乳癌全身転移 | kyupinの日記 気が向けば更新

乳癌全身転移

プロラクチン血症の項で、自分の患者さんで乳癌の人を見たことがないと書いたが、実は1名いた。2年前くらいに、往診の時に初診したその女性患者は、統合失調症と乳癌全身転移の診断を受けていた。最初、乳癌と診断され手術を受けたが、しばらく経って足の疼痛を訴え整形外科にかかったところ骨転移が判明。その後、精査すると全身転移が起こっており、もう半年くらいの余命だろうといわれた。

僕が初診で診た時、総合病院で椅子に結ばれて座っていた。なぜなら徘徊が酷く他患者に迷惑がかかるような状態であったから。これは抑制だが、精神病院内では抑制は隔離に準じるような扱いで、本人への告知やカルテ記載が必要になる。しかし、実質、内科、外科、老人保健施設、特別養護老人ホームなどでは野放しなのである。精神科病院で、このように人権にかかわる医療行為が厳しく監視されるのは当然と思う。

この患者さんを診た時、これはジプレキサが良いと漠然と思った。それまでは平凡にセレネースが処方されていたが、非定型抗精神病薬に変更する良い機会と思ったのと、ジプレキサは食欲を出すのでこういう癌の患者には良いと思ったのがある。

一般には、このような不穏状態は、リスパダール液かセレネース液が良いと思う。なぜなら、内科、外科病棟でも与えやすいし失敗も少ないから。ジプレキサは、それに対し処方してすぐ病状が悪化する可能性を秘めていて、普通は処方しにくい。

今回の場合に限れば、セレネースは既に処方されていたのと、リスパダールは血中プロラクチンを上げてしまうのが気になった。この人は乳癌なのである。ジプレキサを10mgだけ処方して、他のセレネース、アキネトン系の薬をすべて止めて翌週行ってみたら、嘘みたいに良くなっていたのであった。

その後しばらくして、うちの病院でしっかり入院加療させることにした。当初、婦長が反対した。なぜなら骨転移があるような患者は、病棟で簡単に骨折してしまうのではないか?と言う意見だった。外科の主治医に聞くと、それほど心配ないらないようであるし、あまり精神科以外の薬もないようなので転院させることになったのである。うちの病院は1~2ヶ月入院したが、全く心配はいらなかった。普通の状態に戻り徒歩で家に帰っていった。

その後、もう1年以上経つ。外科に定期的に通院しているが、あまりにも元気なので、先日、来院した時に乳癌の様子を聞いてみた。彼女によれば、検査の度にだんだん転移が消えていっているのだという。外科の先生も驚いていますと話していた。どうも、乳癌は最終的に完治するようなのである。乳癌の全身転移が広がっていた時、もう1週間の命と宣告を受けて、葬式の準備をしていたという。それから突然快方に向かったのだという。この話で、外来一同爆笑だった。

僕はこの人と以前の病院の患者さん2名とも乳癌が治るという経験をしている。なぜ、統合失調症の癌は、途中で突然やる気がなくなるのだろう。転移までしているということは、その時点までは相当に悪性だったということだ。突然、内容が変化するということだろう。

以前勤めていた病院のある子宮癌の女性は、もう20年くらい子宮癌なのであるが、実質、癌が関係なくなっている。画像的には癌が存在するがカチカチに硬くなっており活動がないようなのである。こういうのは、もう癌とは言えない。

精神科医仲間で、こんな統合失調症と癌の話になると、みな多かれ少なかれ同じような経験をしていることがわかる。その理由は、真剣に考えてはいないのだけど、「統合失調症の患者さんは、普通の人より癌だからと言って悩まないからじゃないか」くらいの結論になることが多かったような気がする。

ウルトラC的な癌の治癒が統合失調症でみられるのは、ひょっとしたら、統合失調症に関係する遺伝子に、そのような免疫的なスーパーパワーを発揮するものが秘められているのかもしれない。

そんな風に考えていくと、ひょっとしたら、統合失調症の発病遺伝子には人類にとってあるメリットがあり、自然淘汰を受けなかったのかもしれない。実際、随分昔だけど、そのようなことを言っている学者もおり、例えば「出産の際に安産であること」「病気」「ストレスに対する強さ」などがもたらされるのだと言う。

参考
高プロラクチン血症