親を評価したからと言って、親を尊重していないわけではない


親の1人として言うけれど
子供たちは「親は間違っている」と思って良い
「人気職業」「為替」「気象」「雇用形態」「年金」「コミュニケーション」「電話」「寿司屋」「コンピューター」「カメラ」「小売の形態」etc.
親たちが大人になってからの20年足らずの間にもこれだけ変化しているのに、子供たちを取り巻く今後の状況に、自分たちが成長してきた過程での価値観で堂々とアドバイスしている大人がいたら、そっちの方が間違っているに決まってる。



クリアリングをしていて「親の呪縛」から逃れられないという問題に行き当たるたびに


親(の価値観)ってそんなに大切か?と思う


大切というより、まさに呪縛なのだ。
私自身それに気づくまでに長年かかった。少なく見積もっても、25年前には「毒親」「AC(アダルトチルドレン)」「インナーチャイルド」なんて言葉はなかった。言葉がないということは概念がないということだから、なんかおかしいことに気づいても「なんか」を突き止めるだけですごく遠回りしなければならなかった。


でも、今は違う
なんかおかしいと悩み続けた世代が、方法論も対処法も、キチンと抽象化して提供している。


あとは、呪いを解く決心をしさえすればいい。それが自立、親離れ。
親不孝とは全く違う。


だから、私は呪縛であることを理解した上で、あることに気づいて欲しいと切に願う


人を評価することと
人を尊重することは違う


評価したからと言って、尊重していないわけでもない

親を評価したからと言って、尊重していないわけではない


ここが曖昧だと
どっちもしない
どっちも出来ないに陥る

ここが曖昧だと
自分が会社で、社会でマイナスの評価をされた時に、自分は尊重されていないと感じてしまう

かくして、自尊心はどんどん下がって行く


評価したからって、尊重してないわけでも、親不孝なわけでも、感謝してないわけでもないから。
まず、評価して、それでもその価値観で生きて行くのかどうか、決めればいい。



親子間のギャップは、今やハッキリとした世代間のギャップになっている。
50代と20代の間にも、30代と10代の間にも、埋めようのない差がある。


ましてや50代の親が、70代の親の価値観を引きずっていたら、子供たちにとってはものすごい迷惑でしかない。


政治家は、世代間のギャップ: というかギャップを作り出す背景になっている社会の変化に本当に気づいていないか、気づかない振りをしているかのどちらか


気づいていないほうはセンスが悪過ぎるし、気づかない振りをしているほうは人品が卑し過ぎる

よって、どっちもダメ

家族が社会の最小単位、社会の縮図であるのなら、親である国家が前時代の価値観に犯されてて、現状に全くマッチしていないっていうのも当然すぎる感じだけれども。

だからって、尊重していないわけでも国民として義務を果たさないわけでもないのよ音譜


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