昨日、よっちゃんとの
メッセージのやり取りをキッカケに、
自分のとんでもない大前提に気がついた真顔



それは、
不安や不足を補うだけ
不安や不足からの行動だけ



宮原眼科のパイナップルケーキ美味しかった




最近、

「置いてかれてる」と感じてはいないか?
という問いかけから始まった内観。



私は最初、
「置いてかれてる」とは感じてない
と思った。



でも、
私より私のことがわかるよっちゃんだ。



私が見て見ぬふりしてるだけで、
どこかでそう感じてる自分が
いるのかもしれない、
そう思いながらもう一度
最近の自分が感じていることを振り返った。
 


すると、不意に、
「本当にもう、私はそこに
 いられなくなってしまったんだ」
とすごく悲しくてさみしい気持ちに
なったことを思い出した。



「置いてかれてる」
という言葉ではなかったけど、
同じことだ。



そして、他にも、
「あなたもいってしまうんだね」
とすごくモヤモヤした気持ちに
なったことも思い出して、



いや、「置いてかれてる」あるわ真顔
となった。



ただ、ここまでは自分の中で
フワッと思い出しただけで、
まだ「置いてかれてる」はどこか薄くて、
でも何か込み上げてくる感情があったから、



これは一度口に出してアウトプットして、
自分の気持ちを整理してみようと、
久々にクローズのインスタアカウントで
配信を始めてみた。



私はよっちゃんの自己統合のゼミ生で、
公にはしづらい自分の気持ちなどを
むにゃむにゃアウトプットする専用
のアカウントを持ってるのだ。
(よっちゃんの活動についてはこちらを見てね)



そこでよっちゃんに
いくらか質問を投げかけてもらったり、
つまりこういうことだねって
整理してもらったりしながら、
とうとう気づいてしまった。



私の行動のベースは
「不安」や「不足」真顔

不安や不足を感じ始めたら、
それを補うために行動する

補えたかな?と思うと、
行動をやめる



真顔真顔真顔



投げかけられた質問に、
「ひとみちゃんはどうしたいのかね」
というのがあった。



私は、
「私も楽しみたい」と答えた。



それに対して、さらに
「じゃあ、楽しむために
 何か行動をしているのか」
と投げかけられて、



まずドキッとしたけど、
それは行動してない自分を
自分が責めてるだけというのは
わかっていたから、
それはそれで感じながらも、
まずは素直に「してない」と答えた。



私はこの、
「楽しみたいなら、
 自分から声をかけたり行動を起こして
 楽しんだらいい」
というアドバイスを受けて、
最初のうちは何度か
声を掛けてみたりするけど、
いつの間にかまたやらなくなってしまう、
「続かない」ということを繰り返している。



よっちゃんの
「これ、繰り返しているよね」
でまたドキッとし、
これまた繰り返してる自分を
自分が責めてるのを感じながら、
話を続けた。



どうして「続かない」のか。



それは、本当に「楽しみたい」とは
思っていないからじゃないのか?



その問いかけから、
「楽しみたい」じゃなくて、
「楽しませてほしい」なのかも…?
と思い始め、
(ちなみに、「楽しませてほしい」と思う自分も
 ダメだと思ってる)



それもあると思うけど、
まだしっくりこないところがあって、



でも、みんなが
楽しそうにしてるのを見てると、
私も「仲間に入りたい」って思うんだよなぁ、
それって「楽しみたい」だよなぁ?



ん?「仲間に入りたい」?



入ったとして、私何してる?
一緒に楽しむための行動を
(あえて言葉にすると堅いね)
私は何かしてるだろうか?
いや、してない、、



じゃあ、どうして
私は「仲間に入りたい」んだろうか?



仲間に入っていないと…
自分ひとりでは何の力もないことを
私にはパワーがないことを
求心力がないことを
痛感したくないから、、



あぁ、仲間に入っていられれば、
それを感じなくて済むからか、、



そう、安心していられるからだね、
とよっちゃんの合いの手が入る。



そこに居られたら安心、
そこに居られさえすればいい、
そこに居られなくなるかもとなると、
不安から行動する
少し行動して、
まだそこに居られそうだと思えたら、
行動をやめる、
だから、続かないね



無気力無気力無気力



これ、今回は、
よっちゃんだけじゃなくて、
周りにいる人たちのことも想像しながら、
「仲間」と思って話をしていたけど、



まんま、
「よっちゃん」個人に対して
そう思ってるねってのを
過去に見てきてるし、
(見てきてたんかい)



あれ、これ繰り返してるね真顔
って、さすがの私でも気がついた。



不安からしか行動ができない、
不足を補う行動しかできない、
マイナスをゼロに戻す行動しかできない、
ゼロからプラスにしていく行動ができない、
だから、続かない、
積極的な行動が起こせない、
生み出せない、



つまり、主体性がない真顔



よっちゃんから、
散っっっっっっっっっっ々
言われてきたこと。



なんで続かないのかまで
わかってしまった。



不安や不足を補うだけの世界

マイナスとゼロを
行ったり来たりするだけの世界



ひとつ気がついたら、
ありとあらゆることが
私の行動のすべてが、大前提が
コレであることに気がついた。



「すべて」って
大袈裟に聞こえるかもだけど、
感覚的には本当に
「すべて」なの。



この世界の中で生きるのは
とても苦しくてつらい。



いつでも、
不安や不足がないか見張っているし、
安心を脅かされながら、
恐怖を抱えながら行動をしているし、
とにかく苦しい。



私はこのアウトプットをしながら、
びーびー泣いていたけど、
何に泣いているのか
あまりよく分かっていなかった。



ただ、つらい、苦しい、
で泣いているのかと思ったけど、
もちろんそれもあるけど、
悲しいもあったなって、
いまこのブログを書くために、
アウトプットを聞き返して気がついた。



その世界に閉じ込められてる自分が
悲しいって泣いてるような。



どうして、
不安や不足からしか
行動できなくなってしまったのか、
 


この記事を書いてて、

> 自分ひとりでは何の力もないことを
> 私にはパワーがないことを
> 求心力がないことを
> 痛感したくないから、、

この辺にありそうだなと思うけど、
感覚的にはまだこれからの部分だね。