してたくせに泣きだしやがって……嬉しいことしやがるな。 最高だったよ、大智。最高の兄弟だ。だけどそんな泣き虫小僧を残していくなんてな……俺も、人間だったら良かった。「そこでプツンって俺の記憶は途絶えたわけだ。そして目覚めたらこの状態よ」「…………」「嬉しくねえのか、兄弟!」「ぜんぜん!!」 大智はそう言うと俺の頭を叩いて来た。昔だったら死んでいたが、今は平気だ。「好きなだけ殴れ!もう死んでるからな!」「銀はそんな猫じゃない!!」 そう。俺は死んだ。猫として13年間の生を全うしてな。だが第二の人生が用意されていた。「俺は猫じゃねえ、猫又だ」 妖怪としての生がな。 なんでこんなことになったかなんて俺にはさっぱりだ。考えられるのは大智が泣いたことだが……果たして神の奇跡と呼ぶべきか、悪魔の呪いととるべきか悩むところだ。「とにかく。生きてる以上は側にいてやるよ。母も父もお前も守ってやるさ」 家族を守るのは長男の務めだからな。「……」「なんだ?」 大智が突然黙っちまった。黙るのは考えてるときなんだが、いったい何を考えてるのか予想できない。「銀」「あ?」 見上げて来た顔は記憶が途切れる寸前の泣き顔と同じだった。何がいけなかった?妖怪になったことか?「俺は、まだお前といれて嬉しい。でも、お前は?妖怪になって……嬉しいか?」 やっぱりお子ちゃまだな。バカなお子ちゃま大智くんには言葉で知らせなきゃ通じないらしい。 仕方ないから伝えてやるよ。せっかく同じ言葉が話せるんだ。使わなきゃな?だろ?「嬉しいに決まってんだろ」 やっと大智が笑ってくれた。end
「で、いつのまにそういうことになったの?」 エマのお父さんが出て行ったあと(正確にはエマに追い出された)、僕は皆に説明を求める。するとシンが酷くめんどくさそうに話しくれた。「エマが一緒に行くことになりました。役割は勇者様のサポートです。以上」「終わり!?何それ!」 雑な説明に声を上げるが、シンは本当にそれ以上言う気は無いらしくさっさと部屋を出て行った。「え!ちょっと!シン!?」「姫様のためにもできるだけ早くこの街を出ます。体調を早急に整えてください」「あ、はい」 そう言われると大人しくしていなくちゃいけない気分になる。卑怯だ!と叫びたかったが怒られそうで言えない。そうヤキモキしている間にシンは出て行ってしまった。「なんだよ……逃げるみたいにいなくなって」「クククッ!実際に逃げたんだよ」「?どういうこと?」 おじさんが面白そうに笑いながら言うものだから、僕は首を傾げた。エマもなんだか困ったように笑っているので余計に謎だ。シンがどうして逃げて行ったのか皆目見当もつかない。「私のお父さんのためなの」「?」 エマが答えてくれるが、それだけじゃ僕には理解できない。何でエマが照れくさそうにしているんだろう。「今回、『この街の魔物を倒して、姫様奪還の情報収集に協力すること』がお父さんのことを報告しない条件だったでしょ?」「うん」「シンはそれを守るって言ってくれたんだけど、お父さんの方が納得できなかったの」「え!?」「お父さんは、ずっと苦しんでた。どうすればあの時の過ちを償えるのかってずっと苦しんで苦しんで……街の皆に役立つ発明をすることで少しは楽になれたのかなって思っていたけど、そんな考えは甘かったみたい。お父さんの苦しみはずっと続いていて、シンに投降を申し出たの」「え!でも、そんなことしたら……」 その先は慌てて飲み込んだ。死刑なんて、本人の前で言えない。「きっと、酷いめに合う。私、そんなの耐えられない。だからやめてって言ったの。でも聞かなくて……困っちゃうよね。折角まるく収めてたのに」 お父さんの苦しみは理解できない。でも、エマの苦しみはその表情から感じることができた。勝手だよ。エマの気持ちを考えないで……。「だからシンが提案したんだ」『国王は今、たった一人の娘である姫を誘拐されて酷く心を痛めております。王の心を癒すのはあなたの投降ではなく、姫様が無事帰還することです』『つまり、姫様を無事に救い出す手助けをすればいいというのですか?』『はい。しかし、それだけではあなたは納得しないでしょう。なので、王と同じ痛みを味わっていただきます』『と、いいますと?』『私たちの旅に、あなたのたった一人の娘であるエマさんに同行していただき、協力してもらいます』『!?』『娘が魔王の部下との死闘に赴く父親の苦しみは、娘を誘拐された父親の痛みと変わりないでしょう。あなたには父親として、苦しんでいただきます』『それは……』『これは罰です。あなたに反対する権利はありません』『……わかりました』「ってなったわけよ」 おじさんが二人の口調を真似て会話のやり取りを再現してくれた。 シンはきっとエマの気持ちが解かったんだと思う。家族を失いたくないって気持ち。だから『エマ』と同じ苦しみを味わってほしくてそんな風に言ったんだ。 やっぱりシンはかっこいい。「わかった!エマのことは僕も守る!」「ほ~!勇者らしいことを言うようになったじゃねえか!」 おじさんが頭をグリグリと撫でてきた。これ、結構痛い。「痛いよおじさん!病み上がり!」「そう言えばそうだったな!悪化させたらシンに怒鳴られるぞ」「わかってるよ!」 シンの足手まといにだけはならないようにしなくちゃ。そのためにやることは体力を戻すこと!つまり……「よし!ご飯食べよう!」「あははは!勇者様、面白いね!」「だろ?まだまだケツの青いガキだぜ」「青くないよ!」 女の子に変なことを言わないでほしい!ちょっと本気で怒ると、おじさんは軽く謝って出て行った。「へいへい、すまねえな。ほんじゃ飯もってきてやるよ」 おじさんの後を追ってエマも出ていく。やっと一人になれたと息を吐いていると、ひょっこりとエマが戻ってきた。「どうしたの?」「……ありがとう」 それだけ言ってエマは今度こそいなくなった。廊下をパタパタと走る音が遠のいていく。少し耳が赤くなっていたのは気のせいだろうか。 僕が何かしたわけじゃない。 きっとあの言葉はシンに伝えてほしいって意味だと思う。 でも、年頃の女の子のあんな顔をみてグッと来ない男はいないわけで……「ん?どうした坊主。寒いのか?」 お盆を持って帰ってきたおじさんに不思議そうに言われる。「……なんでもない……」 頭まで被った布団はまだ脱げない。顔の熱が治まるまで無理だ。おじさんにバレたらきっとバカにされるから。「はやく体調戻せよ。せっかくレベルも70まで上がったんだ。主戦力としてバンバン戦ってもらうぜ」「うん……ん?」 僕は少し布団から顔を出しておじさんを見上げる。それで言いたいことが分かったみたいでおじさんはニヤリと笑った。「俺たちが苦労してたボスを倒したんだぜ?たぶんこれだけじゃ飯が足りないかもな」 おじさんが持ってきてくれたのは大皿いっぱいに盛られたオムライスだ。元の世界じゃ大食いレベルの量だけど、空腹を自覚したお腹はグゥと鳴り、足りないなんて命令を脳に送っている。 そんなことないって思ったけど、気が付けば二皿目に突入していた。 なんとなくノリで言ってしまっていたけど、できる気がした。(エマのこと、僕が護るぞ!) 少しシンに近づけた気がして誇らしかった。 つづく?
初夏の香りが漂い始めた7月末。その日は朝から曇り空だった。前日であれば夕方六時以降も暑さを感じる日差しがまだ差し込んでいたが、夏特有の厚い雲が日光を遮り、薄暗い家路になっていただろう。 警察に少女の帰宅が遅いと一報があったのが夜九時。夏といえども真っ暗な時間だった。行方不明になったのは中学一年生の少女で、塾から出たところで消息が分からなくなっている。今時には珍しい真面目な少女だった。たとえ飲み物を買うためにコンビニ寄ったとしても必ず両親に連絡をしていたらしい。そんな少女が普段の帰宅時間である七時をまわっても連絡一つなく帰ってこないということで両親が通報した。 駆け付けた警察官曰く、父親は見るからに狼狽えて話にならないのに対して、母親は冷静に対応してくれていたらしい。娘と同じく母親もまめな性格らしく、その日の娘の服装から、塾の帰り道、学校と塾での交友関係まで必要な情報を警官が来るまでにまとめていてくれたらしい。 だが、そんな母親の努力もむなしく、警察が二百人規模で捜索に当たってくれたが少女が見つかったのは行方不明になってから三日後の事だった。 しかも、最悪の状態で……「……こちらになります」 白い布を被されていたのは、二人がこの三日間ずっと会いたいと願っていた人物と同じ背格好をしていた。「ご確認をお願いします」 そう言って案内してくれた婦警が顔の布をあげてくれる。だが、そこにあったのは自分たちが探し求めていた顔と全く違っていた。「……うそだろ」 父親の絶望した声がポツリと零される。母親も確認するように婦警を見た。 まだ三十手前だろう若い警察官は瞳を濡らし、涙を我慢しながら一生懸命伝えた。「DNAの結果……ほぼ、間違いないだろうとのことです」 父親にも、母親にも見覚えのない顔があった。赤黒く腫れあがった顔は元の輪郭が分からない。DNAなんて目に見えないところを言われても実感がわかなかった。 母親は膨れ上がった顔を撫で、体をゆっくりと辿り、右腕で止まった。顔と同じく、肌は変色していて所々切り傷のようなものもある。そのため普段は薄っすらとしか見えなかった傷跡が白く浮き上がっていた。「お父さん……この子は、カエよ」 母親に言われて父親も右腕の傷を見る。娘が小学校一年生の頃、初めての夏休みに一緒に作った工作で誤って付けてしまった傷跡だ。忘れるわけがない。白い腕から血を流してワンワン泣く我が子を急いで病院に運んだ。 小さな怪我でも泣いていた子供だった。「カエーーーーーーー!!!」 どうして助けてあげられなかったのか。きっと大声で泣いていたに違いない。 父親の後悔と悲しみが娘の名前にのって部屋中に響いた。 いつも冷静に対処していた母親も、この日ばかりは唇を血で滲ませて静かに泣いていた。「……絶対に、ゆるさない」 その震えた重い言葉を共にいた婦警は忘れられないという。 それから一か月ほど経ち、犯人が判明した。 五人組の少年グループによる犯行だったらしい。全員十五歳以下の未成年だったそうだ。「どうしてだ!カエは死んだのに!殺されたのに!!」「…………」 五人は裁判の結果、五年から八年の懲役が科せられた。 二人の娘が奪われたのはその先にあっただろう数十年分の人生だ。それに対して五年という判決に両親は納得できるわけがない。父親は娘の遺影の前で泣き崩れた。母親はその様子を静かに見ている。(有期刑……仮釈放されるのは三年後くらいかしら……) 少年たちの更正を期待された少年法による減刑のためによる判決だった。検察、警察からは同情と共にこれが最重度の判決だと二人は説明された。 更正のため。 その言葉を母親は何度も頭の中で繰り返す。「……あなた。話があるの」 悲しみで衰え弱った父親は、妻を振り返る。同じように疲れ切った顔色は少し彼女を以前より老けさせていた。だが瞳は強い光を放っている。彼女が何か強い覚悟をしたときに見せる表情だった。カエを身籠って婚約指輪を差し出してきたときを思い出す。 自分が断っても産む覚悟を彼女はしてくれていた。今回も、自分は頷くことしかできないだろうことを感じながら、父親も覚悟をもって話を聞いた。 その日の彼女の言葉を、彼は一生忘れない。そして、止められなかった……止めなかった後悔がその後の人生を大きく左右することにもなる。 中学一年女学生の暴行殺人事件が裁判も終わり一段落してから三年が経った。そんな事件があったことなど当事者以外は忘れていたのだが、まだ終わっていなかったことを知らせる事件が発生する。 当時十五歳だった少年たちは十八歳になっていた。事件が殺人だっただけに、少年たちの更正を願って社会は彼らの経歴を目隠しすることにした。それを利用した少年たちは出所後数か月もしないうちに再び事件を起こす。 高校二年の女子学生が行方不明になったというニュースは、いまだ心に傷を残す者たちの脳裏に腫れあがった女子学生の顔を思い出させた。警察はすぐに出所した少年たちの行方を確かめる。五人の少年たちが前日から戻っていないと聞き、彼らの再犯が確実視された翌日、なんと少女が保護されたのだ。目隠しをされて縛られていた彼女は、少々暴行された痕があるものの心身ともに正常な状態で発見された。そこで世間へのニュースは終わった。 それから数日後に、五人の少年の遺体が発見されたことは報道されぬまま幕が閉じたのだ。 被告人 佐々木 恵美(ささき めぐみ) 罪状 殺人 彼女は明かりが乏しい薄暗い廊下を歩かされていた。廊下には恵美と、恵美の腰に繋がる紐を持つ警察官との二人しかいない。(そんなもんよね) 法廷へ続く道を歩く恵美の心は凪いでいた。彼女はこれから始まる裁判の判決を予測できていたし、その通りの結果になっても悔いはない。自分の罪の重さを理解しているし、その行為にまったく後悔はないし、捕まったことも彼女の意思だからだ。 恵美は十八歳の少年を五人も殺した。三年前、恵美の一人娘は同じ五人の少年によって強姦殺害されている。そのとき捕まった彼らは未成年という理由で、その悪質極まる殺害状況にもかかわらず三年で社会に復帰してきた。娘は二度と戻ってこれないのにだ。 恵美は彼らの判決を聞いたときに決意した。少年法は彼らの更正を願っての法律だ。だったら彼らが釈放された後、もし、再び罪を犯したら……彼らは更正できる人間ではなかったのだから、そのときは、自分が、判決を下そう、と。 そして彼らは恵美の予想通り罪を犯した。しかも恵美の娘にしたことと同じ罪を重ねようとしたのだ。少年たちを殺すのに躊躇いはなかった。「止まれ」 後ろからの声に従い、恵美は足を止める。目の前には木製の少し立派な扉があった。 ずっと斜め後ろを歩いていた警察官が前に出て扉を三回叩く。すると中から扉が開けられ二人のサングラスをかけた黒スーツの男が現れた。警察官は向かって右側の男に持っていた紐を渡す。どちらも似たような背格好の男たちだったため、恵美には彼らの区別がつかない。あえて違いを言うなら右側の方が若干焼けた肌色をしているような気がするくらいだ。 警察官の仕事はここまでだったらしく、男が紐を受け取ると敬礼をして下がっていった。すれ違いざまに覗き見た彼の顔は若干緊張しているように恵美には見えた。黒サングラスとスーツはもしかしたら裁判所内でも上の位の人たちがする格好なのかもしれない。そう勝手に解釈して恵美はもう二人への興味を無くした。 なんて言ったって自分はこれから死刑になるのだ。そんなどうでもいい知識など必要ない。恵美は男たちに連れられるまま法廷へと足を進めた。 ここで初めて彼女は違和感を覚えた。法廷内にはまだ誰もいなかったのだ。(テレビだけなのかしら……裁判官も検察官もいない……) ドラマなどだと全員揃った最後に被告人は入場していた。一番に入ることもあるのだろうか。チラリとみた傍聴席も空っぽだった。そっち側は電気すら点けられていない。 そこで二度目の違和感に気が付く。法廷内が薄暗いのだ。上を見るとほとんどの電気が消されていた。まるで必要ないみたいに、検察側も弁護側の席の上も消されている。点いているのは証言台の上と裁判官席の所だけだ。(どういうこと……私の裁判にはもう必要ないってことなのかしら……?) だがテレビのニュースでは、恵美の事件よりも重罪(だと思う)な無差別殺人犯だって裁判の様子が流れていた。(未成年だから……) もしそれが理由であるなら悔しい。恵美にとって『未成年だから』という理由で引かれる一線は憎しみの象徴だ。三年前の法廷を思い起こさせる。「ここに立て」 男は恵美を証言台に立たせた。 言われた通り台の前に立つと、男たちは恵美の両脇に控えるように腰辺りで手を組んで立っている。紐と手錠はいまだ外されていない。 三人はじっとその場に立ち続けた。どのぐらい経ったろうか。変化のない空間に居心地が悪く感じ始めた時、裁判官席の方からガチャリと音がした。 恵美はハッと顔を上げて正面を見た。左手の方から壮年の男が一人、黒い服に身を包んで堂々と入ってくる。男は恵美の正面で足を止めた。 男と目が合い、恵美は捕まってから初めて緊張を感じた。じっと見つめてくるその視線に心の隅まで覗かれているような力を感じたのだ。眼を離してはいけないと、警告が聞こえた気がした。恵美は冷たいのに熱を放つ男の眼を見つめ続けた。 しばらく沈黙の睨み合いが続き、男は重い口をゆっくりと動かした。「被告人。己の罪は自覚しているか?」「……はい」 想像通りの低い重圧の感じる声に、恵美は答えた。思っていたより声は出なかったが男には届いたようで、恵美の返答に一つ頷く。「よろしい。被告人は六人の少年の命を奪った」「…………はい」 少し違うが恵美は指摘しなかった。その違いで罪の重さが変わるわけではないからだ。「少年たちは更正を願い、少年法に基づき正式な手続きの元裁かれた少年たちだった」「……はい」「その判決に異論はなかったはずだ」 なかったわけではない。恵美はただ『チャンスを与えたい』という政府の意を汲んであげようと思っただけだ。「……はい」 だがそんなこともこの裁判では関係ない。重要なのは、恵美が、複数の少年を、殺したこと、だけだ。「だが、被告人は仮釈放された少年たちを殺した。その理由はなんだ?」「!?……それは……彼らが更正することなく、同じ罪を重ねることが許せなかったからです」 そんなことを聞かれるとは思っていなかったため少し反応に遅れたが、恵美はスラスラと答えることができた。少年たちへの判決が下されたその日に彼女はそのことを胸に刻んで、何度も唱えて生きてきた事だからだ。 恵美にとってこれは復讐であってはいけないという想いがあった。その想いがあったからこそ、三年もの間を鬼となることなく耐えぬくことができたのだ。「うむ。彼らは同じ罪を重ねようとした。それは現場検証をした警察資料からも十分推察される。少女を無事に保護してくれたことに感謝する」「……え?」 『感謝』という言葉が聞こえたが、気のせいかと恵美は自分の耳を疑った。だが呆けている恵美を置いて男はさらに場にそぐわない言葉を重ねる。「彼らは更正プログラムを確かに真面目にこなしていたが、生活態度は一向に改善された見込みがなかった。彼らに更正する意思がなかったのは明らかだ。よって我々は処刑猶予期間を与えることにした」「しょ、しょけいゆうよ?きかん?」「十分な証拠が揃わず有期刑になった犯罪者や、今回のような未成年の凶悪犯罪者に用いる処置だ。処刑猶予期間中にもし対象者が重犯罪を犯した場合、その場で処刑を執行することができる」「!?」 恵美はあまりの衝撃に声を出すことができなかった。 まさか平和大国と言われる日本でそんなことが行われているなんて誰も想像できないだろう。だが事実、男は国の施設である裁判所で浪々と語っている。 果たしてそんなことがあって本当にいのだろうか?もしこの事が国民の耳に入ることがあれば政府は大ブーイングを浴びるに違いない。「勿論このことは一般人には極秘事項になる」「……じゃ、なんで、わたし、に?」 なぜその一般人の一人であるはずの恵美に極秘事項を話すのだろう。訳が分からない恵美の問いかけに、男は更に予想外な答えを返した。「この任務には、処刑執行部が当たることになっている。被告人には本日からその処刑執行部の職員となってもらう」「え!!?」 恵美は男の言葉に大きな声を出していた。こんなに声を出したのはカエを失ってから初めてのことである。そのぐらい衝撃的だった。「それを拒否する場合、秘密を知ってしまった君は死刑となる」「は!?」 勝手に話しといてそんな風に言われてしまえば、たとえ死刑を覚悟していてもそう声を出してしまうだろう。恵美は出してしまった。 死刑だろうとは思っていたが、これでは理由があまりにもあんまりじゃないだろうか。罪に対してではなく、秘密を聞いたから死刑なんて納得できるはずがない。しかも望んでもいないのに一方的に不意打ちで聞かせてきたくせにだ。「憎んでいるはずの少年たちを君は苦しめることなく一撃で処刑している。個の感情を抜いて刑を執行できるその精神力を評価し、是非処刑執行部で働いてもらいたい」「…………」 相手は最初から少年を想定していた。恵美には娘を殺した相手だとしても子供が苦しむ顔を見ていられるとは思えなかった。だから一撃で殺せるようにこの三年の間に自主トレーニングしてきただけだ。別に精神力が強かったわけじゃない。「できないのであれば死刑だ」 何の感情もなさそうな声で男は繰り返す。「…………」 恵美は悩んだ。処刑執行部に行くということは、処刑を行うということだ。それはつまり、人を殺し続けるということだ。 罪を重ねるか、死刑か。(……これ以上は、カエに合わせる顔がなくなるわね) 恵美は決心しようとしたとき、男はまるで彼女の考えが解っているかのように言葉を重ねた。「自分の罪は果たして己の死だけで消せる罪か。そこも考えてみたまえ。被告人は六人もの命を奪っている」「!?それは……」「例え罪人の命でも、奪えば罪となる。処刑執行部の者たちは、全員が誰かを殺したことがある者たちだ。彼らは執行部にいることで罪を償う」「……でも、処刑執行は罪を重ねることじゃないですか?」 恵美が恐る恐る零した問いに、男は眼をスッと細めて今までで一番低い声で答えた。「命を奪うということは一生消えぬ罪。罪を償いながら重ね、処刑執行部は死ぬまでその任を解かれることはない。そして極秘任務故、表の社会との繋がりも一切遮断しなければならない」 頭を金棒で叩かれたような気がした。なんて甘いことを考えていたのかと、恵美は慙愧に耐えなかった。 自分の罪から逃げない。それは恵美のたてた誓いの一つでもある。だから死刑も受ける気でここにいたのだ。「……裁判官」 恵美はまっすぐに男の眼を見た。 自分の答えは、三年前から決まっていたのだ。 どんな刑罰でも受け入れる。己の行いに対する責任を取るために。 同情などいらない。慈悲もいらない。これが罰というならば受けるだけだ。「処刑執行部に入ります」 恵美の明朗な声が法廷に響き渡った。END?
ある晴れた日。人々はいつもどおり目を覚まし、いつもどおり仕事に向かい、いつもどおり笑っていた。 そんな日に、大都市が一つ消える事件が起きるなんて誰も思っていなかっただろう。 生き残りはいない。いったいどうやってその街が消えたのか、はっきりしたことは誰もわからなかった。 ただ、遠くの地から見たものはこう言った。「突然下から現れた黒く大きな化け物が、街を丸ごと飲み込んだんだ!」 はじめ、その黒くて大きな化け物は、地下を移動する生き物なのだろうと思われた。 しかし、第二、第三と事件が続く中で、それは何者かによって召喚された化け物であると発覚した。 消える数日前に街からやってきたという商人たちが口をそろえて不気味なフードをかぶった男を見たというのだ。 国中がその男を捕まえるべく捜索を開始したが、男を捕まえることはできない。消える街が増える一方だった。 そんな打開策がない状況が続くなか、ある旅の一行が化け物を召喚するための魔方陣を発見した。魔方陣を無効化すれば化け物が召喚されることはない。 魔方陣を無効化する方法が知れ渡り、街が消えることはなくなった。魔方陣を発見することで男の動向も探ることが出来た。 そして終に、魔方陣を見つけた旅の一行が男を追い詰める。「まさかこんなに早く邪魔が入るとは思ってもみなかったよ」「残念だが、悪は滅びるって昔から決まってんだよ」 男のもとにたどり着くまでに多くの魔物が一行の行く手を阻んだ。時間が惜しいと仲間たちは魔物の足止めをするために一人、また一人と抜けていき、男の前にたどり着いたのはリーダーのダル一人にだった。「仲間を見捨てていく気分はどうだった?実は足手まといが減っていってホッとした?」「足手まとい?そんな奴は俺の仲間にいねえよ」 男の言葉を鼻で笑い、ダルは剣を構える。剣先は男の喉元に向かっている。「そう?はっきり言って、君にとって仲間たちは邪魔な存在にしか見えなかったけど?」「・・・・・・なんだと」 仲間を貶されてダルの殺気がぐっと上がる。男はその様子をみて、ほら、と笑った。「君は闘争本能がとても強い。戦いが大好きだろ?でも仲間はそうじゃない。そうじゃないから君の邪魔をする」 ダルはとっさに怒鳴りそうになるのをぐっと堪える。その様子すら面白いのか、男はさらに愉快そうに言葉を続けた。「どうしたの?言いたいことがあるなら言えばいい。気持ちのままに行動しろ!それが本能!人間のあるべき姿さ!ハハハハハハハ!!」 男の笑い声が響く。ダルは黙ったまま男の動向を見ていた。彼が何を言いたいのか。それを探るためだ。「人間の正体は欲望さ。欲こそ生きる糧であり、意味!欲のままに動くことが本来の人間のあり方なんだ!」「んなわけねえだろ。誰もが好き勝手したらあっという間に滅びるぞ」「だから淘汰されるんだ。愚鈍な弱者はいなくなり、優秀な強者だけが生き残る。そこに進化がある!なのに!!」 男はまるで敵を見るような眼でダルを睨みつけた。いや。男が憎んでいるのは世界だ。ダルが守ろうとしている、彼の背後にある世界を男は睨んでいた。「世間は弱いものを守るのが正しいとして僕らを騙し、人類の進化を進める者たちを悪だとして妨害する!!!愚かだ!!せっかく真理に辿り着いた僕のような天才の邪魔をするなんて愚か以外の何者でもない!!!」 男の言う『真理』をダルは何となく理解した。それは長年、ダルが戦い続けているものだったからだ。「進化のために強さを求めて何が悪い!?腕を磨き、知恵を蓄え、最強を求める……弱ければ死ぬ。ただそれだけの単純な世界だよ。そこには血統なんて意味はない。君もそう思っているはずだよ」 男はダルに言った。そしてその考察は間違ってはいない。「君の戦い方を見たらわかるさ。強さを求める者の戦い方だ。すでに急所を狙い、どれだけ正確に早く敵を殺せるかに洗練された剣だったよ。君も戦いを愛し、本能に身を委ねることを欲している」 昔、初めて剣を持った時に感じた高揚感をダルはいまだに忘れられない。初めて殺したのは野良犬だった。街では子供が噛まれるなどして駆除の話が出ていた犬だ。皆が迷惑をしている。だから殺してもいいだろう、殺してみたい、そう思ってダルはその犬を探して殺した。ドロッと体を覆うような快感がダルを包んだ。 思い出すだけで体が震えるほどの満足感をあのとき確かに感じた。「ああ。お前の言いたいことは解るぜ。殺したいって、殺せるってわかるとすげぇワクワクしてくる」 だけど、彼女の顔を見て、ダルは自分が超えてはいけない一線を越えそうになっていることを知った。「だからな。それが間違ってるってのも知ってんだよ」 同調するダルにニヤついていた男の顔が一気に強張る。何を言われているのか理解できないのだろう。そんな男をダルは笑った。「そのまま突き進んだら、人間じゃねえんだ。人間には『心』がある。その『心』を使えないんじゃ、もうそいつは人間じゃねえ。そこらの動物と変わらねえんだよ」 血に濡れた剣を持つダルを、彼女は泣きながら抱きしめてくれた。その温もりが、ダルを薄暗いところから引っ張り上げてくれた。「お前は『心』を使いきれねえから言い訳しているだけだ。できないから、それを正当化するために言い訳してんだろ。単にガキなだけじゃねえか」「なんだと……!!」 『ガキ』と言われたのが気に食わなかったのか、男はダルに向かって巨大な炎の球を放ってきた。ダルはその球を一刀両断にし、その斬撃は男まで伸びる。 しかし男の作ったシールドにぶつかり斬撃は消えてしまった。「誰が『ガキ』だ!訂正しろ!!」「そうやって怒りも抑えられないところが『ガキ』なんだよ。『心』が使えてねえお前は、一生俺に勝てねえ」 自信満々に言い切るダルに、男はさらに怒りに震えた。 図星を差された怒りと、未知への恐怖だ。だが『心』を無視してきた男には、それが理解できない。ただ『腹が立つ』としか、男には自分の感情がわからなかった。「真理の尊さを理解できない奴が、天才の僕より勝わけがない!」「うるせえよ。孤独の大将気取りが。お前には絶対に手に入れることができない『強さ』ってのを俺は持ってるんだよ」「何を言って……」 ダルと男の会話が終わったのとほぼ同時だった。二人だけだった部屋に沢山の足音が近づいてくる。「ダル!!!!」 高く響く女性の声がダルを呼ぶ。ダルは勝利を確信して男にニヤリと笑って見せた。「これがお前じゃ一生掴めない強さの極みさ!!」 ダルは背中まで振りかぶった剣を一気に振り下ろした。白い斬撃が男に向かって行く。「さっき防がれたのをもう忘れたの!?」 男が手を掲げてシールドを作る。ダルの放った斬撃が正面からぶつかった。 だが、弾けて消えることはなく、男のシールドを突き破り腕を切り落とした。「うわあああああ!!!!」 痛みに男はのたうち回る。そんな男にダルは剣を握ったまま近づいた。「わかったか?お前は俺に勝てない」「ま、ま、待ってよ!!」 切られた腕を庇いながら後ずさる男をダルは冷たい目で見降ろした。 男が殺した数は三桁以上だ。街の数は数十にも及ぶ。その男の命乞いを受ける理由はダルにはない。「たっぷり反省しろ」男の言う『本能のまま』に行動するのが正解であれば、ダルは今すぐにでも剣を振り下ろしただろう。 だが野良犬を殺した日に、肩を濡らした涙の理由を思うと、そんなことはできなかった。「牢屋でな」「うぐっ!?」 ダルは男の鳩尾に蹴りを入れて気絶させた。 それとほとんど同時に沢山の兵隊と足止めに残ってくれていた仲間たちが部屋になだれ込んできた。「ダル!!」 真っ先にダルに駆け寄ったのは弓を背負った少女だ。 彼女はすぐにダルの体中を触ってケガがないか探った。「大丈夫そうね……」「ああ」「こっちも?大丈夫?」 そういって彼女はダルの胸に掌を当てた。彼女の手から感じる温もりがダルの心に沁みこんでいく。「ああ……呼んでくれたからな」「いつでも呼ぶわ。例え、あなたがあいつと同じ側に行ったとしても。必ず連れ戻してあげる」「頼もしいな」「任せなさい!」 すべてを見透かし声をかけてくれる彼女こそ、ダルを引っ張り上げてくれた幼馴染だ。「じゃあお言葉に甘えて、少しだけ休ませてくれ」「はいはい」 そういって二人は現場見分などで騒がしい部屋の中で居眠りをすることにした。呆れた仲間に起こされるまで、心を癒すひと時を……END
季節終わってやっと完成しました!描き始めた頃は五月だったのに……(´・ω・)手を繋ぐポーズに挑戦!陰影が苦手すぎてやばい(;´д`)ここは初心に帰って模写からやりなおそうかな……と考えてる今日この頃です紫陽花イメージの双子ちゃん♫また更新頑張ります!!
「きゃっ!?」 短いけどよく響く高い声が放課後の教室で響いた。 窓から差し込む真っ赤な夕焼けの光でほのかに赤い教室には、掃除当番の数人しかいない。悲鳴をあげたのは誰かすぐにわかった。「笹木さん、どうしたの?」 今日の掃除当番は僕と笹木さんと友達の佑大くん。この中で可愛い悲鳴をあげる女の子は一人しかいない。 箒をもって教室の隅を見つめている笹木さんに僕は雑巾を持ったまま近づいた。 黒板の掃除をしていた佑大くんも振り返って様子を見ている。「林君!アレ!」 近くまで来た僕の後ろに隠れながら笹木さんは教室の一番後ろの角にある掃除箱を指差した。見ると、掃除箱の前に黒くて小さなクモが一匹いるだけだった。「はやしぃ~どうした?」「クモがいる。すっごくちっさい」「なーんだ」 特に珍しい生き物でもなかったからか、佑大くんは僕の返事を聞いて興味をなくした。黒板掃除にもどっていく。「虫は苦手なの。林君、なんとかして!」 でも笹木さんにとっては一大事らしく、僕の腕を握って訴えてくる。 もしこれが笹木さんじゃなかったら、さっさと片付けて終わると思う。笹木さんだったから、ひそかに憧れている笹木さんに頼まれたから、良いところを見せたくてかっこよく退治してあげたかった。「大丈夫だよ。すぐに片付けるから!」 本当だったらティッシュを被せてから触りたいけど、男らしく素手でクモを鷲掴みして見せた。逃げられないようにグッと拳に力を入れておく。「ほら!捕まえたよ!」 本当は少し気持ち悪いけど、そんなことは悟られないように笑顔で笹木さんに拳を見せる。『ありがとう』って言ってもらえることを期待していたんだけど、笹木さんの顔は悲鳴をあげた時と変わらずおびえたままだった。(あ!クモがいるからか!) そう思って僕は慌てて手を引っ込めたんだけど、笹木さんに言われたのは全く別の事だった。「殺しちゃったの?」「え?いや、たぶん生きてるよ?」「ほんと?可哀そうだから逃がしてあげてね」「あ、う、うん!」 言われた通り、クモは窓から外に逃がしてあげた。悲鳴をあげるくらい嫌いなはずなのに、何故か笹木さんは動いているクモを見て安心した表情をしていた。 優しい子なんだと、そう思う一方で、なんだかモヤモヤしたものが胸にたまって気持ち悪い気分にさせた。なんだか納得できない。でも、命を大切にするのは正しいことのはずだから、笹木さんは悪くない。 きっと、僕じゃなくてクモに笑いかけたのが悔しかったんだ。そう思うことで、その苦い気持ちを忘れることにした。小さい男だなんて思われたくなかったから。 それから夏休みとか運動会とかを何回か繰り返して、五年生になった。修学旅行まであと一週間。毎日ウキウキしながら帰っていた。 今日も放課後は佑大と修学旅行中どこに行くかを話し合っているうちに下校のチャイムが鳴ってしまった。歩きながら話したルートを思い出してシミュレーションをしてみる。お土産屋さんやホテルの料理を思い浮かべてよだれが出てきた。 唾を飲み込んで、にやけた顔を誰かに見られていないかチラッと左右に目をやった。そうしたら路地の方をじっと見ている女の子を見つけた。笹木さんだ。 クラスは変わったけど、相変わらず可愛い笹木さんはいまだに僕の憧れの存在だ。修学旅行のことで気分が高揚としていた僕は、笹木さんに思い切って話しかけた。「笹木さん!久しぶり!」「林君!きゃっ!」 笹木さんは僕の名前を呼ぶと悲鳴を上げてその場に倒れるように座り込んだ。ガルルルルゥゥ!! 低いうなり声が聞こえてきて、体が反射的に一歩足を引いてしまう。でも、その声の出所がわかった瞬間、それ以上動けなくなった。「助けて!!」 笹木さんの上に大きな犬が覆いかぶさっていた。犬は笹木さんの体操着袋に噛みついて唸っている。 助けなくちゃ。そう思うのに怖くて動けない。一歩がなかなか踏み出せない。「林君!!」 笹木さんが呼んでいる。涙を流して、声を震わせて、助けを求めている。動いてほしくて僕は必死に足を前に出そうと頑張った。 でも、体操着袋から除く黄ばんだ歯が恐ろしい。ビリッ! 布の避ける音が鼓膜に響く。笹木さんの悲鳴が遠くに聞こえて、野良犬が体操袋を放すのがスローモーションに見えた。「うわあああああああああああ!!!」 動いたのは腕で、野良犬に向かって体操着を投げつけていた。 袋は犬に当たったがボスッと言う音がしただけでまったく効いていない。ただ気を引いただけだった。グルルル…… 赤い歯肉が見える口……尖った歯……鋭い眼から視線が外せない。 足がガクガクと震えている。一歩もその場から動けなかった。そんなとき、視界の端で動く影があった。笹木さんだ。体操着袋を抱き寄せている。(うごかないでよ!) そう思うけど声には出せなかった。だから彼女が後ろにあった植木鉢に当たって倒してしまったのは勇気のなかった僕のせいでもある。「きゃあああ!!」「ああああああ!!!」 植木鉢の倒れる音に反応した犬が笹木さんに飛びかかる。我武者羅に彼女の前に飛び出した僕は、手当たり次第に物を犬に投げつけた。「うわあああああ!!!!あああああ!!!やめろおおおお!!!」 頭の中は真っ白だ。怖くて怖くて仕方なくて、死にたくないっていうのと、笹木さんを護らなきゃっていう思いだけが体を動かす原動力だった。「はぁ……はぁ……」 時間だったら数秒間の出来事だったのかもしれない。投げれるものがアスファルトに転がる砂利だけになって、僕はやっと動きを止めた。 犬は、植木鉢の破片の下敷きになって動かなくなっていた。「だいじょうぶ!?」 笹木さんの声が聞こえた。絶望の淵から救い上げてくれる天の声だった。 でもその声は風となって僕をすり抜けていく。「痛かったね……可哀そうに……ごめんね……」 彼女が駆け寄ったのは動かなくなった野良犬の方だった。「ヒドイ!ここまですることないじゃない!」 そう彼女に叫ばれたあとの記憶が僕にはない。 気が付いたら病院にいて診察を受けていた。「痛いところはないの?」 僕は首を横に振った。痛いところはない。噛まれる前に其処らじゅうの物を投げつけんたから、ひっかき傷すらない。「じゃあ違和感のある所は?頭がボーっとするとか、なんだか不安だとか?」「……なんだか……ここが空っぽになった気がするんです」 胸のあたりを掴んで、先生に尋ねた。まるで心が無くなったみたい。体の中を風が通っているみたいで、スース―とした感じがする。「……大丈夫よ。」 先生は僕の手の上に温かい手を重ねてそう言った。「林君のここは温かいわ。……怖かったのね。がんばったね。クラスメイトを助けたんでしょ?」「……うん」「勇気を出したのね。大丈夫よ。あなたは勇敢に戦っただけ。がんばったわね」「……うん…………こわ、こ……ごわがっだぁ!」 頭を撫でてくれる先生に抱き着いて、僕はしばらく泣き続けた。 あの日のことは今でも恥ずかしい。そしてもったいなかったと思う。きれいな女医さんだった。胸も大きかったはずなのに全然その感触を思い出せない。(美人だったな~) もう五年も前の思い出は美化されて今でも胸の中にある。 あの人のお陰で僕は長い悪夢から覚めることができた。命の……いや、心の恩人だ。(ん?) テスト期間の今は、昼前には学校が終わる。同じような高校が他にもあったんだろう。うちとは違う制服の生徒が数人、男子三人がグループになって誰かを囲っている。チラチラと揺れるスカートと生足が見える。囲まれているのは女子生徒らしい。しかも県内で二つしかない女子高の制服だ。(いいなぁ……俺も佑大誘ってナンパしてみようかな) テスト期間中にはさすがにやらないけどね。 そんな感想を持ちながら、青春を楽しもうとしている団体を観察する。すると、その女子生徒と目が合った。 助けを求めるようなその瞳がある人物を彷彿させる。 俺の大っ嫌いなあいつに……「林君!」 その女は俺に向かって嬉しそうに手を振ってきた。「林君!助けて!」「あ“?」 嫌悪感で睨みそうになるのをグッと抑えて、笑顔を張り付ける。怖い顔で睨んでくる三人の男子生徒に俺は両手を上げて降参をアピールした。「いやいや!無理だよ、無理」 そう言うと男たちは嬉しそうに笑い、女の表情は青ざめていった。 滑稽だった。「お、お願い!!助けて!怖いの!」「ごめん。無理」 もう一度そう言うと、女の顔からはさらに血の気が引いていき、涙目になっていた。 本当に面白い。張り付けたはずの笑顔だったけど、本当に面白くて声が出そうになった。 さすがにそれは可哀そうだから頑張って飲み込む。代わりに手を振ってその場から立ち去ることにした。「ま、待って!どうして!?昔は助けてくれたじゃない!!」「……どうして?」 君はあの時の僕の気持ちがわかるか?解らないんだろうね。だから呑気に、当たり前のように助けを求められる。「笹木さんにはわからないよ。解るわけない。笹木さんは、『可哀そう』の味方でしょ?」 死んでいる犬を見て、僕がどれだけ不安で絶望したか知らないだろう。解ろうともしなかった。 死んだ方が可哀そうで、殺してしまった僕がどれだけ傷ついていたかなんて、彼女は考えもしなかった。 彼女のために戦った。それなのに彼女は死んだ犬が可哀そうだと泣いた。 戦った僕はただの犬を殺した悪者じゃないか。 今回も、彼らを追い払うために暴力を行使しなくちゃいけない事態になったとしたら、彼女は殴られた方が可哀そうだと駆け寄るんだろう。 そうしたらまた俺は悪者だ。 冗談じゃない。「バイバイ。可哀そうの味方さん」 最後にもう一度手を振って家に向かった。明日は英語と社会だ。範囲は少し広かったから時間がもったいない。 後ろから聞こえる罵声がお嬢様らしくなくて、俺はとうとう声を出して笑った。END
目が覚めたら、知らないおじさんの顔があった。「うわっ!!」「おはよう。勇者君」「……」「……」「えっと……」「………………何か飲むかな?」 動揺で言葉が出てこないでいると、おじさんは気を使ってそう声をかけてくれた。聞かれたら喉が渇いてきたから、申し訳ないと思いながら頷く。するとおじさんは椅子から立ち上がって後ろのテーブルに置いてある水差しを手に取った。一緒に置いてあるコップに水を注いでくれ……「お、おじさん!手!手!震えすぎ!!水こぼれてるよ!!?」「だ、だだだ、だいじょう、ぶ、だよ!」 おじさんはそう言ってぎこちない笑顔を向けてくれているけど水差しを持った手も一緒に動いているから床まで水浸しになっていく。「大丈夫じゃないから!コントみたいになってるよ!?もう水はいいから座って!!」「あ、ああ、でも少しは入っているから、どうですか?」 水差しをビショビショの机の上に置くとおじさんは半分ほど水の入ったコップを差し出してくれた。この場合のお決まりパターンは解ってる。解ってるからちょっと止まってほしい。「あ、ありがとう!机の上に置いといてもらえるかな?自分で取りに行くよ!ちょっと!来ないで!こぼれてるから!!」「あ、あ、緊張で……震えが止まらなくて……」 来ないでと言っているのにおじさんは何かに憑りつかれたみたいに震える手で近づいてくる。「だれか!だれか来て!!シーーン!!」 咄嗟にジンの名前を叫ぶと数人の走る足音が近づいてきた。「勇者様!?うわっ!」「坊主!うげぇ!?」「お父さん!!わお!」 シン、アレンおじさん、エマの三人は三様の反応をして入り口で止まった。 全員水浸しの床に驚いている。そして僕とおじさんを見て状況を把握した三人は大きなため息をついた。「お父さん。何やってるの?」 お父さん……と、エマが呼びそうな人物はこの部屋に一人しかいない。この震えてるおじさんだ。「いや……勇者様がお水を飲みたいと言ったから……」「どうしてこんなに床が濡れてるの?」「水がこぼれてしまってね……」「どうして水がこぼれたの?」「緊張してしまって……」「…………はぁ~~~」 相当あきれたのか、エマはお父さんの回答に頭を抱えてしまった。僕にはフォローのしようもなくて落ち込んでしまったお父さんを慰めることもできない。 なんか微妙な空気が部屋の中に出来上がってしまった。「えっと……」 こういう時に頼れるのはおじさんなんだけど、腹を抱えて笑っているので役に立ちそうにない。 シンはもう立ち去ろうとしているし、エマは怒っているのか何も言わない。「えっとね……とりあえず、ここはどこなのかな?」「何も説明してなかったの!!」「だ、だって、水が飲みたいって、言ったから……」 何か飲む?って先に聞いてきたのはお父さんの方だけど、それを言ったら油を注ぐことになるから黙っておこう。エマは結構父親に厳しいみたいだし。「ふ、二人とも落ち着いてよ。先に何があったのか説明してくれる?」 エマがお父さんをこれ以上責める前に、状況説明をお願いした。 それに答えてくれたのは帰ろうとしていたシンだ。「勇者様はボスに銃を撃ったのは覚えていますか?」「……うん。すっごい光の弾が出て体が宙に浮いた感覚までは覚えてる」 引き金を引いたとき、真っ白の光の筋が銃口から飛び出した。それとほぼ同時に手の中の銃も爆発して、色々な爆風で僕の体は地面から浮いたんだ。そこで記憶は途切れている。「そのあと、勇者様は反動で後方に飛ばされました。それを間一髪のところでおっさんが受け止めたんです」「え!?」 おじさんを見るとまだお腹を抱えている。でもそれは笑っているんじゃなくて痛みに耐えているようだった。「大丈夫!?」「おう。ちょっと骨にヒビが入ったが、すぐに治る魔法薬を貰ったから安心しな」 そういってくれているけど、僕の叫び声で駆けつけてくれたから傷んでいるんだと思うと、水をかけられそうになったくらいで騒いで申し訳なくなる。「ごめん……」「気にすんなって。部屋の惨状に笑ったら響いただけだ」 結局笑ってたんだ。心配して損した。「真顔はやめろ」「べつに」「そ・し・て、勇者様は魔力の使い過ぎと爆風によるショックで気を失っていたのでエマの基地に連れ帰りました。それから二日が過ぎたのが現在です」 僕らのコントを切ってシンが説明を続けてくれた。「二日!?」 最後に言われたことが信じられずに、思わず叫んでしまう。だって家(元の世界)にいた時でさえ、ずっとゴロゴロしていたけど二日も寝続けたことなんてなかった。「それだけあの銃での魔力の消費が激しかったということでしょう」「改良点のための良いデータが取れたわ~!」 親指を立てて笑うエマに、彼女は生粋の科学者なんだなと少し羨ましくも、憎たらしくも思ってしまう。「エマ」 少し和やかな空気になってきたところに、お父さんの声が響いた。少し責めるような悲しい声に、僕らは自然に口を閉じた。「どうして武器を作ったんだい?」「……必要だと思ったからよ。この街を守るために」 お父さんに負けない凛とした声でエマが答える。割り込んではいけない、家族だけの何か問題があるような口ぶりだった。「お父さんと同じ過ちを繰り返すつもりか?」「守るためよ。殺すためじゃない」 エマの答えにお父さんは黙ってしまう。エマは何を言われても譲らないというように胸を張って見返しているが、その態度が余計にお父さんの顔を曇らせているような気がする。気のせいかな?「最初は……私もそう思っていたよ。でも、機械は所詮『モノ』なんだ。大事なのは作る側じゃなくて扱う側なんだよ。意味はわかるね?」「解ってるわ。だから今回だけよ。今回の戦いにだけ、武器を作る。私が認めた人にだけ使わせる。護るために使う武器を!」 エマの力強い言葉にもお父さんは首を縦に振ることはなかった。ただ諦めたように大きなため息を吐いて僕の方を見る。「勇者様、申し訳ございません。聞き分けのない娘で……もし娘の作ったモノが世界に害をなすと判断されましたら、どうか壊してくださいませんでしょうか」「え!?えっと~もちろん、暴走したりしたら壊すこともあるかもだけど……エマは大丈夫だとおもいます!根拠は、ない、けど」 そう言うとお父さんはやっと安心したような表情を見せてくれて、そのことに僕の方がホッとした。「ありがとうございます。不束な娘ですが、発明の才は私を凌駕するほどです。勇者様の力になるとおもいますので、どうかよろしくお願いします」「はい!…………あれ?」 頭を下げるお父さんに反射的に返事をしたけど、おかしな流れに首をひねる。サッと事情を知っていそうなシンの方に目をやると、何か疑問があるのかって眼で見返された。 いや。あるでしょ。おかしいでしょ。僕知らないよ。 いつのまにエマが仲間になることになってるの????END
久しぶりにイラスト投稿!抽象は本当に久しぶりだ……投稿は初めてかもしれません💦たまに筆の進むままに描くときがあります。今回はそんな作品です(*´ω`*)
昨夜の雨がウソのような晴天に恵まれ、わたしは楽しい遠足を楽しむことができた。「あ。わたし、寄るところがあるから!じゃあね!」「うん。ミキちゃん、また明日ね!」「ミキちゃん、またね~」「うん!バイバイ!」 友達の二人に手を振って、わたしは階段を駆け登った。「ミキちゃん、どこ行くんだろ?」「神社だよ。ミキちゃん、良いことがあったらいつもこの階段を上った先の稲荷様にお礼をしに行くんだって」「稲荷様?そんなのいるの?」「知らない。でもミキちゃんは信じてるみたいだよ」「ふ~ん……変なの」 階段を上って左の細い道に入ると、少し立派な神社がある。そこにはお稲荷様が祀ってあって、とてもきれいな神様がいるの。「神様!」 今日は気分がいいみたいで、神様は屋根の上でひなたぼっこをしていた。「やあミキちゃん。こんばんは」 お日様の光を浴びてキラキラって神様の髪が輝いている。まるでおとぎ話に出てくる宝石みたいに綺麗な黄金色の髪を揺らして、神様はわたしの前に降りてきてくれた。「今日は晴れにしてくれてありがとう!遠足、とっても楽しかった!」「それは良かった。滑ってこけたりはしなかったかい?」「わたしは平気!でもジュンくんがおもいっきり滑って尻餅ついてた!」「そうか。ケガをしていないようで良かったよ」「ジュン君はお祈りしてないんだからいいのよ!」 わたし以外は神様に祈ったりしていない。今日だって神様にお願いしたからって言っても誰も信じてくれなかった。みんな、神様を信じてない。 なのに、どうして神様はそんなクラスメイトのことまで心配するの?「それはね、私が人間を好きだからだよ」「……わたしも?」「ああ。ミキちゃんも。私や皆を大切にするミキちゃんが大好きだよ」 神様に『好き』って言ってもらえるとすっごくうれしい。胸の中があったかくなる。だから神様が言う通り、周りの人たちも大切にしてあげなくちゃ。「うん!大切にする!」「ありがとう」 それから空が赤くなるまで、わたしは神様とお話をした。「ミキちゃん、そろそろお帰り。お母さんが心配するよ」「……うん。じゃあ、またね!神様!」「ああ。またね」 何度も何度も振り返って手を振りながら少しずつ階段を下りていく。とうとう神様が見えなくなるところまで下りたら、あとは振り返らずにまっすぐ家に帰った。 胸の奥がギュッと苦しくて、いつも悲しい気持ちになる。友達と別れて寂しいんだ。でも、他の友達だとここまで寂しくなんてならない。どうして神様だけなんだろう?神様だからかな? 小学生の頃から私には秘密にしていることがある。それは、神様が見えているっていうこと。高校生になった今でも、私はその神様と友達でいる。言ったところで誰も信じてくれないだろうっていうのもあるけど、それ以上に、誰にも知られたくないって思ってるから。 それは……すっごくすっごくすーーーーっごく、カッコいいから!!「どうかしたかい?」「へえ!?」「ぼーっとしていたよ。気分でも悪いんじゃないか?」 王子様みたいな金色の長い髪が首の動きに合わせてフワリと揺れている。首を傾けて顔を覗き込んでくる仕草が似あうって、本当に王子様じゃない!って優雅な姿にさらに見惚れてしまい、神様への返事がワンテンポ遅れてしまった。「……はっ!ううん!違うの!ちょっと考え事をしてただけ」「考え事?」「う、うん!えっと、えっと……最近、神様の姿を見せてくれる回数が減ったな~って」 小学生の頃からほぼ毎日、この神社を訪ねている。最初は、雨とか天気が崩れている日は調子が悪くて姿を見せれないらしく会えなかったけど、今は週に一日会えたらいい方ってくらい回数が減った。「ああ。力が弱くなっているからね」「……どうすれば強くなれるの?」「祈ってくれる人が増えればだけど……もう、無理だろうね」 神様が悲しい顔をするから私まで悲しくなる。「昔は、たくさんの人が祈りに来てくれてたんだ。ミキちゃんみたいに毎日通ってくれる人もたくさんいたよ」 神様はそう言って昔話をしてくれた。いままで聞いてこなかった神様の過去に、私は胸とか頭とか眼とか……とにかく体中が熱くなってしまった。「この社はね、小さな村の豊作祈願で作られたんだ。たくさんの人間が祈ってくれたおかげで、『私』は生まれた。空気のような存在でしかなかった私に形を与えてくれたんだよ。それが嬉しくて……熱心に祈ってくれる人に私は憑いてみることにしたんだ。人間を知りたかったという好奇心もあるし、生まれたからには役に立ちたいという思いもあったからね。その人の願いをたくさん叶えたよ。商売がうまくいくようにしたり、異性との交際をとりもったり、苦労しない生活をできるようにしたりね。彼はとても喜んでくれた。祈りもより熱心にしてくれるようになった。でもね……だんだん祈ってくれなくなってしまったんだ。想いで生まれた私は、想いを向けてくれない人間には憑いていられないらしくてね……力が無くなって社に戻ることになってしまった。それから暫くして彼はまた祈りに来てくれたんだけど、離れた時とだいぶ姿が変わってしまっていたよ。まるで幽霊のようだった。もっと傍にいてあげられたら彼にあんな顔をさせなかったのにと悔やんだよ。それからも何人かの人間に憑いてみたんだ。願いを叶えるとみんな喜んでくれたんだけど……やっぱりだんだん祈ってくれなくなってしまってね。どの人間の最後も看取ることができなかったよ」 寂しそうに、悲しそうに、神様はそう言った。 ごめんなさい、神様。人間ってそういう生き物なの。必要な時にだけ神様に祈って、願いが叶ったらそれでおしまい。感謝はしてるけど、それだけ。結局は運がよかったって思って自分の手柄にしちゃうの。 同級生とかはみんなそうだった。高校受験のときはお守りとか、参拝とかしてたけど、終わったらそれでおしまい。合格したのは、自分がちゃんと勉強したからってことにしてる。神様のお陰なんて本気で思っている子はいなかった。 神様が憑いたっていう人たちも、きっとそうだったんだよ。「その人たちは神様が手助けしてくれていたことに気付いてなかったのよ。自分の実力だって思ってたんじゃないかな。『運も実力の内』なんて言葉があるくらいだもん。神様が持ってきてくれた『運』も自分の実力だって勘違いしたのよ。だから祈らなくなった。そんな人たちのために神様が悲しむ必要なんてないよ!」 腹が立った。神様を悲しませてた人たちに、そして何もできない自分にも。 神様に感謝をしない友達を見ても、何も言えなかった。だって現代で神様にちゃんと祈れなんて言っても気味悪がられるだけだもの。宗教って聞いたら悪徳業者だと思うし、信者だって言ったら嫌厭されるか変人扱いされる。だから神様が見えても何も言えない……。「……ありがとう。私のために怒ってくれてるんだね。でもそんなに気にしないでくれないか。私はそういうところも含めて、人間が好きなんだ」 そういって神様は私の頭を優しく撫でてくれた。 顔を上げて、神様の顔を見てみると、嬉しそうに笑っている。「どうして……こんな自分勝手な私たちを『好き』なんて言えるの?」「それはね、君たちのおかげで私は生まれることができたからだよ。形を与えてくれて、役割を与えてくれて、意思を与えてくれた。それだけで十分、私は幸せだった」 優しすぎる神様の言葉に、あふれる思いを止めることができなかった。目からこぼれていく雫を、神様の指が優しく掬い取ってくれる。 柔らかい手の感触にさらに涙が溢れてくる。「『だった』って……?どうして、かみさま、透けてるの?」 だんだん無くなっていく感触に、慌てて透明になってきている腕を掴む。「ごめんね、ミキちゃん。とうとう寿命が来てしまったみたいなんだ。最後に、君のような人間と話せて良かったよ」「待って!行かないで!もっと神様とお話ししたいの!私に憑いてよ。そしたらずっと祈ってるから!絶対に放したりしないから!」「ありがとう。でも、もうそういう力も残っていないんだ。ごめんね」「違う……違うよ……謝るのは、人間の方よ……」 勝手に祈り始めて、命を与えて、勝手に捨てるなんて……最低よ。こんな最低なのに、神様は笑っている。笑顔で、許してくれている。「それでも私は人間が好きだよ。今まで出会って、憑いてきた人間が好きだ。そういう機会を与えてくれた人間全員が好きなんだよ。でも最後に、どうかわがままを聞いてほしい」「……うっ、ヒック……な、に?」「私は死ぬわけじゃない。元の、空気に戻るだけだよ。だから、笑って見送ってくれないか?ミキちゃんの笑顔が大好きなんだ」 卑怯だわ。ずっと『好き』としか言ってこなかったのに、『大好き』なんて言われたら……笑うしかないじゃない。「ふっ……ありがとう。ずっと、傍にいるよ。美紀」「…………ありがとう。神様。でも、こんなことなら、叶わない方が良かったよ……初恋なんて……」 最後に触れてくれた頬を撫でながら、しばらく一人で泣いた。 ありがとう……ごめんなさい……大好きです、神様END
嫌なことがあった。とっても嫌な事……。こんな理不尽な事って本当にあるんだなって、なんだか辛くなった。何よりも「彼女がそんなことするはずないだろう!」って言ってくれる人が誰もいなかったことが悲しかった。皆、わかっているはずなのに……結局、自分が一番かわいいんだろうな。お母さん……お母さんでも、同じようにした?お母さんなら、私みたいに理不尽に怒鳴られている後輩がいたら助けた?お母さん……どうしていないの?ぼーっとしながら帰っていた私は、いつの間にか家に着いていた。鞄を玄関に投げて、スーツのままベッドにダイブ……。もう何も考えたくなかった。このまま眠りにつきたい。どうせなら永遠に眠っていたいし、明日なんて来なくていいし、会社にも二度と行きたくない。頭の中は今日あったことでいっぱいだった。こんなとき、以前は母に電話をしていた。相談することもあったけど、母の話を聞くだけでも元気が出ていた。母はおしゃべりで、口から先に生まれてきたんじゃないかって思う。私の話を聞いてもくれたけど、それ以上に母がしゃべることの方が多かった。どうでもいいことの方が多い母の話を聞いていると、自分の悩みなんてどうでもいいと思えてきたりもした。でも、そんな母はもういない。一年前に亡くなってしまった。もう適当におしゃべりしてくれる人はいない。それは今日みたいに落ち込んだ日には辛くて、涙が出てきてしまう。「お母さん……」ポケットから取り出したスマートフォンをじっと見つめる。母の番号はまだ消していない。チャットの履歴もそのままにしてある。どれだけ未練がましいんだろう……。「……誰か出るかな」かなり疲れていたし辟易していた。だから、ちょっとしたいたずら心が湧いただけ。スマートフォンの電源を入れて連絡先を開く。一番上に出てくる【母】の文字をタッチした。この電話に出てくれた人だったら誰でもいい。定形分のアナウンスでも構わないと思った。Prr……Prr……『もしもし!』(あ。出ちゃった)『もしもし!もしもし!』女性の、かなりテンションの高い声が聞こえてくる。でもどうやら私に話す元気はないみたい。このまま切られるまでほっておくのが無難だろうか。(話すことないし、いっか……にしても懐かしい声……)『もしもし!もしもし!ケイちゃんでしょ?もしもし!』「え…」私の名前は確かに、「ケイコ」で「ケイちゃん」と友達からも家族からも呼ばれている。偶然なんだろうか?『ちょっと!久しぶりなんだから話聞いてよね!あ、ついでに声も聞かせてー』いや、このテンション……かなり知ってる。『ケイちゃーん!またフラれて拗ねてるの?それとも友達とケンカした?あ!もしかしてマリッジブルー!?いつのまにそんな相手できた「勝手な妄想しない!」(あ……)誰だかわからない相手になんてことを言ってるんだろう……勝手にこっちから電話しといて最初の一声が怒鳴り声なんて……。「えっと、ごめんなさい!私『やっぱりケイちゃんじゃない!どうして黙ってたのよ~!お母さん悲しかった~』全然悲しくなさそうな声で彼女はそう言った。本当に、お母さんなの?「……」『まただんまり?あ!疑ってるんでしょ!でも電話してきたのはそっちじゃない~。どうして繋がったのかはお母さんにもわからないから聞かないでね♪』「なんでそんなに軽いの……」『だってそんなの考えてもわからないじゃない?だったら久しぶりだし、ケイちゃんとたくさん話した方がいいでしょ?』 ああ……この楽観的簡潔な思考回路は母そのものだ。ありえないとか、うそでしょとか、夢かもしれないとか、いろいろ思ったけど、それをすっ飛ばして、ただ嬉しかった。「おかあ゛さん?」『え?泣いてるの?ケイちゃん泣いちゃったの!?もう~~もうすぐ社会人なんだからお母さんに電話したぐらいで泣いちゃダメでしょ~?一人暮らしして4年よね?今更ホームシックになるなんてお母さん恥ずかしいわ~』「ばか!もう社会人よ!いなくなって一年たったんだよ!」『あら?そうなの!?一年経ったんだ~!じゃあお母さんは一歳ってことかしら?やだ若い!!』「もう~~……何言ってんのよ」 本当に馬鹿みたい。母はいつまでも母だった。なんでも笑いに変えてくれて、私が落ち込んでたら笑顔にしてくれる。我が家の太陽のような人。「ありがとう」『ん?どういたしまして~。それで聞いてよ!実は私今ね……』 それからしばらく母の無駄話が続いた。そっちの世界でも母はマイペースで好き勝手やってるらしい。鬼さんに怒られたとか、同期(?)に呆れられたとか、私が向こうに行ったら菓子折りを持っていかなくちゃいけない人たちがいっぱいいるようだ。『それで?ケイちゃんは?しんしゃかいじん~♪』「私?私は……まあ、普通だよ」 突然話を振られて言葉に詰まる。相談したいことがあったのに、この楽しい空気を壊したくなくて言葉が引っ込んでしまった。『そう?お母さんはそんなことないと思うんだけどな~。お母さんもね、最初の一年は理不尽な事とか、理想とのぎゃっぷで戸惑ったりとかしたもん』 もん、って……いくつよ。「うん、私もそんな感じ。戸惑ってるよ」『でしょ~!でもね、それも勉強よ!同じことを後輩にはしないぞ!って、こんな大人にはならないぞ!って、そんな風に考えたら前向きになれるわよ』「そうだね……同じにはならないようにする」『大丈夫!ケイちゃんはお母さんと違っていい子だもん!』「うん。ありがとう。私、お母さんみたいになるね」 私がそういうと、電話から声が聞こえなくなった。どうしてだろう……こういうことを言うといつも母は私をちゃかしてきた。「お母さん?」『…………ありがとう。ごめんね。もっと、たくさんのこと教えたかった』 初めて聞いた、母の涙声に、私はまた目を潤ませることになった。 寂しかったよ。苦しかったよ。辛かったよ。これからも淋しいよ。辛いよ。でもね、「大丈夫だよ。私、お母さんの子だから!」 明るく、みんなを笑顔にする人になるよ。『大好きだよ。みんな。だいすきだからね……』「ありがとう」『うん!ハハハ!ケイちゃんになぐさめられちゃった!』 ハハハ、と笑う母の声はだんだんと小さくなり、最後には聞こえなくなっていた。 私はそれでもしばらく携帯を耳から離すことができなくて、じっと余韻を感じていた。やっと離すことができたとき、画面を見ると真っ暗になっていて通話履歴を見ても母にかけた履歴のとなりには『不在』と表示されていた。 もう一回かけてみたけど、それは女性アナウンスの声で使用されていない番号だと告げられる。 あの会話は夢だったんだろうか……ふと時計を見てみると、日付はとっくに超えていて2時なろうとしていた。「時間は進んでる……」 それはさっきの会話があった証明にはならないけど、私の中の母だったらきっと電話に出たら同じように私を慰めてくれたはず。「わたし、お母さんみたいになるよ」 もう一度、改めて決意を言葉にする。 その様子を母が見てくれている気がした。END KING OF PRISM by Pretty Rhythm -パーティータイム (Gファンタ... 606円 楽天
僕らは生き残っていた下っ端を捕まえてラスボスの元まで案内させていた。「ほら!もっと速く走りなさい!!」「イテッ!む、無茶言うなよ!オイラとあんたら人間とじゃ足の長さが違うんだ!」 イノシシ顔の魔物は確かに僕らより足がだいぶ短い。だけどそれ以上にその大きなお腹が邪魔をしている気がするけど。「運動不足が原因でしょう!ほら!次はどっちよ!」「イテッ!いちいち殴るなよ!あ、すみません、殴らないでください。右でございますです!」 フローラさんが剣を振り上げたのでイノシシは慌てて右を指さした。 曲がった先には、入り口より二回りほど大きな扉があった。きっとボスの部屋だ。「あの扉はどうやって開くの?」「右下にオイラたち専用の小さな扉があるんで、そこからどうぞ中へ!」 イノシシの言う通り普通サイズの扉が右のほうに取り付けられてあった。クレアさんが扉の取っ手をつかむと僕の顔を振り返る。「行くわよ」 「……うん!」 怖気づいてなんていない。僕の目はきっとキリリとしていて頼もしかったはずだ。 クレアさんはフローラさんと顔を見合わせると、一気に扉を開いた。 ボスを包んだ炎がだんだんと小さくなっていく。「ウソ……」 エマは自分の発明品に自信を持っていた。人は、魔法使いじゃなくても属性と微弱の魔力を持っており、魔光銃はそんな微弱の魔力を蓄積し何倍にも増幅させて攻撃する兵器だ。 エマの想定では街の外にいるムカデの魔物も一発で仕留めることができるはずだった。でもあのムカデは所詮ボスのペットに過ぎなかったのだ。爆炎が消えた先には、変わらず光る二つの眼がこちらを見ていた。「なるほど……流石、トーマスの娘といったところか。だがこの程度の力で我を倒せると思っていたとはな。愚かな娘だ!」 ギラリと、獰猛な光を放つ眼に睨まれ、エマは一歩後ずさった。そんな彼女の腕をアレンは強い力で握った。「っ!」「逃げんな。前を見ろ」「で、でも……」「よく見ろ。奴の爪だ。……割れているろ。血も出てる。お前の発明は効いているんだ」 アレンに言われてエマはもう一度ボスを見た。今度は眼ではなく、全体を……アレンの言う通りボスの体はダメージを受けていることがわかる。それがわかると、敵の眼に威嚇以外にも怒りや憎悪の念があるのだと気が付いた。「あと数発、打ち込めば必ず倒せる」「うん。でも……」 魔光銃は魔力を溜める時間が必要だ。エマは魔法を使えるほどの魔力を持っていない。蓄積のために数分は必要になる。 それをアレンに説明すると、アレンはシンと顔を見合わせた。「わかった……俺たちで時間を稼ぐ。エマは魔力を溜めることに集中してくれ」「わかった!」 シンとアレンがエマを守るように前に出る。 まだ戦う意思があるんだと示す三人をボスは愉快そうに嘲笑った。「ハハハハハ!まさかまだ戦う気でいるとはな。だがお前たちの考えなど手に取るようにわかる……我を甘く見るな。同じ手は二度も通じん!!!」 ボスはそういうとアレンとシンを無視してエマに向かって手を伸ばした。「させるかよ!」 シンがエマを抱えて飛びのき、アレンはボスの眼に向かって矢を放った。矢は見事、ボスの右目に突き刺さる。「ぐああああああ!!」「うっ!?」 ボスが痛みに腕を振り、近くに居たアレンを吹き飛ばした。「おじさん!」「おっさん!」 二人にアレンを心配している暇はない。ボスの腕が次はシンたちに向かって振り下ろされてきていた。 シンは間一髪、左に飛んで避けることができたが、叩き付けられたボスの腕が床を破壊しその破片が二人を襲う。「あっ!」 破片が魔光銃に当たり、エマの手から弾き飛ばした。 銃は部屋の端まで飛んでいく。二人が駆け寄ろうとしたが、それを再びボスの腕が襲った。「ぐっ!?」「きゃっ!」 シンが剣で受けて少しは勢いを殺せたものの、二人は銃とは真反対の壁際まで飛ばされてしまった。「やめて!」 片目を潰されたボスの腕が銃に向かって振り下ろされようとしていた。「「「エマちゃん!!!」」」「エマさん!!!」 扉を開けると、部屋の中は瓦礫と土煙でよくわからない状況になっていた。そこにエマさんの叫び声が聞こえてきて、僕らはとっさに彼女の名前を叫んだ。 返事は聞こえない。 代わりに、煙の中で巨大な何かが動いていることに気が付いた。こいつが、ボス?「虫けらが次から次と……」 片目のそいつは僕らを巨大な目に映した瞬間、大きな手を振り下ろしてきた。「わああああ!!?」 僕らはとっさに左右に分かれて逃げる。 てか大きすぎない!?僕ら四人がいたところを丸々潰してるんだけど!?「勇者くん!!」「え!?」 エマさんの声が聞こえてきて、僕は土煙の中で目を凝らして探す。すると、こっちに走ってこようとする二人の姿があった。エマさんと、シンだ!「シン!」「勇者様!銃を拾ってください!」名前を呼んで手を振ると、シンは僕の方を指さして叫んでいた。銃?僕はとりあえず自分の周りを見渡し、それらしいものを拾う。銃というより水鉄砲みたいな感じのものを掲げてシンに問い返す。「これー?」「それで、危ない!!」 シンの叫びで咄嗟に上を見上げる。すると、巨大な影が僕の真上に迫っていた。(え?ナニコレ?) 迫っているのがボスの手だとわかると、絶望と同時に周りの時間がゆっくりと流れだす。腕が無意識に銃を構え、上を狙う。玩具みたいなこの銃であんな巨大な手がなんとかなるわけがないと解っている。それでも生きたいって思う気持ちが引き金を引いた。 ――ドゥン!!! 誰もが、その時、何が起きたのか一瞬解らなかったらしい。僕自身、何が起きたのか理解できなかった。ボスの絶叫が聞こえてくるまで、僕は自分が生きていることと、目の前に見える青空を認識することができなくて、ただ何も考えず見つめていた。「ア“ア”ア“ア“ア”ア“ア“ア”ア“ァァァァァァ!!!!!!」 その大音量でみんなが我に返った。僕も、自分が生きていることと、天井を突き破るほどの威力がこの銃にあったのだとやっと理解できた。「す、すごい……」「ゆゆゆゆ勇者さん!!!」 声がする方を見ると、エマさんがそれはすごいスピードで走ってきていた。 その後ろでシンが驚いた眼をしていたけど、すぐにいつもの冷静な光を宿すとボスの方に向き直っていた。「勇者さん!」「わっ!」「もう一回です!!」 いつの間にか隣に座っているエマさんが人差指を立ててお願いしてきた。なんのことか一瞬解らなかったけど、たぶんこの銃のことだろう。「え?僕がやるの?」「はい!この銃は使う人の魔力を溜めて……」眼を爛々と輝かせたエマさんが銃の構造を説明してくれた。つまり、もともとの魔力が高い人ほどすごい威力を発揮する銃らしい。本職魔法使いだと判明した僕はこの銃と相性がかなりいいみたいだ。「グリップのところにあるこの五つのランプが全部点いてから撃つんだよ!」「わ、わかった!」「じゃあそれまでは、勇者様を私たちが護らなくちゃね!」 フローラさんたちが武器を構えて僕らの前に壁を作ってくれる。その前には堂々と立つシンの背中があった。 頼もしいその後ろ姿に、僕は銃を握る手に力を籠める。ランプはすでに二つ点いている。あと三つ。「私もやるよ!」 そう言うとエマさんは立ち上がってカバンから三十センチくらいの鉄パイプを取り出す。彼女が中央についているボタンを押すと、それは槍へと姿を変えた。「おばさんたちに鍛えられた私の槍技を披露してあげるわ!」 エマの準備が終わったところで、ボスも僕らの方に向き直っていた。腕一本吹き飛ばされて相当ダメージがあったみたいだ。今気が付いたけど、右目も傷を負っている。勝てる気がしてきた。「調子に乗るな……虫けらが!!!!!!」 巨大な右腕が横から薙ぎ払うように迫ってくる。 その腕を僕はフローラさんに抱えられながら避けた。情けない。「ひぇっ!?」「銃だけは落とすんじゃないよ!」 僕は首を縦に何度も振って、全力で銃を握る。ランプはあと二つだ。「はあああ!!」 シンの剣とエマの槍がボスの足に負傷を負わせる。小さな傷も今のボスには鬱陶しいのか、こっちに伸びていた腕が彼らを払いのける動きに代わった。「させない!」 左腕が無くなり剥き出しになっている肉に向かって、ティアさんが槍を投げた。見事、槍はボスの傷口に突き刺さる。「ガアアアアアアアアア!!!オノレエエエエエ!!」 右腕が左腕を庇うように傷口に行ったので、シンたちへの攻撃はなんとか抑えられた。でも、怒ったボスの口元に黒い炎が見える。「炎だ!!」「後ろに隠れてて!!」 僕が叫ぶと盾を持ったクレアさんが僕らとボスの間に入ってくれた。 ランプはあと一つ。「灰になれエエエエエエエ!」 咆哮と共に黒い炎がクレアさんを襲う。 なんとか耐えているようだけど、少しずつ盾が溶けていた。炎に飲まれるのも時間の問題だ。僕はじっと銃を見つめるけど、最後のランプがなかなか点かない。「フローラさん。……勇者様を連れて逃げてくれるかい?」「クレアさん!もう少しだから!」 僕がそう言うけど、額から汗を流してるクレアさんは母親のような笑みを浮かべて首を横に振った。 フローラさんの腕に力が籠る。信じられなかった。ゲームをしているのとは違う……目の前の人が自分のために命を落とそうとしている。そんなの、嫌だ!「ダメだよ!フローラさん!」「勇者様。クレアの覚悟を無駄にするわけにはいかないよ」 あと一つ!ランプはあと一つなんだ!!「ガアアアアアアアアア!!!」 フローラさんが一歩、クレアさんから離れたとき、ボスの雄叫びが再び部屋に反響した。「おじさんのこと忘れてないか?」「おじさん!!」 声の方を見ると瓦礫の上でかっこいいポーズを決めているおじさんがいた。ボスの左目には矢らしきものが刺さっている。そういえばおじさんの姿を今まで見ていなかったかも……わ、忘れていたわけじゃないんだけどね!! あれ?でもおじさんの傍にもう一人オジサンが?誰だろう……?「勇者様!ランプ!」「あ!!」 フローラさんに言われて銃を見ると五つのランプが全部点灯していた。「みんな!!離れて!!!」 フローラさんも僕を降ろすとクレアさんと二人で少し離れていった。 シンたちもボスの足元から離れていく。 おじさんにやられて、ボスはこっちの場所がわかっていない。我武者羅に一本の腕を振り回していた。「くらえ!!!」 ボスの心臓を狙って引き金を引く。 そのあとの記憶が、僕にはない。つづく?
ガーベラ……人はうまくいったけど、花の方が失敗しました…ペンで縁取るのをやめてみたのですがどうでしょうか??優しい感じが出せたと自分では思っております(^◇^;)最近はちょっと暗いことばかり考えてるので、明るい花を見て気分を上げて行きます!次は勇者の続きを書くぞーーー!!笑
いつも探していた気がする。気がするだけで、はっきりと、意識して探したことはない。でも、きっと、僕らは毎日必死に探していたんだろう。 僕、田中空也は、普通の夫婦の間に生まれ、普通に義務教育を全うし、そこそこいい高校に通って、一応国立の大学に合格して卒業した。 そして今は、都会の中小企業に就職をして業務を日々こなしている。 毎日のスケジュールはほぼ決まっていて、一か月のルーティンも覚えてきた。そんな時だ、掲示板で張り紙の第一号を見たのは……。『○○ホールディングスの子会社になることが決まりました』 大手グループ企業の名前にビックリしたが、悲観的な話ではないし、それに伴ってリストラがあるという話でもなかったので、多くの従業員がそうだったように「そうなんだな~」とだけ思ってすぐに業務に戻った。 それから一か月もたたない間に第二号が張り出された。『○○ホールディングスに吸収合併されることになりそうです。そうなるとリストラの必要も出てきます。話し合いをしているので少しお待ちください』 【リストラ】という単語にどよめいた声が出ていたが、【お待ちください】とある以上、僕らにできることなかったのだろう。僕は少しだけ覚悟をしながら業務に戻った。 そして第三号の張り紙は、僕らの心配を少し緩和してくれた。『子会社となることで決まりました。皆様ご安心ください』 リストラの話がなくなったのはよかったが、どこかこの決定に納得していない自分がいた。その感情を、僕は気づいてやれなかった。 子会社化して数年が過ぎ、上層部の入れ替わりが行われた。恵比寿顔の社長が退任を発表した時は、僕みたいな下っ端でも少し淋しさを感じた。新しい社長も魚みたいな顔で面白いけど、入社最初の社長ということで親しみはそっちにある。 そうして社長が交代して半年がたった時だ。第四号の張り紙が出された。『○○ホールディングスに吸収合併されることとなりました』 簡潔な張り紙にはいつかみた、第二号で書かれていた文言が浮かんだ。……――リストラ――どうしてそうなったのか。誰がリストラになるのか。会社内はパニック状態になった。色んな噂が飛び交う中、多くの注目を集めたのが、現社長の独断実行だったという話だ。しかも、社長は向こうでの席がもう決まっているという。もちろん、給料は今よりも優遇されるらしい。その話だけは立証される書類まで社員の間で広まった。僕らは彼の昇給のダシとしてクビにされるのか? 彼の、いや、“奴”のやり口の汚さに僕は憤りを感じずにはいられなかった。 そんな僕らの怒りを最初に表してくれたのが、退任した恵比寿顔の元社長だった。 元社長は先頭に立って僕らの気持ちを表現してくれた。 でも社長は高齢で退任を決意した方で……すぐに無理が祟って倒れてしまった。 僕らは途方に暮れた。だって、元社長がいてくれたから戦えていた。ほぼ一般ピーポーな僕らに巨大ホールディングスに立ち向かう力なんてない。このまま流されるしかないんじゃないかっていう雰囲気になっていっていた。 だけど、僕は嫌だった。どうしても、奴のやり方に納得ができなかった。 それでいいんだろうか?私利私欲のために弱者を切り捨てる人だけが幸せになるのでいいのだろうか?そんな世界でいいのだろうか? ――じゃあ、僕の生きる意味ってなんだろう……? この時、その問いが明確な声になって僕に届いてきた。 ずっと、ずっと聞こえていた気がする、優しい声で、僕を思考の渦に叩き付ける。 【意味】って何?【動機】ってこと?生きる動機?生きたいからじゃだめなの?生きたいのは何で?理由なんてない……ただ生きたいって思うんだ……きっと誰にもない……生きたい理由は、【生きたい】ってだけ……みんな一緒……一緒なら、僕は何?……今問いかけてくれるのはなぜ?……今、だから?今なのかもしれない……【生きる意味】を作るなら……「正しいことをしたい!」 その思いが爆発みたいに沸き起こった。爆発は甚大な被害(影響)を周りに与えて、爆風はどこまでも爆発の威力を伝えていく。 社長はホールディングス相手に訴訟をしようとしていたが、僕は現社長を辞任に追い込む作戦にでた。そのために辞任を訴える署名集めをはじめ、会社内で演説をお願いしたりと真剣に取り組んでみた。するとあっという間に必要以上の署名が集まり、社長は辞任。僕らのクビは繋がった。 長かったような気がするが、半年というあっという間の出来事だった。僕の活躍もすぐに風化していき元の生活に戻っていく。でも、元通りじゃないってことは僕がよくわかっていた。なぜなら、僕には役割を果たしたという達成感と自信が芽生えていた。 あの問の声は完全に消えたわけじゃない。だけどもう、その声に耳をふさぐことはないだろう。 君にも聞こえないだろうか? ずっと語りかけてくれている暖かい声が……END
ガレンと出会ったのは、僕がまだ5歳の頃だった。母に買い物を頼まれてた帰りに、海を見たくなってちょっと人通りから離れた道を歩いていた。 夕暮れには少し早く、海の上がうっすらと黄色に輝いていた。その景色を一緒に見たのが始まりだ。海ばかりを見て歩いていた僕は、同じく景色に夢中になっていたガレンにぶつかるまで気が付いていなかった。「うわぁ!!ごめんなさい!」「っ!?す、すまない」「ぼくがわるいんだ!うみにむちゅうで……前を見ていなかったから……」「おれこそ、ボーっとしていた……うみをみていて……」 尻餅をついた僕らはお互いに謝って、そして、どっちも海に夢中だったことに驚いた。それから海が茜色になるまで二人で眺めていた。「……ねえ、きみ、なまえは?」「……ガレン。きみは?」「ぼくはアルト。ねえガレン、今度はもう少し近くまで見に行かない?」 気が付けば、僕は出会ったばかりのガレンと次の約束をしていた。 それから何度か僕らは一緒に遊んだ。約束した通り海を見に行ったり、街中を探索したり、少し大きくなった頃にはナンパをしてみたりした。 十年も経てば、ガレンはなにをしても楽しめる、一番の親友だった。 でも、そんなガレンと遊べたのも彼の15の誕生日が最後になった……「ガレン……本当に、もう、会えないのか?」「ああ。俺はこの先、情に流されたりしたらいけない。冷静に、平等な判断をしていけるようにならないといけないんだ」 ガレンの正体を知ったのは、10歳のときだ。王子様の誕生パレードを家族で見に行った。ガレンはそのパレードの中で、誰よりも着飾った、大きく立派な白馬に乗って、道に並んだ街のみんなに手を振っていた。 ガレンはこの国の王子様だった。僕は普通の、いや、普通以下の、街の端っこで暮らす貧しい家庭で育った国民の一人にすぎない。それでもガレンが遊びに来てくれるから、僕は知らない振りをして彼と一緒に街を走り回った。「……どうしてなんだ?」「……知ってるだろ。俺の正体」 知ってる。知ってるけど、ガレンの口からちゃんと聞きたい。じゃないと、友達ですらいられない気がする。「ガレンから、聞きたい」「…………」 僕たちは、二人で初めて出かけた浜辺に来ていた。目の前はもちろん、大海原だ。そして後ろには、僕が住み、ガレンが護る街がある。 ガレンが黙っている間、僕はこの海に今すぐ二人で飛びされたらと思った。そしたら、ガレンは彼を縛っている鎖から解放されるだろう。でも、ガレンはきっと僕の誘いを断るだろう。だって、彼はもう王になることを決めている。決めているから、会えないって言ったんだ……。「……アルト」 名前を呼ばれて、ガレンに視線を移す。緊張しているのか、彼の視線は自分の拳に向けていて目は合わなかった。「アルト、俺とお前は……友達か?」 何を今更なことを言っているんだろう。「当たり前じゃん」「そうか……」 ガレンの口元が緩んで、小さな笑みを作る。王子のくせに、変な心配をしていることがおかしくて、僕は声を出さないように笑った。ガレンにはバレなかった。「実は……俺は王子なんだ。将来近いうちにこの国の王になる。今までは子供ってことで多めに見てもらえていたけど、明日からはそうはいかない。先生たちも厳しくなるし、警護も厳重になるから、城を抜け出せることはもうないと思う。父上からも、街での関係は切って来いと強く言いつけられた。王になったときに、私情に流されないように……だからアルトとはもう会わないようにしようと思うんだ」 ガレンが泣きそうな声を出すから、僕まで悲しくなってくる。いつか会えなくなるってことは薄々解っていた。パレードで彼を見たときに覚悟もした。だけど、実際にその時が来ると苦しい。「でもな……それでも、俺は、アルトと友達でいたい」 涙を溜めた眼がこっちを向いた。ああ。本当にもう会えないんだと感じて、同時に頬を雫が流れる。「僕も、ガレンと、親友でいたい!」「アレン……ありがとう」 そうして僕らは抱き合って泣いた。そのあとはお互いのぐちゃぐちゃになった顔を見て笑いあった。「……それじゃあ。そろそろ帰る」 初めて会った時と同じ、夕日が海に半分沈んだくらいの時間にガレンは立ち上がった。「ガレン」「?……なんだそれは?」「誕生日プレゼントに決まってんだろ。王子様が持つには安っぽいかもしれないけど、僕には結構高価なんだから大事にしてくれよ」 僕が渡した包みをガレンは丁寧に開けて中身を取り出した。 青とオレンジが混ざり合った、不思議な石が嵌められたブローチだ。「いいのか!?ブローチになんて……」「ああ!親友の証明だ」「親友の……」 僕がそういうと、ガレンは嬉しそうに握りしめてブローチをポケットに丁寧にしまった。「そうだ!俺からはこれを贈ろう」 ガレンは腰に提げていた短剣を鞘ごとベルトから外すと僕に差しできた。「は?」「誕生日プレゼントだ。俺だけ受け取るのは不公平だからな。これは10歳の誕生日に父上から頂いたものだ」「え!?いやいや!!そんなの受け取れねえよ!」 僕がそう言って首を振るけど、ガレンは引かない。決めたことに関して頑固なのはよく知っているけど、流石に国王様からの贈り物を簡単に受け取るわけにはいかない。「これはアルトに持っていて欲しいんだ。もし俺が道を踏み外すことがあったとき、これで刺してくれ」「はぁ!?何言ってんの!!」 親友を刺すなんてこと、約束できるわけがない。冗談を言うなと思ったけど、ガレンは大真面目だった。「頼む。アルトだから託せるんだ。俺を止められるのはアルトしかいない」 そんな風に言われて、真剣な目でにらまれたら受け取らないわけにはいかなかった。「……わかったよ。こんなもの、使う機会がないようにしてくれよ」「ああ。ありがとう。全国民が平和に、幸せに暮らせるような王になってみせるよ」 ガレン王子の誓いの言葉を聞き、僕は白銀に輝く短剣を受け取った。 ≪全国民が平和に、幸せに暮らせるような王になってみせるよ≫ あの誓いは嘘だったんだろうか……。 僕は今、街の下を巡っている地下道を走っている。目指すはガレンのいる城だ。 何日もかけて仲間と練った計画を実行した。道の上では仲間と城の兵士たちが戦っているはずだ。地下から攻めて来られないようにすべての道は塞いである。僕自身も、もう後戻りはできない。 なぜこんなことになったんだろう。あれから十年しか経っていないのに……。 ガレン王子は15で国王補佐となり、20で王に即位した。補佐官の任命式で、胸に僕があげたブローチを見つけた時は興奮したし、即位式で付けていなかったのを知ったときは寂しくもあり嬉しくもあった。王になっていったんだと、友達の成長を感じたから。 でもガレンはこの5年の間に僕が思いもよらなかった方に進んでいった。まず、近隣国の制圧をはじめとした武力侵略を始めた。最初はそれによって商いや食糧の流通は増えて僕らも嬉しかったんだけど、だんだんと貧富の差が開いていった気がした。物価が上がって、僕みたいな貧しい家庭でも手に入る食べ物は減ったし、仕事も元隣国の人たちにとられて減っていった。 新しい政策はほとんど標準以上の生活をしている人たちに向けたもので、国は貧しい僕らを助けてなんてくれなかった。そしてとうとう、国は僕らをこの住み慣れた街から追い出そうとし始めた。街の品格を落とす……なんて、到底僕らが納得できる理由なんかじゃない。我慢の限界を感じていた僕らはとうとう爆発した。そして、クーデターを決行したんだ。 頭に入れておいた地図通りに進み、僕は城に通じる配管を登る。侵入したのは、トイレだ。王の部屋に直接ある、王様専用の。「ガレン!」「!?……君は……」 扉を開けると、王の姿をしたガレンがいた。体格も、顔つきも、髪形も、十年前とは違って男らしくなっている。僕なんかより腕も肩幅も太く広くなっているし、目つきも鋭く冷たい。髪は一緒に遊んでいたときみたいにボサボサじゃなくてツヤツヤしていた。もう、僕の知っているガレンじゃない。「ガレン。約束を果たしに来たよ」「……アルト、なのか?」「うん」 僕も、見た目は変わった。食べ物が無くなった分、体は細くなった。背はもしかしたら同じくらいかもしれない。髪は邪魔だから短髪にしている。栄養がないからパサパサだ。「そうか……そうなんだな……すまない」「僕に謝っても仕方ないだろ。もう、ここまで来て引き返すつもりはない」「俺は、間違っていたか?」 その声があまりにも力ないものだったので僕は言葉に詰まってしまった。その間に、ガレンの顔はどんどん曇っていく。冷たかった瞳も、今は昔みたいに幼い光があった。「君の姿を見ると、間違っていたんだなって思うよ。でも、仕方ないんだ。誰かを幸福にするには誰かの不幸がいる。誰を幸福にするかなんて、貴族たちにとっては自分に都合がいい人たちがいいに決まっているんだ。そして国は、その貴族たちの協力がないと回らない」 ずっと貯めていたものを吐き出すみたいにガレンは淡々と語り続ける。「正義を行いたかった。まずは国を潤すために国土を広げる必要があったんだ。自国の土地じゃ狭いし、栄養も少ない。そのために侵略した。最初はうまくいったと思った。でも、さらに隣の国がある。そこはこっちより兵力があって簡単には進めない。だから貿易をはじめた。友好な関係であるにはこっちも多少のマイナスは耐えないといけない。そしたら全国民を救うのは無理になった。犠牲を出さないといけなくなったんだ……」 僕は何も言えずにいた。ガレンはもう王様で、僕の友達ではないんだと思っていた。心の中、思い出の中だけの友達……それなのに、目の前にいるのは【友達】だった頃の彼だ。 【王】に向けるために用意してきた言葉はたくさんあった。でも、【友達】にはどうすればいいんだろう。どういう言葉を彼は望んでるんだろうか。そもそも、この状況でその言葉を僕は書けるべきなんだろうか……。僕はギュッと腰のベルトを握りしめた。「幻滅しただろ?俺は、結局、王にすらなれていない」「……それでも、ガレンは、王だ」「……そうだな」 仲間との約束が頭をもたげる。必ず、王から国を取り返してくれ、と言われた。だから僕は【王】から国を取り返さなくちゃいけない。でも、【友達】からは?どう取り返せばいい?「さて。最後に俺の話を聞いてくれてありがとう。約束を、果たしに来てくれたんだろ?」「ガレン……」「外で起きている事。そして君がここにいることが、俺が王として、してきたことの答えだ」 僕は、ベルトに下げていた短剣を抜いた。どんなに生活が苦しくても決して売らなかった、白銀に輝く短剣は、あの日ガレンから贈られたものだ。「ごめんよ。アルト」「………………だめ、だ」 剣先を【友達】に向けることはできない。「【王】になるって言ったじゃないか……【王】じゃない君を、【友達】を刺す事なんてできない……」 いったい何が彼を【王】じゃなくしたんだ。 僕は【友達】に何ができるんだ……仲間との約束……!?「アルト……すまない。でも、俺にはもう守れないんだ」「……ガレン。守れないなら、僕に渡してくれ。 僕がこの街を守る!」 白銀の剣をガレンに向けて宣言した。 彼の眼がみるみる開かれていく。僕もビックリだよ。でも、取り返すってそういうことだろ?「……言っている、意味は、わかってるのか?」「わかってる。僕がこの街の王になる」 そうすれば、君は全部を守れるんでしょ?「ガレンが守りきれない分を僕が守る。この街の人たちを幸せにして見せる」「王は大変なんだぞ!君には荷が重すぎる」「ガレンにも、重かったんだろ?だったら二人で分けたらいいじゃないか」 【王】であり、【友達】でもある彼に、僕がすべきことは一緒に背負うことだ。 もう、一人にはしない。「そんな……簡単な事じゃない……」「簡単だなんて思ってない。ガレンが教えてくれるって信じているから言ってるんだ」「俺が……繋がってるって知ったら、君は街の裏切り者になる」「大丈夫。僕は街を守る。君からもね」「……そうか」 僕が諦めないとわかると、ガレンはため息を吐き出した。その顔は困ったような、少し嬉しそうな、そんな顔だ。「ありがとう」 ガレンがあの頃のような無邪気な笑みを向けてくれたから、僕も同じように笑った。 変わっていない。 僕らの関係は変わっていない。 そして、これからも。僕らは【王の友達】になるんだ。 こうして、国は二つに分かれた。民の反乱を抑えられなかったガレン王たちは城を追われて、隣国の城に住むことになる。新しい国は、反乱軍リーダーだったアルトが王となり治めた。二つの国は時にいがみ合い、時に協力し合い、まるで友達同士のような間柄になったのである。END
佐々木茜はベッドに寝転んでスマフォを弄っていた。見ているのは茜の好きなブランドのオンラインショップだ。早咲きの桜で春の訪れを感じ、新しい春物の服を探していた。「ん~……この桜のワンポイントもいいけど、欲しいのはブラウスじゃないんだよね~……流行りものも一つ欲しいような……ん~どうしようかな~☆」 パタパタと上機嫌にマットレスを叩く音がピタリと止まった。 同時に画面は桜の代わりに緑の受話器マークを映してブルブルと震えだす。中央には昔の同僚兼今友の名前が出ていた。「こんな時間に?……はーい」『もしもし、アカネ?』「うん。どうしたの?」『茜ってさ、植松先輩のこと覚えてる?』「覚えてるよ~。確か、あれだよね……サブチーフ?だったよね?美人の?」『そう。その植松先輩』「が、どうかしたの?」『実はね………… 自殺、したんだって』「え?」『ビックリだよね。それで葬儀が明日あるんだけど、来れそうだったら来てよ。場所は後でメールするから』「う、うん」 電話の切れる音を聞きながら茜は今しがた友人に聞かされた言葉を反芻していた。「自殺……?」 茜の頭に浮かんだのは天真爛漫な笑みを浮かべた植松先輩だった。植松先輩は、茜が最初に就職した会社でお世話になった先輩の一人だ。広告関係の仕事で、その会社では営業、プログラマー、デザイナーなどがチームを組んで一つの案件に対応していた。茜は営業の一人として、植松先輩はプログラマー兼そのチームのサブリーダー的役割で同じチームにいたことがある。植松先輩と話すのは専らリーダーとなった営業の先輩だったので、茜は直接話したことはほとんどない。でもミーティングで何度も顔を合わせたら励ましてくれたり、たまに見かけたら声をかけてくれたりと優しく接してもらえたことは何度もあった。 茜には、優しくて尊敬できる植松先輩が自殺するほど悩む姿など想像もできない。 いったい何がそうさせたのか、何も浮かばなかった。「どうして……」 茜は目に涙がたまってくるのを感じて、流れる寸前でグッとこらえる。(何もできなかった私に、泣く権利なんて……ない……) でも、もし、相談してくれていたら……そんな考えが浮かんだ。(『あなたに死なれたら悲しい』そう伝えたら、植松先輩は踏みとどまってくれたかもしれない。そのあとちゃんと病院に連れて行ったら、元気になったかもしれない。ずっと傍にいて支えてあげたのに、そしたら死なないですんだかもしれない。もし……) いろんな可能性が茜の頭の中に浮かんでは消える。そして最後には、どうして相談してくれなかったのかと、そればかりになり、悔しさで再び視界が滲んだ。(!?ダメダメ!そんなこと考えたら!私が鬱みたいになってどうすんの!) 自分の考えを振り払うように、茜は急いで別のことを考えようと試みる。思い出したのはカウンセラーが患者に引きずられて鬱になっていく話だ。もしもの世界を想像して悩んだところで、変えられやしない。だから、次は自分を励ます言葉を考えた。(例え、自分が近くにいても、きっと結果は変わらなかった。周りにいた人は最善の手を尽くしたはずよ。それ以上のことが自分にできるわけないじゃない) 茜は再びオンラインショップページを開く。指の動きに合わせて画面には様々な洋服が映し出されている。しかし、茜の頭はまったく切り替わらなかった。 自分を責める言葉と励ます言葉が交互に浮かんできて、前に進まない。そう、(止まってる……これじゃあ、過去の事ばかりじゃん。振り返ってばかりで進んでない。進まなきゃ) 茜はスマフォをいったん脇に置いて考えた。『進む』には、どうすればいいのか。「『もしも』は過去よ。できなかったことよ。考えても、妄想しても、ただの自己満足だわ。そんなことをしても植松先輩は帰ってこない。帰ってこないどころか、ただ死んだだけよ。何かを、進めなきゃ。植松先輩の死を、ただの『出来事』にしたくない……」 『教訓』、なんて言葉を使うのは失礼なのかもしれない。でも、ここで『止めた』ままにしたら、また同じことを繰り返すかもしれない。同じ後悔をするかもしれない。それは、つまりまた知っている人が亡くなってしまうということだ。茜は、それは嫌だと強く思った。 どうしたら次、同じように自殺する知り合いをなくすことができるのか? 茜はこの問いが浮かんで初めて一番大切なことに気が付いた。「……植松先輩は、私に、相談してくれたんだろうか……」 そもそも、それほど親しくなく、知っている程度の間柄で、さらに年下の後輩である自分に、彼女は相談してくれたのだろうか? 茜はこれまでの交友関係についても振り返った。 友達は少なく、深く、をモットーにしている茜は、自分で『友達』と呼んでいる人たちが少ない。同じ会社の元同僚でも、今回電話をしてくれた彼女以外とは転職してから一度も会いもしないし話もしていなかった。それは茜が大切にできる人数の限界を決めていたからだ。 それ以上とは深く関わらないことで自分を守っていた。でもその境界は誤りだったのだ。(私は、植松先輩の死でも、こんなに辛い。きっと、今まで『知り合い』にしていた人が死んだって聞いたら、同じように辛くなる) 茜が自分を守るために引くべき境界線はもっと広かったのだ。『知り合い』にすらなってはいけなかった。でも、そんなの無理だ。生きている以上、生活するために働く以上、『知り合い』はどうしても多くなる。「バカだな……限界なんて、決めるだけ無駄だったんだね」 確実に超える限界に拘るなど、バカバカしいと、茜は自嘲した。 だったらとことん大切にするしかない。「できるだけ、たくさんの人に、頼られる人にならなきゃ」 泣きたくないなら。 悔しく思いたくないなら。 辛いのが嫌なら。 近くに居れる存在になろう。「辛いなら、そうするしかないじゃん!」 もう泣きたくない。 もう悔しい思いをしたくない。 もう辛いのも苦しいのも嫌だ。 だから、茜は強くなると決めた。「ありがとう。植松先輩」 茜の時間が動き出す。 まずは、明日の葬儀で会った元同僚たちと話すところから始めようと。END
シンたちはエマの父親の後を追って屋敷の奥へと進んでいた。 タケルと繋がっている通信機を自分の胸の内ポケットに収めて、シンは自分の決意に揺るぎがないことを確認する。少しでも躊躇えば大事な情報を聞き損じてしまう。姫へと通じるヒントさえ聞き出せればいい。それが自分の役割だ。 そうは思うのに、どうしてか気が重い。通信機から聞こえたタケルの悲痛な声のせいだろう。シンは貧弱な勇者の顔を思い出して、すぐに打ち消した。(勇者様には無責任なことをした……でも、彼ならきっと新しい仲間を見つけられるさ) 自分のようなわがままな奴ではなく、とシンは自嘲した。 まさかその貧弱勇者が中ボスを一人で倒し、心強い仲間を引き連れて助けに来ようとしているなんて、シンは少しも想像していない。「おっさん。エマ。覚悟は良いな?」「言っておくが、おじさんに死ぬ気はないぜ」「頼もしぃ~!あたしだって!父さんと一緒に町に帰る気マンマンだよ!」 三人がいるのは屋敷の一番奥と思われる部屋の前だ。 入口の門と同じように凝った彫刻が施された大きな扉からは、邪悪な魔力が流れ出ているのを感じる。エマの父親がこの扉の中に消えたのが勇者と連絡を取った直前だ。今のところ悲鳴も何も聞こえてこないが、危険なのは間違いないだろう。 シンは扉に手を伸ばし大きく息を吸い込んだ。タケルの姿と一緒にゆっくりと吐き出してしまい、頭の中には姫の姿だけになった。(必ず。助ける……!) 意を決してシンは人間の大人サイズにくり抜かれた扉を開く。「やっと入ってきたか。小物ども」 入ると、扉よりも高い天井と広々とした空間が現れた。しかし、その空間の半分を大きな椅子が陣取っている。魔物はその椅子に座っていた。椅子に座っているはずなのに、魔物の頭は天井に届きそうになっている。 こいつがボスだと、三人は確信した。そしてこの魔物はシンたちが扉の外から様子をうかがっていたのに気が付いていたらしい。重たく籠ったような声が三人にゆったりと話しかけてきた。「待たせていたようで申し訳ない。お詫びにあなたの話を聞いてあげますよ」「おたくにこの家は狭いんじゃねえの?引っ越しを勧めるぜ」「父さんは置いて行ってもらうけどね!」「エマ!?」 男の叫び声に三人が見渡すと、魔物の足元に眼鏡の男性がいるのを見つけた。追いかけてきたエマの父親だ。「父さん!」「待て!!」 走りだそうとするエマの襟首をアレンがとっさに掴んで引き戻した。「何すんのさ!」「バカ!ちゃんと見ろ!親父さんの傍にも魔物がいる」 言われてみてみると、エマの父親をここまで連れてきていた小物魔物が彼の両脇に控えていた。二匹とも槍を持っている。もしあのまま注意散漫になっていたエマが父親の元まで行っていたらどうなっていたか……エマはアレンに従って大人しくなった。「お前がトーマスの娘か。なるほど……アレは捕らえて人質にでもなってもらおうか。お前が我らに協力するようにな」 ボスがエマを見てニヤリと笑い、次にその視線をトーマスに向けた。 トーマスの顔から一気に血の気が引いていく。「娘を巻き込むな!」「お前が言うことを聞けば、その願い叶えてやらんこともないんだがな」 ニヤニヤと、ボスはトーマスに笑いかける。その汚い笑みをトーマスは悔しそうに睨み返すことしかできない。「お父さん!忘れてないよね!お母さんのお墓の前で誓ったこと……アレを破るなんて、あたし、何があっても許さないから!」「エマ……」「こんな奴、あたしの発明品でぶっ飛ばしてやる!」 エマは父親に向けていた視線をボスへと移した。力強いその言葉に、シンは剣を構え、アレンも弓の標準を合わせる。「お?もしや、貴様ら我と戦おうと思っているのか?」「そのもしやだ。お前を倒し、姫の居所を聞き出す」「ヒメ?」 シンの言葉にボスは顎に手を当てて思い出すようなポーズをとった。そしてトーマスに向けたものと同じ、不気味な笑みを浮かべてシンを見る。「なるほど……それが聞きたくてわざわざ命を捨てに来たというわけか。良いだろう。冥途の土産に教えてやろう……」 シンは懐にしまった通信機を握りしめた。タケルにちゃんと届くように願って、ボスに一歩近づく。「この国のヒメはな……我が喰ってやったよ」……うわあああああああああ!!!! 数秒間の沈黙があった。シンがボスの言葉を理解するのにかかった時間だ。 絶望の雄たけびが壁を震わせ、部屋中に鳴り響く。 シンの剣がボスに向かって一直線に伸びていく。その雷のような斬撃をボスは大きな掌の一振りでシン諸共吹き飛ばした。「ぐっ!?」「ガハハハッ!!弱い弱い!こんな軟弱な騎士しかいないからヒメ殿は死んだのだ!」 口の端から流れる血を拭い、シンは再び立ち上がる。その目は絶望に揺れ、復讐の炎を燃やしていた。「この!?」「待て!」 再びボスに飛びかかろうとしたシンの前にアレンが立ちふさがった。「どけ!!」「うるせぇ!!!」 アレンの肚から吐き出すような声に、さすがのシンも一瞬口を噤む。その隙を逃さず、アレンは言い聞かせるように落ち着いた声でシンを咎めた。「一人で我武者羅に向かって行っても勝てるわけねえだろ。倒したいなら少し落ち着け」 シンはそれでも前に出ようとしたが、睨みつけるアレンの気迫に体は動きを止めていた。 そうして呼吸をしているうちに、だんだんと彼の言葉が頭に入ってくる。「冷静になったか?俺はココでくたばる気はないって言ったろ?」「……悪い」 シンの目が光を取り戻したのを確認し、アレンは彼と一緒にボスに向き直った。「ほう……少しはできる奴がいたのか」「お褒め下さりありがとよ。待ってくれた礼はちゃんとさせてもらうぜ」 そう言ってアレンはエマに視線を向けた。 彼女は待ってましたと言わんばかりに、ポシェットから大きな銃の形をした何かを取り出して見せた。「ジャジャジャジャーン!私の発明した初めての武器!その名も魔光銃〈マコウガン〉!」 とぼけた効果音はさておき、『初めて』という部分にシンとアレンは驚いた。「は、初めてだと!?」「もしかして、オジサン早まったかな……」「まあまあ!実験は済んでるから設計に失敗はなし!効力の方は見てのお楽しみ!ってことで行くよーーーー!!」 エマはそう叫ぶと銃口をボスに向けた。銃のグリップにある五つのライトが赤く光りだす。「発射!!!」 声と共に引き金を引く。 すると、銃口から真っ赤に燃え盛る炎の弾が飛び出した。「何!?」 油断していたボスは出遅れ、炎の弾をよけることはできなかった。 ボスの大きな体が炎に包まれる。 三人が見守る中、炎の勢いはなかなか治まらない。 ボスは倒すことができたのか……つづく?
墓参りに行ったら神様に出会ってしまった 空には太陽が昇っていて眩しく輝いているというのに、その力は全く発揮されていない。吐く息は白いし、七枚くらい着込んでいるというのに体はガタガタ震えていた。夏は無駄に暑苦しかったくせに。日光よ、あの頃の力はどこへ行ったんだ!「くっそ……ばあちゃんもあの力を求めて空に行っちまったのかな~」 今日は母方のばあちゃんが亡くなって二年目になる。一年目は家族そろって墓参りに来たが、二年目は特にイベントごとは無いらしく、近くに住んでいた俺が一人で参拝に来た。「こんな寒い中で孫が墓掃除してるのを見たら、ばあちゃんひっくり返るぞ」 ばあちゃんは優しかった。遊びに行ったら絶対にお小遣いをくれたし、お菓子もくれた。好きなものを母さんたちに内緒で『秘密だよ?』って言って買ってくれた。もちろん毎回バレて母さんに怒られていたけど。でもイタズラをした子供みたいに笑っているばあちゃんは楽しそうで、だから俺は毎回バレるって解っていても『うん』って頷いておもちゃを買ってもらっていた。「ばあちゃんは寒くないといいな~」 とか言いながら掃除のために冷たい水を墓にかけてる俺ってSどうなんだろう。最初に言い訳させてもらうが水道にお湯の機能はついていなかったんだ。だから勘弁してくれよ。 雑巾でサッと墓全体を拭いたら、花瓶に水を汲んでさっき売店で買った花を挿す。最後に線香に火をつけて手を合わせた。 この一年で、またいろんなことが起きた。 幸か不幸かっていうと、不幸のほうが多い。まず、俺は就職先を失敗したみたいだ。ブラックもブラック。残業代は出ないし、休日も週に一日だ。先輩はいい人だけど、その上がひどい。なんでも部下のせいにしてくるから、とうとうそのいい先輩が辞めてしまった。父さんも仕事が少しうまくいっていないらしい。給料が下がったって嘆いていた。でもボーナスはちゃんと出てた。俺の所はもちろんそんなのない。将来が心配だわ…… ポン……ポン…… でも良いこともあった。妹が大学に合格した。結構レベルの高い大学だったから俺よりは将来に期待できそうだ。だから当分今の仕事を続けるつもりだ。妹の授業料を少し出してやりたいんだ。今のうちに恩を売っといた方がいいだろうしな。 ポン……ポン…… さっきから木魚の音が聞こえてくる。どっかで納骨をしてるのかもしれない。友達が増えてよかったな。ばあちゃん、おしゃべりだったから人が多い方が嬉しいだろ? ポン……ポン…… でもお経が全然聞こえてこないな……ん? 俺は目を疑った。 まさか真横で叩いていたなんて思ってなかった。 しかも、なんか変な奴がなんか太鼓みたいな、玩具みたいな、木魚らしくない何かを叩いてる。あと、宙に浮いてるように見えるのは気のせいだろうか。(え?超人?いや、人?は?) 人……のようにも見えるが角が見える。小さな三角形の、鬼みたいな角だ。でも虎のパンツなんて履いていなくて、むしろ神様みたいな、白い布一枚でうまいこと体を覆っている。足は浮いているからか、裸足だ。「寒い……」 ついポロリと言葉が出てしまった。きっと独り言だと思ってくれるだろう。 そう期待してチラリと横目で鬼を見ると……目が合った。「……」「……」 いったいどんな反応が正解なのだろうか。大声を出すべきか?それとも気づいてないフリを続けるべきか?「おい」 このタイミングかよ。無視しよう。「諦めろ。心の声が聞こえている」「……」「訂正をしておくが、私は鬼ではなく神だ」「……」「嘘ではない。これは確かに角だが、大神様より神の位を授かっている」「……マジかよ」「大神様は神の長。最も尊きお方だ。それから、この格好はさして寒くはない」 駄々洩れじゃないか。ということは、目が合う前から気付いていたことはバレてたってことか?「そうだ」「わかった。ちゃんと声に出して言うから待ってくれ」「わかった」「えっと……あなたは神様?」「そうだ」「ばあちゃんのために来てくれたのか?」「違う」「違う?」「私は祈るもの。つまりお前のためにここにいる」「俺のため?……ど、どいう意味?」 危ない危ない。また頭の中との会話になるところだった。あれは不気味だからやってほしくない。「祈りを天に伝えるのが私の役目。祈りを音に変えて天まで運び、届ける。お前の言葉、すべて先祖まで聞こえている」「え!?ま、待ってくれよ!」「何故だ?聞いてほしいから祈ったのだろう?」「いや、聞こえてないと思ったから言えたんであって、本当に聞いてほしいわけじゃないんだって!」 あの世で孫の不幸話なんて聞きたくないに決まっているじゃないか。「そんなことはない。残した者のことを気にかけていない者はいない。皆、話を聞きたがっている」「それでも、心配とか、不安とかさせたくないから聞かせたくないんだよ……」 ばあちゃんは俺や妹のことをいつも気にかけてくれていた。死んでまでこっちのことを気にしてほしくなんかない。「それはお前の気持ちであろう。あっちは違う。知りたいと思っている。辛いことも悲しいことも知って、解りあって、助けとなりたいと思っている」 確かに、心配してほしくないっていうのは俺の気持ちだ。でも、ばあちゃんだって嬉しい話のほうが聞きたいはずだ。「違う。お前の気持ちはそうじゃない。お前がただ立派でいたいだけだ」「!?」 ……そうだ。俺は、俺がただ、ばあちゃんの中で立派な大人になったと思っていてもらいたいだけだ。でもそれの何が悪い……いいじゃないか。ばあちゃんの前でくらい、かっこよくいたって……。「皆、喜ぶ。知らなかった本当の気持ち、苦労、思いを知ることができる。祈る言葉には、見栄も意地もない。感謝、憎しみ、懺悔……本心が現れる」 確かに。本当に届いていると思っていないからこそ、本気で聞こえてるなんて思っていないからこそ、真実を言うことができる。「だから、喜ぶ。祈る者の真の心を知ることができて。生きているうちに聞きたかったと、どんな言葉であっても思っている」 だから、届けるのか?「そうだ」 なら、俺も知りたい。ばあちゃん、寂しくなかったのか?入院しているの、ずっと黙っててさ。俺たちに心配かけたくないって、黙ってて……一度も見舞いにすら行けなかった。俺、悔しかった……手ぐらい、握りたかった。 ポン……ポン…… あの時さ、残業が続いて辛くてさ、さらにばあちゃんの知らせ聞いて、すっげぇショックだった。 ポン……ポン…… ばあちゃんも今、こんな気持ちなのかな?知りたかったって思ってる? ポン……ポン…… ばあちゃん……ばあちゃん……本当はさ、甘えたかったよ。 ポン……ポン…… でもさ、今度は俺が「秘密だよ?」って言って何かプレゼントしてあげたかったんだ。 ポン……ポン…… そのために頑張ってたのに……何もできなかったじゃないか。 ポン……ポン…… ばあちゃん……大好きだよ。 ポン……ポン…… 次に顔を上げると、もう神様はいなくなっていた。 辺りはいつの間にか夕暮れになっていて、さらに冷え込んでいる。 吐く息は真っ白だ。日が高いうちに帰るつもりでいたのにな。「じゃ。また明日もがんばるね」 最後にそう言って、あの神様が浮かんでいた位置に一礼もして、俺は来た道を戻る。来年はまた家族全員で来るようにしよう。 ばあちゃんと、神様へのお供え物をもって来よう。 たくさん。本当の気持ちを伝えよう。 それから結構早い段階で嫌な上司が別部署に飛ばされたってことが起きたんだけど、まさかな……END
あけましておめでとうございます!って、もう21日……最近やっとパソコンを新調できまして、それで久しぶりに作品を作ることができました!!今年初めてのお話ですww明るい感じに終われたかなって思っています(内容は重いけど)!そして、今年の目標ですが、「月に2作品は更新する!」ですね(^^♪あと、「「勇者タケルの物語」を一区切りつける!」これも達成していきたいなって思ってます!頑張って更新するのでぜひぜひ読んでください!!感想も待ってます★今年もよろしくお願いいたします♪目指せ!2018年グッドスタートブロガー
私には変わったクラスメイトがいた。 彼はなぜか毎日ちゃんと学校に来ていた。 当たり前のことじゃないかって?まあ、普通の生徒ならそうかもしれない。でもそのクラスメイトは……「おい。なんか変な臭いしないか?」「うわっ!お前あっちいけよ!」「…………」「うわぁ~くっせぇ!」 いじめられていた。 しかも、学年中から。 理由は体臭。しょうもないでしょ?都会の満員電車に乗ったら嫌でも嗅ぐことになる臭いだ。だけど、主な交通手段が親の運転する車なド田舎中学生には馴染みのない臭いだった。「ちょっと……あっち行こう。あれの臭いがする」「うん。私、気持ち悪くなってきた」 そう言って数人の女子グループは例の子……S君から離れていく。その様子をチラリとS君が見ているのに気づかない振りをして。 とてもくだらない。くだらないから私は付き合う気はなかった。「ねえ藤堂さん、他の所に行こう」「何で?」「え?……臭わないの?」「私、鼻が鈍くてさ」 友達の笑顔が一瞬固まったが知らない。だって、体臭だよ?お父さんから似たような臭いがするのに臭いとか言っていられない。「でも、ユウリンが嫌なら場所変えようか」「う、うん!」 くだらない。だけど、全く無視するわけにはいかない。だって標的がこっちになったらもっと面倒くさいことになる。 だから私は何もしない。一緒になってワイワイする気もないけど、正義の味方を気取って友達になりたいわけでもない人を救う気もない。 『傍観者』っていうんだっけ。こういうの。結局は共犯だって、道徳で言われた。そう言われても構わない。だって私だけじゃないし。後ろ指差される事があったとしてもその他大勢の一人。名指しされるとしたら、今まさに暴力をふるっている奴らと、それを横目に見ても注意せずに通り過ぎた担任だろう。 傍観者で結構。わが身を守れるのは自分だけ。ヒエラルキーの低い私は保身に努めさせていただきます。 そうやって保身に走っていたから余計に思う。どうしてS君は学校に来るのかと。 学校に来ても臭い臭いって言われるし、先生だって助けてくれないし、話の出来る友達だっていない。でもS君は毎日学校に来ていた。 中学二年の一年間しか同じクラスじゃなかったけど、すごいなと、思っていた。今考えると、最低な感想だ。 そんな感じでいじめの標的は変わることなく一年が過ぎ、さらに一年が過ぎて卒業をした春休み。新しく買ってもらった自転車で四月から通う高校までの道を走ってみた帰りだった。 たまたま、前から犬の散歩をしていたS君を見かけた。 バカな私は自分のしたことを忘れて彼に笑顔で挨拶をした。「じゃあね!」 自転車と徒歩だ。すれ違ったのはあっという間。でも、その一瞬でも見えたもの、聞こえたものを、私は今でも忘れていない。「……じゃね」 目を見開いた驚いた顔と、布がこすれるような小さな声。 私はS君の声を初めて聴いた気がした。 さらに時は流れて、社会人三年目になって都会での仕事を辞めて地元に戻ってきた。逃げてきたともいえる。実家で半年くらいのんびりしていたあと就職した先はド田舎でもまあまあ名が知れている企業の工場だった。 そして、そこではある男がやたらと偉そうな顔をしていた。「森田課長、これはどう思いますか?」「森田課長!一緒にお昼はどうですか?」「森田課長~午後からのミーティング来てくれますよね~?」 顔は不細工ではない程度だが、二十五の若さで課長を任された有能株は未婚女性社員に大人気。まあ、そのことはどうでもいい。見ていて気持ち悪いけど吐くほどじゃない。 だけどね、その『森田課長』のことを、私はよく知っている。 二年B組。中学校の頃に同じクラスだった男子生徒の一人。「あ~それは…ここの言い回しを変えたほうが稟議には通るかもしれないね。お昼は部長たちと約束してて、また今度誘ってね。ちゃんと覚えてるよ。一時半からでしょ」 まるで欠点のないできた人間のような振る舞い。物言い。優しくて頭もいいとか言われている。 S君のことを率先して虐めていた人間がさ。 少しでも罪悪感を感じた?反省した?後悔した?自分がやったことを解ってる?解っていて、そうやって笑っていられるの? 私にはできない。 彼の驚いた顔を思い出すと、自分が人に称えられることに耐えられない。 あんたは違うの?「ねえ、どう思ってんの?」 偶然、声をかけられた。工場からの帰り道。好かれるのが当然のような笑顔で近づいてくる彼に寒気を覚えた。でも、誰もそばにいない今なら、聞いてもいいんじゃないかって思えて、私は彼の誘いに乗って喫茶店に入った。 彼も、私のことを覚えていた。意外なような、そうでもないような気がした。森田君はクラスのムードメーカー的存在だったから、クラスのみんなに、とりあえずといった感じで声をかけていた。私も内容は忘れたけど、話した記憶がある。だからこそ、彼が虐めに加担したのはクラスの方向を決めるようなものだった。 喫茶店で席に着いたとたん、彼は仕事のことで悩みがないかとか、人間関係はどうだとか、良い上司の鑑のような質問をした。 それに腹が立った私は笑顔の彼の言葉を鼻で笑って、冒頭の質問を投げかけてみた。「え?えっと……見た感じだと、仕事に支障はなさそうだとは思っているけど……」「違う。S君のこと。よく、あんなことしといて偉そうにふるまえるね」「……どういう意味だよ」 彼の顔から笑顔が消えた。怒っていると空気から感じる。私はそれがいい気味だと思うけど、小さな疑念も生まれた。どうして『怒る』のだろうって。「そのまんまの意味よ。解らないのよ。あんなことしといて、どうして笑っていられるのか。私だったら、耐えられない。そんな人間じゃない。そんな人間じゃないって。泣きたくなる」「……藤堂も、後悔してるのか?」「『も』?あんた、後悔してたの?反省してたの?」 それで笑っていたられたの?正気?「してたよ。当たり前だろう。高校に入ってからずっと」「ずっと……」 じゃあ、今も?「俺さ。中学の頃、両親が離婚したんだ。二年生の終わりにね。一年の秋ぐらいからずっと家で喧嘩しててさ、イライラしてたんだよ。うるさい!黙れ!って何度も言いたくなったけど、母さんがいつも泣くんだ。『公平は私の見方だよね?』って。そんな弱ってる母さんに怒鳴ることができなくてさ。Sのこと、代わりにしてたんだ。家で吐き出せないうっぷんを晴らすために」「……知らなかった」 彼に、森田君にも理由があったなんて考えもしなかった。いつも誰かと話して、笑顔だったから……自分が恥ずかしい。「言わなかったからさ。で、三年には離婚して、母さんと二人になって、いろいろ手続きして、母さんが立ち直ったのが、俺の高校が決まってから。良い高校に入ったんで喜んでくれてさ。それから家の中が明るくなったんだ」「じゃあ、今はお母さん、元気にしてるんだ」「ああ。一人は嫌だってことで地元に就職先も大学も縛られたけどね」 私の両親は好きにしていいって言ってくれたから、大学も県外に行けて、就職先も好きに選べた。私より、ずいぶんと森田君は苦労も我慢もしてきたんだろうな。「そんな感じでいい雰囲気になってからさ、ふとSの顔が浮かんだんだ。俺、最低だったって反省したし、後悔したんだよ。なんであんなことしたんだろうって。理由もなく巻き込んで、自分の気を紛らわせるためだけに虐めてさ。合わせる顔がないくらいに落ち込んだ」 私はどうだろう……森田君の顔を見て怒りを覚えたり、S君の顔を思い出してショックを受けたりするだけで、反省も後悔もしていない。 私だって『共犯』だったのに……森田君だけを責めていた。「だから、お前の言ったことわかるよ」「え?」「『そんな人間じゃない、そんな人間じゃない』って、俺も思ってる。でも、あの時のことを言える勇気なんてなくてさ。だったら、笑って受け止めるしかないだろ」 それ以外に何ができるんだ?そう、逆に問いかけられている気にさせる、苦しそうな顔を森田君はしていた。 私は顔が熱くなった。恥ずかしくて、虫にでもなりたい気分だ。 ちゃんと反省して、考えてきたんだろう森田君の傷を抉った。それも中身のない正義心で、勘違いも甚だしい。 私こそ、最低だ。 傍観者だから。当事者じゃないから。共犯だってわかっていたくせに、解ってなんていなかった。どこかで私は悪くないって思っていたんだ。 だから反省も、後悔も、懺悔もない。 そのくせ、一丁前に正義の味方を気取って、森田君を見下していた。「ご、ごめんなさい……」「いいよ。悪いのは俺だって解ってるし。お前も後悔してたんだろ。だから怒ってたんだろ」 そう言って向けてくれる森田君の笑顔が眩しかった。 私に都合のいい言葉に頷きそうになるのを必死に止めて、首をなんとか横に振る。「ちがう……私、後悔なんてしてなかった。してるつもりでいただけだった。森田君みたいにちゃんと受け止めてない。どっかで自分を許してた」 ごめんなさい。そう、もう一度謝ったけど、蚊の鳴くような小さな音で、余計に情けない気持ちになる。「……俺さ。Sのことがあったから、会社ではいじめが起きないようにしようって思ってるんだ」 唐突な話の切り替えに、森田君のほうに俯いていた視線を上げた。森田君は真剣な表情をしていた。「同じ気持ちなら、藤堂にも手伝ってほしい。女子同士の噂話なんかは俺には聞こえてこないからさ。なんか前兆とかあったら教えてほしいんだ」 それが、森田君の反省の形なんだろう。 ちゃんと行動ができる森田君はすごい。(便乗するみたいでいいのかな……) これは森田君の反省の形だ。私は、私の反省の形を作らないといけない。「うん。解った。連絡するね」「!藤堂!ありがとう!」 そう言って森田君は頭を下げてきた。いやいや、それは私の方よ。「私の方こそ、ありがとう。気付かせてくれて……」「いや、話せてよかった。ずっと溜めててさ……誰かに話せるって、やっぱいいよな」「そう?」「ああ。藤堂って話しやすいし」「ふ~ん……?」「ああ。なんとなくだけど」「なんとなくかい!」 自然と笑顔がこぼれた。二人で笑ったのはこれが初めてだと思う。 それから暫くこれまでの経緯とか、職場でのこととか話して、私たちは分かれた。 森田君の背中を見送って、久しぶりに晴れ晴れとした気持ちで家に帰る。 私も、何かをしなくちゃいけない。 傍観者だって当事者なんだから。 忘れたらいけない。END