コミュニケーションで
私が最も重要だと思うのは無意識の動機

というのが前回の無意識の動機①



無意識の動機とは、
意識的な自己が気付いていない動機



本人がいくら否定していても、態度や言葉の端々に出ちゃう。というように現れてきます。



高校で掃除をしるとき、適当に雑巾で拭いて終わらせた私の隣で、黒板の溝まで拭いてチョークを揃えている優等生のMちゃんに感心して
「偉いねー、Mちゃんは綺麗好きなんだね」と言ったら
「やらないと、後で先生にネチネチ言われるかもしれないじゃない。それが嫌だから」
と言われてびっくりした。


Mちゃんの動機はいわば「先生に弱みを握られない」ことだった。
Mちゃんが優等生でいる動機自体が「人に弱みを握られない」ことだったのかも。


同じようにいつもチョークを置く溝まで拭いてるKちゃんは、「掃除するならここまでやらないと気持ち悪いのよ」と言っていた。


動機としてはこっちのほうが健全に思える。




人に何かをしてもらった時
「すみません」と言う?
「ありがとう」と言う?


自動的に
すみません、とか
ごめんね、とか
言ってしまうのは


常に自分が相手の行為には値しないと(考えていると)いう告白のことがある。


自分がいかに大変であるか、という事を延々とアピールしている人の動機が「認めてくれ」だというのは結構わかりやすい。


自分の仕事範囲を超えて後輩の仕事までカバーしてくれる面倒見の良い先輩の動機が「認めてくれ」である場合は、少しわかりにくい。


いずれの場合も、やっている当人は自分の動機に気付いていない事が多い。


何しろ、無意識の動機だから



それで
身体のどこかに不調が出ている。



動機に気づく事ができれば、
ごめんね、という場面でありがとうに変えていくことで、まず日常的に物事の捉え方を変えて
自分のことを認めてくれる対象を
かつて認めてもらいたかった相手から、現在身近にいる相手にうまくシフトさせる事ができると
身体の不調もいつの間にか消えてしまう


手順としては単純なのだけれど
問題は、無意識の動機が掴みにくい事



学校の先生たちも
掃除の結果は見ても
動機を見ようとはしていなかった



少なくとも
先生や上司や親は
子供や部下たちの無意識の動機を汲み上げる努力を続けないと、と思う。






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