なんで豆腐屋になったの⁇Part⑧ | 大分県 中津市 ソーシャル豆腐屋 『まさしの豆腐奮闘記』 ブログ

大分県 中津市 ソーシャル豆腐屋 『まさしの豆腐奮闘記』 ブログ

SNSを活用しながらお客さんとの関係性を深めていくスタイルで手造りとうふの移動販売を大分県中津市を中心に県内外でやっています。私がお届けしたいものは、お豆腐を通じてどれだけハッピーになってもらえるかが一番大事に思っています^_−☆

『まさしの豆腐』の方がわかりやすいと言われてる三楽工房の原田です^_-☆

先日金曜日に行橋・京築地区の配達に伺いました。
毎月一度の販売ですが沢山の方々に起こしいただきました( b^ェ^)b
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さてさてシリーズも終盤です!


土産品卸の仕事を続けているうちに
ふとある疑問が生じました!

取引をしてくれるお店さんは確実に増えていくのですが増えれば増えるほどキツくなるのです。

委託販売の落し穴だったのです。

いくら大量に納品しても売れた分の手数料を引かれた額が頂けるのです。

それに対して
私は仕入れた商品は一括払い
取引先に納品はしてもお客様が購入するまでは全てが在庫品になりますし、賞味期限って言う大きな問題があるので商品ロスも背中合わせです!
このまま取引先を増やして大丈夫だろうか?
5年後の自分の姿が全く見えない!
明らかに感じたのは
この業界の自分の立ち位置では間違いなく先はない!って事だけはわかりました。

ではどうする⁇

自問自答する毎日
もちろん答えも出ないまま日常に流されていくのでした┐(´・c_・` ;)┌

そんな中
居酒屋で冷奴を注文し食べた豆腐がめちゃくちゃ不味かった!

その時、親戚のおばちゃんが作っていたマジで美味い豆腐がまた食べたくなりました。

しかし
おばちゃんはもういないので食べることはできないな~(T_T)
と残念だが仕方がないと自身に言い聞かせていたら

ふと天の声じゃないけど

設備はそのままあるから作れるかもよ‼︎
だったら
自分が作ったら食べれるじゃないか⁇

豆腐づくりの大変さを全く知らないど素人の浅はかな考えが、
もう食べれるってくいしん坊将軍の魂に火を付けたのです(笑)

『考えることに時間使うなら動いてから考えろ事件‼︎』

どんなど素人だったかと言うと
木綿とうふ絹ごし豆腐の違いは硬さの違いだと思ってたくらいでした(笑)

何度かおばさんが豆腐を作る作業を見に行ったりしたことはあったので部分部分は映像で覚えてはいましたが流れは全くわかりません。
機械のメーカーさんに使い方を習いはしたけど説明の中に私の記憶の映像がハメ込めないのです。

そこでネットで美味しい豆腐の作り方を参考にしてみようと検索してもすべて家庭で作るですからとしての作り方は当てはまらないのです。
仕方なくそんな中のいいとこ取りをしながら私の記憶と混然一体にした設計図を作りまずは試作

もちろん失敗でした(笑)

やることで見えた設計図の組立違い!
順番をパズルのパーツのように入れ替え何度か試作と失敗を繰り返すと何となくいいんじゃないか⁇ってのができるようになりました^_-☆

私が運が良かったのは
公私にわたりお世話になっていた方がたまたまおばさんの豆腐の大ファンだったのでしっかりおばさんの味を覚えてくれていたのです。
おばさんの豆腐がもう一度食べたいから自分で作り始めたのでその方に試作を何度も何度も食べてもらいました。
そんなある時
『美味いのつくって豆腐屋になったらどうか⁇』

その方からのアドバイスを素直に受け入れて色々と上手く行くようになってきていたからそれもありじゃないかな⁇
そう思いながら

久々に自画自賛しながら豆腐を食べることができました^_-☆

では販路もない豆腐をどんな方法で販売するか⁇なども考えながら土産品卸の仕事の傍ら定期的に試作をしながらその日に向けて準備が始まりました^_-☆

5年後の姿が見えなかったのが
なんとなく薄っすらですが少し方向性が見えてきたような気がしてきたのです。

『長期スパンの目標も短期スパンで課題を立てると案外とできちゃう事件‼︎』

さてさて
シリーズも次回Part⑨で完結し
新たな
シリーズに突入する予定です^_-☆

最後まで読んでいただきありがとうございました^_-☆