ある時、魚座の患者さんがご自分のことを「善悪の区別がつかない」のだ、と仰ったことがあります。
もちろんその方は悪事を働いているわけではなくて、清濁併せ呑むというほどの意味で言われたのですが、事情や背景を知った上で人や物事と向き合うと、否定や断罪なんてする気にならないんだそうです。ありかも?ありだろうな、と思ってしまう。


私も魚座なので、「それを称して魚座特有の節操のなさ、とも、ぐちゃぐちゃとも言いますね」と笑いあったんですが、真面目な方、責任感の強い方、罪悪感を持ちやすい方は、この魚座的な『境界線のなさ』、別名ぐちゃぐちゃを、時折でも採用なさると良いんじゃないかと思います。特にご自分に対しては。



自分を甘やかすと際限なく「だらしがない」ことになってしまうから、厳しく律することにしている。というお話を良く聞きますが、甘やかすのと、現状を認めるのとは違います。


予定をキャンセルして、休みたい自分を認めてあげること。今朝早く起きて仕事の前にジョギングしなかった自分を責めないこと。ダメんずばかり好きになってしまう自分は「あたしって懐が深いんだな」と認めること。

反省は有意義ですが、罪悪感は時間の無駄です。

何で予定通りに外出できなかったのか?なぜ起きられなかったのか?なぜダメんずばかり好きになるのか?


それは、休みたくて、疲れて起きられなくて、男性に母性愛ばかり発揮してしまうのが今のあなただからです。(因みにこの「あなた」は実在の人物ではありません。念のため)

それ自体にはイイもワルイもありません。そういう状態だというだけです。


もし、そこに問題があるなら、または、改善したい希望があるなら、今度は対処を考えれば良いだけです。罪悪感を持っても自分を責めても、何の得もありません。


あなたは誰よりも、あなたの心の動きも身体の疲れの事情も知っているのですから、否定も断罪もせずに、まずはありかな?ありだな!現に今そうだな。というところから始めればいいんです。
もし、気づいているのに、変わりたいのに、変化や周りの反応を恐れて手を付けずにいるとしたら、そこで初めて自分を甘やかしていることになるでしょう。



患者さんにはよく、「ここ(ホリスティックケア・プアマナ)での会話は不思議」と言われます。たぶん私が魚座で境界線が曖昧で、身体を拝見した後では特に、何も否定しないからでしょう。
ただし、私のところにいらして頂いた以上は、第一段階の「今の自分を認め」、その先まで行っていただきます(笑)
自分自身を愛する、というのは、まず今の自分を認めた上でその先の成長を願い促すまでが含まれると考えていますし、その循環に乗って頂くために私は存在しているからです。


このあたりのことを理路整然とした乙女座のゆかぴゅあさんが書くと、こうなる。
常識、規制概念は誰が作るんだ>


ここまではっきり自覚を持って実践していらっしゃるのはスゴイ。曰く
「規格から外れていると思い込んでいる方のブロックを外す」「今のありのままの自分を愛おしいと思うことを積極的にお伝えしていきたい」
施術する側の意思が明確だし、能動的です。
しつこいけど、魚座は曖昧だし、積極性はないし、受動的です。(鮮やかな対比)

まあ、完全に他人のフンドシですが、ものすごく理路整然と説明すると私もこんな風な気持ちで患者さんに接していますし、患者さんご自身にも今のありのままのご自分をまずは愛おしんで認めて頂きたいと思いながら、施術中は全力で愛を注ぎ込んでいます。曖昧にしかお伝えしてないけど…



施術を終えて帰り際、患者さんが晴れ晴れとしたお顔で「『気』か何か入れてくれたでしょう?」と尋ねて下さると
「愛よ~」と答えています。全てを言語化しきれないから。
「ブロックを外し、無限の価値のあるあなたに、持てる力の全てを注ぎこんでおきましたっ」
なーんてわかりやすく説明出来ると良いんですけどね。






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