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マサーヤンのブログ

農ライフ、音楽、コーヒー、デザイン、縄文

私たちは誰もがこの世に生まれたばかりの赤ちゃんの頃は誰もが宇宙と繋がっているし宇宙そのものの存在であると言ってもいいと思います。ところが次第に大きくなって成長していく中で、親や周りの人達から現社会の中で善や良しとされる様々な観念を刷り込まれ、そういう社会の一つの枠組みの中で誰もが大人になっていきます。

 現在、5歳の娘と1歳の息子の子育て真っ只中ですが、毎日のふとした時に、親の思う通りに子ども達をコントロールしようとしてる自分がいることに氣がつきます。特に現在、保育園に通っている娘に対して、時間通りにご飯を食べさせて遅刻させないようにまたその他様々な場面で、親の思うように動いてもらうために「〇〇で〇〇だから〇〇しなさい」「〇〇で〇〇だから〇〇してはダメ」などと理路整然と説き伏せてみたり、飴と鞭を使い分けるような軽い脅しや脅迫的な物言いで子ども達をコントロールしようとしてる自分に氣が付きます。まあいわば無意識的に自分が親に育てられた時と同じように、いま子ども達と接しているわけです。(この辺のことは夫婦間でいろいろと話し合ったり、モンテッソーリ教育などを勉強したりして、夫婦間でいろいろ試行錯誤して今では子育ての方法もだいぶ変わっていますが)

上で紹介したのは自分の子育ての一例ですが、このように現代の社会ではとにかく何をするにしても物事を理屈や理論的に思ったり考えたりしています。このことは現代社会の中のすべての物事の前提として当たり前にあることなのですが、以前も書きましたが縄文時代にはこういった人間の思考は補助的なものだと捉えられ、子ども達への教育として今の社会のような観念教育はなかったそうです。前回の記事で紹介したように、現代社会では誰かがつくりだした枠組みの中に誰もがすっぽりと収まっていて、収まっていることすら氣付かずにその枠組みがすべてだと疑いもせず、そして人にその枠組みを押し付けて、大きな枠組みの中にさらにたくさんの小さな枠組みをつくり暮らしている状態です。

以前、人類を支配管理する存在のことを批判して自分はもう目覚めているから大丈夫だ、と思っている時期がありましたが、子育てを通じて氣づくのですが、自分も同じような手法(飴と鞭の使い分け、脅迫観念、枠組みの押し付け…)で自分の子ども達を支配管理しようとしているじゃないかと、笑。枠の中にまだまだ自分も収まっていたのです。

日本語の言霊的に「わく」という言葉を自己解析すると、わ(輪、環、和)+く(句、くくる、区切る、苦)と分析します。宇宙には区切りはないので、枠の中にいる限りはどんな方法をとっても宇宙と調和した社会、ミロクの世の実現は不可能なんだと思います。

枠の外に出るためには、わ(輪、環)の中にある中心(ゼロ)と繋がる、結局これしかないんだと思います。

ではその中心と繋がるためにはどうすればいいのか?という疑問が湧いてきますが、紹介した本の中にそのやり方は次回作で明らかにするという記述がありました。おそらく、今のこのタイミングでは、人類が真の調和社会を実現するために、今まで表に出て来なかったかつての縄文の叡智というものがあった、そのことをまずは知ることが重要なのだろうと思います。それを実際の社会に反映するやり方を知るのはもう少し先でいいのかもしれません。

この本を読んで「心は原因ではなく結果である」という視点が自分なりにはしっくり来たので、今までやってような『自分の心を見つめ、心(意識)で心(意識)をコントロールする』ということをやめました。霊性を高め人間性を磨いていくために、自分の心を常に見つめて良くない感情を自分でコントロールするということを20年近くやってきたのです。でもそういうことを辞めてみるとと逆に心が軽くなったような氣がして、「あっ、今、心が乱れているな」と感じた時には、とにかく自分のエネルギー(氣の流れ)、体感覚を整えることに焦点を当てています。そうすると、エネルギーが整うと不思議と心も整っていくのです。(まだまだ実践あるのみですが)

例えば心の中に何か問題があったとして、それを心でコントロールするのはそれは同じ次元の中でのことなのでやはり限界があり、真に解決するためには違う次元に行かないといけません。縄文以降この2、3000年間、人類は宗教や制度や法律や科学やスピリチュアルやその他いろいろな方法を使い平和で調和的な社会を実現するために歩んできました。目に見える世界のことだけですべてを解決しようと歩んできました。円が360°ならば、半円の180°だけで。けれど、今ある様々な問題を解決し真の調和社会、ミロク(36、360°)の世の実現のためには、誰の目の前にもある今までは何もないと思われていた空間(こちらが本当の目に見えない世界)に、答えがあったのだと知ることではないでしょうか。

「ま」という言葉を言霊解析で自分なりに分析すると「間、真、魔」という意味で表すことができます。よくディ〇ニー映画などで魔法という言葉が出てきますが、確かに縄文以降の2、3000年間は魔法の世界だったのかもしれません。けど、もうこれからは「まほう」と言えば「間法、真法」と表せる世界になるのではないかと。

今まで縄文についていろいろ書いてきた内容を振り返ると「縄文=善、弥生以降=悪」と捉えがちですが、それでは善悪二元論の同じ次元に留まったままです。そうではなく、人類と地球の真の霊的進化のために、やはり弥生以降の2、3000年間の時間と経験が人類に必ず必要だったのではないかと。

いや〜長々と書いて来ましたが、なんとかまとまりました。今日は2020年12月21日、冬至です。冬至という日は縄文時代には一年で一番重要だった日のようで、この日は土器や土偶などを壊し土に還す、土に還すとは無(ゼロ)と繋がる、すなわち永遠と繋がるために。新しい一年を迎えるためにつまりは一年の総デトックスです。

今年の冬至は一年どころか何千年、何万年もの長い時間の節目になるように思います。そう言ってる人もたくさんいます。とにかく自分的にはこの日までに縄文シリーズのブログ記事を書き終えることができて良かったです、笑。今思ってることを出し切りました。

最後に、紹介した本の中の縄文人の長老の言葉をご紹介して縄文シリーズの記事を終わりとします。

「宇宙は、存在という観点から見れば、それはあなた方が理解するように、無だ。しかし、命という観点からは有なのだ。物質に焦点を合わせるあなた方には、宇宙は、『無』から『有』が生じているように見えるだろう。そこでは、すべては、はかない。すべては、分離している。すべては孤独だ。その錯覚が、あなた方の物理学の基礎にある。

私はあなた方に理解可能な認識で伝えてきたが、空間(MA)というものを基準に見る我々の目には、この世界は、それとはまったく逆なのだ。

我々の目には、この世界は、空間という『実体』の上に成立しているのだ。

この子宮空間体のすべては、中心なる『0(無)』へと向かう性質をもっている。

その焦点力により、個、すなわち有限界の命は生まれるのだ。

我々にとって、存在とは、全包容的無の力だ。

そしてその力こそが、HARI(フォース)なのだ」

…前回からの続き

この本を読んで個人的に一番衝撃を受けたことは、「心は原因ではなく心もまた結果である」という視点。今までずっと目の前の現実(結果)をつくりだす原因は自らの心にあると思ってきたので、自らが望む現実や幸せを手にするために自分の心を磨くということをずっと昔からやってきました。そうやっていくつかの望みや願いは今まで歩んできた人生の中で実際の形になったし、このことは自己啓発書や精神世界でよく言われている王道中の王道の法則だと信じて疑いもしなかったです。またスピリチュアルの世界でよく言われる、一人一人が自らの魂を磨く霊性を高めていく、このことが宇宙全体の進化に寄与、貢献することだと思っていました。

ここで今回のこの「縄文についての正しい再認識」シリーズの①で書いた自分なりの歴史認識の内容を振り返ってみます。完全調和社会の縄文時代が何万年も続いたあと、宇宙の中心を離れてしまった支配的な人(存在)達が人々を支配管理する道具として宗教を広めていきましたが、これが2〜3000年前のこと。

自分は、ある特定の宗教を信じていたり信者でもない、いわゆる無宗教者です。でも目に見えるものだけしか信じない唯物論者ではないし、むしろ目に見えない世界があると強く思ってるし、世の中の宗教に関しても例えばキリスト教や仏教、神道などいろいろとありますが、それ自体の教えはそれぞれ本当に良いことを言ってると思っています。だから現在、世界中に様々あるその宗教自体を今まで否定したり疑ったりしたことはありません。

でも、自分なりの歴史認識がはっきりと見えてきた頃に少し疑問が湧いてきました。いろいろな宗教や教えが世界にはありますが、それらに共通しているのは、『誰か偉い人(存在、神)がいてその下に人々がいる。そして人々は未熟で至らなく不完全である。だから一人一人が偉い人(存在、神)の教えに従い自らの心や霊性を高め磨いていく。』という構図。

2〜3000年前にやって来た支配的な人(存在)達が、誰かが言った良い教えを利用して、人々を支配管理するための道具として宗教というものをつくったのだとしたら??

そしてその流れが現在の2020年の社会にもずっと続いているのだとしたら??

宗教を始めとして社会全体のありとあらゆる場所にそういう支配管理する枠組みが、誰もが疑いもしないまま今現在も当たり前に存在し続けているのだとしたら??

本の最後のほうで、縄文時代の長老が語る言葉と著者の内面の描写としてこう記されています。

私たちにはあたり前の法律や国境、あるいは権力も、この枠組みが発展した見えない枠組みだ。それらがなければ自身を守ることができないと私たちは考える。だが、彼らの世界には、これらがない。(中略)私たちの社会は、今や仕切りと枠組みであふれかえり、それでもさらにそれらを必要としている。ここの人々は違う。ここには、自然界との間にも仕切りが存在しない。そうだ、彼らは宇宙と同じだ。(中略)彼らの社会は、宇宙と同一なのだ…

「あなた方の世界は、国家という幻想により、争いを作り上げている。大地には仕切りは存在しない。あなたは、あなたの社会の人々がいとも簡単に社会権力に洗脳され、操られてしまうことに失望してきたはずだ。また、それをどうしたら克服できるのかを知りたいと思ってきたことを我々は知っている。その理由もすでにおわかりのはずだ」

たしかに私は今、理解している。洗脳支配の裏にあるものは枠組み心理と依存なのだ。自立力のない依存心理の個人は、コントロールされていることにさえ気付くことができないのだ。

「我々には社会的洗脳が存在しない。対立次元を超えた統一空間内では、存在による存在の支配は発生しない。中心不在の空間世界は、回転力を失ったコマ同様に外界の力に流され、またそれゆえにエゴへの依存が生まれる。

 すべての思想的支配は、本質では、中心力(フォース)の喪失から生まれる。不統一空間にあるあなた方の世界では、常に中心ならざる中心、すなわち権力なるものが生じている。正しく見える正義こそが、あなた方をその力に引き込んでいる。真理というものは、善悪二元論を超えた統一次元にしかないのだ」

…次回に続きます。

…前々回紹介した本の感想の続きです。

完全調和社会の縄文時代が何万年もの長きに渡り続いた秘密の一つに、縄文時代には住む家も集落全体も一人一人の人間も、すべてが宇宙のエネルギー構造と同じ真ん中にHI(火、陽、霊)を抱き円形に循環するトーラス構造(統一場空間)を保っていた、それが宇宙や自然、人と人、すべての万物と完全調和する方法だと理屈ではなく感覚で縄文人は分かっていたから、ということが本を読むと理解できます。

人間一人一人が一つの小さな宇宙であり中心を抱いた円形のエネルギー構造を意識して毎日を暮らすことが大切だと以前から自分も考えていたし、このブログでも「中心軸を意識して毎日をワクワク過ごす方法」と題してブログ記事を書いたこともありますが、毎日暮らす住居も集落社会全体も宇宙と同じエネルギー構造だったのか…そりぁ〜家の中にいても外に出ても宇宙の中にいるのだから、その中で暮らす人間自体も自然と整うはずだ…と衝撃を受けました。

あと、なるほどな、そうだったのかと思ったこと。それは縄文という名前の由来になった縄文土器の秘密。縄文土器には縄の紋様が記されていますが、これは土器の周りに縄を巻き付けて火で焼いていたからだそうです。なぜ巻き付けるかと言うと、土器自体が一つの子宮空間(宇宙)でありその中に食べ物を入れますが、これは以前このブログで書いたことのあるエネルギーを高める(集める)ことと通じる考え方です。自分が最近なんとなく考えていたことがここでも繋がったか…と嬉しかったです。縄文時代、縄をなうのは主に女性の仕事だったそうで、依りをかけ右回転と左回転の縄を合わせることで空間にあるエネルギーを集め土器の中の食べ物のエネルギーを高めていたのではないかと。現代の日本の社会にもこのような縄文の叡智は意味は変わってますが、でも形としてはいろいろと残っていて、御神木に巻く中連縄や神社のしめ縄もそうで、個人的推測ですが玄関先に飾るお正月のしめ縄飾りも同じことではないかと。真ん中にみかんを付けますが、これは太陽(火、霊)の象徴ではないかと。なんかいろいろなことがすべて繋がっていくので、面白いです。

あと、これも自分なりに昔から考えていたことと重なる内容が書かれてありました。それは、日本語というものが宇宙のエネルギーそのものを現す言葉だということ。いや、縄文の人達(この本の中で)がフォース言語と呼んでいる宇宙自体への共鳴から生まれる言葉(響き)が、日本語のあいうえおの中に現代でも残っていると言ったほうがいいかもしれません。

本の中で、MA、HA、HI、HIKI、HARI、HAREといったものがフォース言語として登場します。(日本語の持つ力については、自分なりの考え方をまたいつかブログに書きたいと思います)

そして最後に、この本を読んで個人的には一番衝撃を受けたことがあり、それは何かと言うと「人間の思考や心は原因ではなく、結果である。」と縄文人の長老が語っていることです。現代人は平和的な社会を築くために、人と喧嘩をしないで仲良くするために、ルールや規則や制度を作り、子どもへの躾や教育、自らの理性や心を磨いたりといろいろとやっていますが、それでも争い事や不調和な事は今も絶えません。けれど縄文時代には社会の調和を目的としたルールも規則も法律も宗教も教育も躾も心の修行も何もない、縄文人がやることは宇宙と同じ統一場空間を保つだけ。人と人、宇宙や自然との完全調和はその結果に過ぎないのだと。

人と人とのコミュニケーションに関してもひと言ふた言、軽く言葉をかわすだけで十分で、余計な会話も愛想笑いも社交辞令も必要ないそうです。なぜなら、もうすでに深いところで繋がっていることを知っているので、現代人のような、まずは孤独が前提としてある相手への無駄な詮索や自己顕示や余分なコミュニケーションは必要ないと。

個人的に過去のことを振り返ってみると、昔から特に2003年頃から、それまでのどうしようもない自分を変えるために自己啓発書やスピリチュアル系の本を読みまくり、心を磨く、魂を磨くということをやってきたつもりです。思考は現実化すると信じていたし、目の前の現実(結果)をつくりだす原因は自らの心にあると思っていたので。このことに関して本の中で長老はこう語ります。

「あなた方の世界では、愛は時に相手や自身を束縛し、自由に生きたいと求める心は、人との愛の関係を失わせる。自身の求めと周囲との関係性が矛盾し合っている。あなた方はそれを心の問題だと思っているが、我々の目には心もまた結果なのだ。その矛盾の本質は心にあるのではない。それこそが非子宮空間による枷(かせ)なのだ」

「HARI(フォース)空間が形成されない限り、存在は相対力に縛られる。心もまた相対力に縛られるのだ」

「たしかに思念は大きな力をもつ。だが、それは現象界の力だ。そのひとり歩きにより、あなた方は光を失っている。(中略)思考の分散状態は、あらゆる次元の統一性を損う。それは肉体に刻まれ、一定期間続くと、様々な分裂感情を引き起こさせるようになる。この段階では、心が心をコントロールすることが難しくなる。
あなた方はその状態が通常であるため、人間とはそのような存在であると思っている。しかし、人間とは、決してそのような存在ではないのだ」

…次回に続きます。

昔、東京に住んでいてよく本を読んでいた頃は、本屋さんに入って少しでも氣になる本があればすぐに買って読むということをしてましたが、最近では余程のことがない限り本を買うことをしなくなりました。前回紹介した本、発売されてからしばらくしてネットで紹介されてる記事を見て氣になったけど、1、2ヶ月経ってもまだ氣になるようだったら買って読もうと思っていたのですが、やはり氣になり続けていたので先月Amazonで買いました。著者のお名前と「ガイアの法則」という本の存在は以前から知ってたけど今回初めてこの著者の本を読みました。Amazonのレビューでいろんな人が書いてるように、自分にとってもこの本にいま出会えてほんとに良かったと思えた内容でした。

Amazonのレビューで「本の最後にフィクションですと書かれていてがっかりした」という意見がありますが、個人的推測ですが、フィクションですと書くことにより、より多くの人にこの内容を受け入れてもらうための著者の配慮ではないかと。もしこの内容は事実ですと言われたら、それだけで受け入れられない人がほとんどではないかと。

実際、著者が本の最初の方に…

『私は思春期の頃、自身が大きく変わる体験に出会った。詳しくは後述しようと思うが、それにより、時空を超えたとしか思えない現象を体験するようになった。見えないはずの場所や未来のビジョンが浮かび、後にそれが真実であることを知るという体験が重なるようになった。』

と書かれてあるので、また本全体を読むと2012年の冬至の頃に国内にある、とある縄文遺跡に著者が出向いてそこで実際に受け取ったビジョンを元に、この本が書かれてあるのだとわかります。

ここからは自分の感想を書きます。まず最初のほうに出てくる未来の社会の描写が具体的なイメージが出来て良かったです。争いのない平和でみんなが幸せに暮らしてる社会ってどんなんだろう?って具体的イメージを考えたことは一度や二度どころか、昔からずっと考えてきた事なので、それが今までの自分の想像を超えたイメージの描写が描かれていて、個人的にはそのことにまずグッときました。

そしてそこに住む未来の人が語った言葉…

「我々は、地球の本体から人工的絶縁物で遮断されて生活すること、および、大地から遠く離れた場所に常時就寝することが、身体にも精神にも不安定な作用をもたらす科学的事実を過去に発見した。大地は心身にとって不可欠な直接的作用をもつこと、および、その力を享受するための大地との連関には一定の条件が存在することも発見した。かつて食物や大気に原因があると思われていた多数の難病は、それ以前に大地との交流が遮断されることによる人体の不安定状態が本質にあり、そこに外的要因が結び付くことで生じていることが明らかとなった。この発見により、我々は多くの疾病を著しく減少させた。

またそれは、空間と人間との関係性の解明へと繋がり、夜の暗黒空間が、人間が本来有している自然界との本質的共鳴力に不可欠であることも明らかにさせた。一つの発見が、我々の社会の全体を変えたのである」

「また、この大地と空間の関係性の解明は、存在の本質的統一力を明らかにし、我々の社会そのもののあり方を変革させたのだ」

ここの部分だけでなく本全部を読むと氣がつくのですが、自分達が現代社会の中で暮らしていて様々な問題を解決しようと今いろいろと取り組んでいることは、果たして本当に正しいのか?と一度立ち止まって根本から検討し直すことの必要性を感じます。

Amazonで注文して届いて封を開けてから、結局何十回とこの本を読み返したんですが、こんなに一冊の本を何度も読み返すことは自分にしては珍しく、なぜかというと読み返すたびに本の中に登場する縄文時代の長老の語る言葉から縄文の叡智が滲み出てきて、毎回毎回新しい氣づきに出会うからです。

一番最初の一読目で自分が感じたことは、このブログで「宇宙は愛で出来ていた」シリーズで何度か書いてることと同じようなことをやはり縄文人は知っていたんだということが自分的には嬉しかったです。買って読む前から本のタイトルやサブタイトルから推測して、2019年の春に自分が受け取った答えと同じようなことが書いてあるのでは?と感じていたので。しかもこのことを著者は2012年の冬至にはすでに受け取っていて、本の中にも書かれてありますが、時が満ちるまではこのことを公にしてはならないと縄文時代の長老は語ります。そしてこの本が発売されたのは今年2020年の夏。自分が「宇宙は愛で出来ていた」と題して勇気を出してブログに書いたのも同じ時期だったので、大して世の中に影響力がないブログとは言え、書いた時期は正解だったと(とは言え、アクセス数もそんなにないし影響力がないから何を書いても大丈夫というわけでもないと思います。結局すべては繋がっているので)。

では何故時期が大事なのかというと、その答えは本の中の長老の言葉から理解できます。

「あなた方は今、今までにない節目にある。
 節目は、創造にも破壊にも転ぶものだ。
 それゆえに、時を超えた介入の門も節目には開かれるのだ。
 この介入が活かされるかどうかは、あなた方にかかっている。」

「あせってはならない。
 あなた方は原点に繋がる必要があるが、あなたの体験記の公表には、知識レベルの公表とは異なる意味がある。それは、我々とあなた方とを結ぶという時空の統一を意味する。この結びは、時が満たされるまでは進めてはならない。段階を経ることが必要だからだ。事をせいてはならない。
 この体験について書くべき時が来たらあなたにはそれがわかるだろう。
 それまでは、あなたの体を通し、磁力を通し、人々を育むのだ。
 社会の変革は、たった一点の空間の成立から始まる。
 その一点を確固たるものにするには時が必要だ。
 まだ時は満たされてはいない」

自分のこと振り返ってみても思うのですが、特に2011年の大震災を経てからのこの10年間、実生活でも精神の部分でも、いろいろな段階を経ていくつもの扉を開いて今やっとここまでやってきたという感覚があり、やはり2012年とか2013年などにこの本の内容に出会ったとしても、いまいち理解出来なかったし真から受け入れられなかったと思うので。今、アメリカの大統領選挙もすごい事になっていますが(世界が変わろうとしている)、やはりこの2020年後半の冬至へ向かうまでのタイミングがベストだったんだなと思いました。

…長くなったので、また次回に続きます。

37千年前、この高いエネルギーを持つ日本列島に超感覚的な人々がやって来て、36200年前の頃には宇宙と同じエネルギー構造を持つ超調和的な社会を確立した。中心に樹齢何千年というマザーツリーを抱き、集落は円形状に広がり住居自体も宇宙の構造と同じで真ん中に火があり円形の形をしている。この社会では人間の思考は補助的なものだと捉えられていて、思ったり考えたりすることよりも宇宙エネルギーをいつも体感覚で感じ人間も一つの宇宙であることが重要で、そのことが宇宙と人、自然界や万物や人と人との真の調和をもたらすことことだと知っている。なので子どもへの教育というものも現代社会のような思考を中心とした観念教育ではなく、「ひとかた」と呼ばれる踊りや儀式その他により、宇宙と調和して暮らしていく叡智を親から子へと伝承していく。

 やがて日本列島から大陸に渡る人々があらわれ、その調和的な社会はやがて世界中へと広がっていった。そんな時代が数万年もの長きに渡り続いた。そうこうしているうちに日本列島を離れ長い時を経たあと、一部の人の中で調和的社会の叡智を守り続けることが出来ずに宇宙の中心から離れてしまい、中心を離れてしまった自らのエゴを満たすために人々を支配管理する者があらわれた。調和的社会の叡智を隠蔽改竄し偶像崇拝の宗教と科学による人々への洗脳支配がその時に始まった。

 日本列島では、蝦夷、土蜘、熊襲などと呼ばれる様々な部族が程よい距離を保ちながら平和的に暮らしていたが、弥生時代と呼ばれる3千年ぐらい前に大陸からはそんな宇宙の中心を離れてしまった支配的な人達がやってきた。その人たちが農耕文化と宗教を持ち込み大和朝廷をつくり、この国を日本という国に制定した。そしてその支配管理の流れは現在の2020年へと至る。

ざざっとまとめてみましたが、これが現在の自分の中の歴史認識です。「世界の歴史はすべて日本からはじまってたの!?」って…おそらく万人に受け入れられないと思います。でもこの認識を持つと今まで自分が疑問に思い悩み考え続けて来たことがすべて辻褄が合うのです。日本列島をリヤカーで歩きながら日本各地に封印された謎解きをしながら旅をして感じてたこと(特に東北、北海道)とか、日本列島雛型論とかシュタイナーが頂点は日本ですと言ったこととか日本がなぜ日出ずる国と言われてたかとか日ユ同祖論とかキリストやモーゼのお墓が日本にあることとか。(常識や一般論より、自分がそう感じるという感覚が大事なので)

そして今まさに、かつての古代の縄文の叡智が、3000年間闇に閉ざされていた様々な真のことが光を浴びようとしていることを感じてます。自分が今年に入りこのブログに書いてるような内容に興味がある人に、ぜひ読んで欲しい本を今日はご紹介します。(上に書いた歴史認識の一部をこの本の内容を参考にさせてもらっています)

この本の内容を詳しくご紹介するための記事をまた書きますが、今日はひとまずその本のご紹介を。

0(ゼロ)フォース 1(私)が∞(超私)となる神域(ゾーン)の実在



前回のブログ記事で、昨年春に息子が産まれて来てくれたタイミングで、自分の軸はやっぱり音楽だったんだという氣付きと新しい歌の歌詞が降りてきたと書きましたが、今年に入りこのブログで何度も書いている、自分が思春期の頃から長年考えてきた「宇宙ってどうなってるの?」という根源的な問いに対する自分なりの答えが降りて来たのも、この同じタイミングでした。

二年前の冬ごろからフラワーオブライフとか神聖幾何学というものが突然氣になり始め、自分なりに調べたり神聖幾何学の立体造形を綿棒で作ったりしていたのですが、フラワーオブライフからのその流れが昨年の春の自分なりの答えの発見へと繋がっていきました。宇宙とは『中心を抱きながら円形に循環をしているエネルギー』であり、銀河系も太陽系も地球も人間も動物も植物も微生物も、すべては『中心を抱きながら円形に循環をしているエネルギー』である、という答えに。

「すべては一つである。すべては繋がっている。宇宙はすべてがフラクタル(相似形)である。すべては循環している。」という宇宙の法則と言われていることを、それまでは理屈でなんとなく理解していたのが、綿棒で立体造形を作っている時に《宇宙とは中心を抱きながら円形に循環をしているエネルギーだ》とイメージで理解することが出来たのです。

でも果たしてその答えが本当か嘘かそれを証明できるものは何もないのですが、あえて証明するとするなら、同じようなことを言ってる人がいるということと、それに氣付いた時の自分なりの感覚、思考レベルで理解したという次元を超えた魂の奥底が震えるような感覚があったから、とでも言うしかありません。

そしてすぐにでもそのことを誰かに伝えたくなってブログを書こうと思ったんですが、自分のブログに書いたからと言って特に世の中に影響力があるわけでもないのに、なぜか今は書かないほうがいいと直感的に感じその時は書きませんでした。

タイミングをみて自分の直感の声を聴いて、勇気を出しながら『宇宙は愛で出来ていた』と題してブログ記事を書いたのは今年2020年の夏のこと(そんなに世の中に影響力がないブログとは言え、このタイミングで良かったと今では思います)。

その自分なりの宇宙に対するイメージや感覚と言葉が降りてきて昨年春に「うちゅうのはな」という歌が出来ました。ライブでは何回か歌ったことのある曲でYouTubeにはアップしてないですが、現在制作中で今度発売するCDアルバムのタイトルにする予定です。

歌詞だけ先に公開します。この歌詞が平仮名なのも実は理由があって、前回のブログ記事と今回の内容はこれから書こうと思ってる「縄文」の話へと繋がっていきます。

「うちゅうのはな」

まわりてめぐる うちゅうのなかにさくたいりんのはな

まなかにある ひとつのあいすべてのひかり

一二三四五六七八九十

いまここいるひと きづくまのこと

まわるわのなか ひかるまんなか

てらすまわり つながるひかり

つながるいのち つなぐいのち

ひとふたみよいつ むななやここのと あおうえい

いわおとなりひびく ひがたつおとなりひびく

ひふうみよいずる あまのなかのいわどひらく

一二三四五六七八九十

おにもふくも おなじわのなか

まものまことも まわるわのなか

いちからわかれ ひろがりやがて

ほうわしみつる またいちへとかえる

いろかたち ひかりおとなみ はなひらき

まわりてめぐる うちゅうのなかにさくたいりんのはな

まなかにある ひとつのあいすべてのひかり

一二三四五六七八九十

昨年2019年3月のことです。その年の5月4日に二人目の子どもの出産予定日だった奥さんと一人目の娘と三人で自分の両親が現在住んでいる下関市の実家で突然暮らし始めました。

なぜ暮らし始めたのかというと、二人目の子は病院ではなく助産院で産みたくて山口県内では山口市のほうに唯一の助産院があり、現在住んでいる長門市の向津具半島の家からだと高速に乗って車で片道1時間半の距離で、その頃2週間に1回妊婦検診のため山口市に通っていたのですが、出産予定日の約2ヶ月前の3月中旬の検診で切迫早産の可能性があることが分かり、入院をするか設備の揃った大病院近くの家で安静にするかの選択を迫られ、それで大病院が近くにある下関の実家でしばらく暮らすことにしたからなんです。

奥さんは絶対安静でずっと布団に横たわっていないといけないし、お腹の張りが強くなり産気が発生したらすぐに車に乗せて病院に連れて行かないといけないし、車の運転が出来る人間は自分しかいないので、自分も強制的に実家にずっとステイしていなければならない状態になりました。向津具の家にステイするのならば畑仕事や山仕事などやることはたくさんあるし時間を持て余すこともないんですが、下関の実家は町中にあり周りは民家で畑仕事も山仕事も出来る環境ではなく、家族全員の三食を作ることと娘の子守りをすること以外は特にやることもなく時間がたくさんある状況でした。まさに世の中でコロナが起きる前年から一足先にステイホーム体験をすることが出来たのです。

きっと今年コロナでステイホーム中に同じような境遇になった人がたくさんいるのかもしれませんが、自分もそのステイホームの時間はゆっくりと考え事や自分の内とじっくり向き合う時間になりまして、その時に「自分はいったい…何がしたかったんだっけ?」と自分の内を改めてゆっくりと見つめ直してみたんです。

マサーヤンのプロフィールページにも書いてますが、20歳の時にアコースティックギターを手にしてからすぐにオリジナルソングが出来て(自分には才能があると勘違いして?)大学卒業後プロを目指し東京に上京してアルバイトをしながら音楽活動をずっとやってた20代。その後30歳を境にアルバイト生活から脱却するためにフリーランスの自営業者として独立しました(自分の手で飯をきちんと食べられるようになるまでも紆余曲折はありましたが)。

音楽でメジャーレコード会社と契約しようとプロを目指したけど現実の壁に打ち当たりプロにはなれなくて挫折を味わった20代。でも自分の作った歌をどうしてもCDという形にしたくて37歳の時に念願のオリジナルCDを自費で製作しました(CDタイトルはNou life music”農ライフミュージック”)。そうすると今度はその歌をいろんな人に届けたくなってCDをリアカーに積み込み東京から沖縄まで旅をしたのが2009年。

今の世の中でポピュラーミュージックと呼ばれるものは主に西洋音楽をベースにしたものがほとんどで、もちろん自分がやってる音楽もその範疇に含まれるのですが、そこには楽譜という一つの正解があります。いわゆる上手いか下手か、楽譜通りに歌えているか演奏できているか、それは世界中の誰でもがジャッジができる世界です。そういう意味で言うと、子どもの頃からピアノを習っていたわけでもなく、学校の音楽の成績が特に良かったわけでもなく、音楽関係の部活をやっていたわけでもなかった自分には音楽的な才能はないと思ってたんです。

だからプロを目指し音楽活動をやってた20代の頃、レコード会社にデモテープを送ったりオーディションに応募したりする中で、自分でも薄々氣づいているわけですが、やはり周りの人やいろんな人から現実的な厳しい意見を言われるんです。

でも、なぜなのか分からないけど、自分で歌を作りその歌を自分で歌うことが昔からずっとやりたくて、そんな自分の心の奥底にある氣持ちから目を背けること、裏切ることができなくて、今までずっと音楽をやり続けて来たというわけです。

そして昨年の自分の内を見つめ直していたステイホーム期間の間に、時間がたくさんあるものだから久しぶりにオリジナル曲を書いてみようと思い立ったんです。奥さんが出産予定だった下関の総合病院の待合室でボーっと窓の外の景色を眺めながら、これから産まれてくる子どものことと、自分が昔からやりたかったことと、新しい曲のことをずっと考えていました。そのときに降りて来たんです。新しい曲の歌詞と、なぜ自分が音楽的才能はないと氣付きながらも昔から音楽をやり続けてきたのか、その本当の理由が。

今年に入りブログを久々に再開しいろいろと書いてますが、「人生とは?宇宙とは?この世の真実とは?」そういう根源的なことを思春期の頃から考えることが好きで、今ではそれは半分趣味みたいなものだと思っていると書いたことがありますが、それが正に今回の人生の自分の中心を貫くことだと氣づいたんです(なぜ根源的なことが知りたいのか、それを突き詰めるともっと深いところに行き着きますが、その話はまたおいおい)。

答えの分からない根源的なことを考え悩み続け、いろいろな人生経験を重ねたある日にふとその答えに氣付く、そんな瞬間が今までの人生の中で何度かありました。その瞬間の興奮と感動を味わいたくて今まで生きてきた節があります。そして次にはその自分なりの氣付きを誰かに伝えたくなります。自分にとってはその伝える手段、道具として、音楽というものがあったんだと氣づいたんです。伝える手段は音楽だけじゃなく、文章でもいいしアートでもいいし映像でもいいし講演でもいいし何でもいいいんですが、自分の場合は自分で作った歌に言霊をのせて自分の声で歌う、これが長い間、音楽をやり続けてきた理由だったのかとやっと氣づくことが出来たんです。

ただ昔の若い頃は、自分の中にある満たしきれない心の隙間があったので、それを埋めるために有名になりたいとか、すごい人だと思われたいとか、自分の歌で人を変えようとか思っていたところもあるのですが、自分の作った歌を歌うと言っても、あくまでも自分なりの氣付きを周りの人にシェアするというスタンスです(ブログも一緒)。

初めてアコースティックギターを手にした20歳の頃、プロを目指して音楽活動をやり始めた頃、普通は音楽でプロを目指そうとするなら、まず楽器の練習や歌の練習など音楽の技術を高めることをやると思いますが、自分の場合は音楽でプロを目指そうと思った直後に詩集や文学書や哲学書を読み始めることをしました。そんなんだから、いつまで経ってもギターも歌も上手くなりません、笑。自分が好きだったアーティストは歌詞の世界が深い人達ばかりで、どんなに演奏力が凄くてもメロディーがどんなに素晴らしくても、歌詞の世界が深くないアーティストは自分は好きになれなかったんです。音楽でプロになろうと思ったのになぜ自分は本を読み始めたのか、そんなところにも理由があると思います。

昨年、息子が産まれるタイミングでやっぱり自分の軸は音楽だったんだと氣づき(音楽だけれど厳密には音楽ではない)、そうすると今までどうして世の中は世間は自分の音楽を認めてくれないんだろうと不満があったし、やっぱり才能がないんだなと、半分ふて腐れていたのですが、昨年からは今までは100%認められていなかった自分の音楽が大好きになりまして、相変わらず技術的には上手いとは思えないけど、長年やってる間に音楽として人に伝えるための最低限の音楽的技術はそこそこ付いてきてるじゃないか、と自分でも思えるようになったし、まあようするに長い年月を経てようやく自分で自分を認められるようになったんです。今なら自信を持って言えます『自分が自分の音楽の一番のファンです。』と、笑。

今回のブログ記事で、「自分の軸が何だったのかが分かった話」として長年音楽とはこうあるべきだと自分で自分を縛りつけていた自分の例を持ち出して書かせてもらったのは、もしこのブログを読まれてる方で、世の中の常識やこうあるべきという観念に縛られて自分を見失っている人がいるのならば、何かの参考になればと思い書かせてもらいました。

今から約6年半前、2014年3月に当時自分がリアカーで日本一周の旅をしていた時、熊野古道のある紀伊半島南部の地、熊野でメイドイン熊野の衣食住量り売りのお店「木花堂」をやっていた女性と出逢い(出逢った場所は日本最古の神社と言われている花の窟“はなのいわや”神社の前で、社殿はなく大きな巨岩が御神体でイザナミノミコトのお墓と言われている神社)、出逢ってから一週間後に即結婚することになった女性が現在の奥さんのサキエちゃんです。《現在、マサーヤン&サキエという音楽ユニットやってます。→YouTubeチャンネル

この出逢ってから一週間というまさに電撃婚ですが、まるでマンガかドラマのようなことが実際に起こるんだなと当の自分達でもびっくり仰天する出来事だったんですが、お店のお客さんや友達やリアルで会ってる人には詳しい話はするんですが、ブログなどの公の場で結婚に至る出逢いのことを書いたのは実は初めてかもしれません。

出逢ってから結婚を決めるまでのお互いのそこに至るまでのいろんな伏線のストーリーがあって、大嵐が起きたり携帯電話が壊れたりと結婚を決めるまでは旅を先に進めることが全然できなくて(結婚を決めたら先に進めた)、この時の出来事は自分達の意思だけではなく何かの大いなる力が働いたとしか思えなくて、自分で言うのもなんですがこの時の出来事を一冊の本か映画かドラマにするならば、とても面白い物語になるのではないかと(笑)。

まあその出逢いの詳しいストーリーはいつか氣が向いたら何かにまとめることがあるかもしれませんが、とにかく結婚してから約三年間は熊野の地で暮らしていました(奥さんは神奈川出身。お父さんとお祖父さんの故郷が熊野で、お祖父さんの熊野の家で13年間暮らしていた)。

そして熊野と言えば感受性の強い敏感な人なら訪れると分かるその土地の持つパワー。実際パワースポットと呼ばれる磐座や巨木があちこちにたくさんあり、そこまで敏感ではない自分でもそのエネルギーをいつも感じていました。

なんて言うか、古代からの縄文エネルギーをとても感じるのです。その頃から『縄文』というキーワードが自分の中にはずっとありまして。

奥さんと出逢ったのは花の窟神社ですが、同じく社殿のないこれまた巨大な磐座が御神体の丹倉(あかくら)神社という神社が熊野市の山奥にあり(ここで結婚式を挙げました)、この神社が自分達の出逢いから結婚に至るまでの鍵となる重要な場所であり、今でも自分達の心の奥底にはいつもある場所です。

まあとにかく熊野と言えば『縄文』というように、実際、熊野に住んでいる人の間では縄文時代にその土地を治めていたという女性「丹敷戸畔(ニシキトベ)」さんの話が知られており(日本書紀の中では神武天皇の東征の折に殺されてしまう)、先日なんだか氣になって「ニシキトベ」というキーワードで検索をしてみました(ずっと特定の一人物の名前を指すのだと思ってましたが実は30歳以上の子育て経験のある女性がつく役職の名なんだそうで)、そうすると3年前の2017年に『ニシキトベの復活』という本がナチュラルスピリット社から出版されていることを知り、今までは熊野に住むごく一部の人の間でしか知られていなかったニシキトベさんでしたが、今まで隠されていた封印されてきた『縄文』の世界がいよいよと表舞台へと出て来ているのだなということを実感しました。

前々回のブログ記事でご紹介した澤野さんの情報でも言われてましたが、いよいよこれから新しい時代、新しい世界が開けていくにあたり、今までの間違っていた私たち達の『縄文』というものについての正しい再認識がこれから不可欠なのではないかと感じています。

『縄文』について自分の思うことを書き始めようとしたら、結婚の話まで持ち出し前置きが長くなってしまったので、続きはまた次回に。

昨日のブログで書いた自分の中の盲点の話ですが、それは何だったのかをずばり言います。

むかしから本当の事、この世界の真実を知りたかったので、何事も誰の言うことも既存の権威や組織の言うことも完全には鵜呑みにせず、自分の中にある固定概念を一個一個検証して、自分なりの答えを探して今まで生きて来たのは前回お話ししたとおりです。

例えば政治経済、マスメディア、学校教育、ビジネスの世界、衣食住に関して、農業、医療や病気について…などなど様々な分野について。が、一つだけ疑わなかった分野がありました。それはスピリチュアルの世界のことでした。2003年頃からそういう系の本もたくさん読み勉強して来ました。三次元の目に見える世界だけじゃなく目に見えない世界のことを考えるのも大好きなので。ここが自分の中の盲点だったのです。もちろんスピリチュアルの世界で言われてることをすべて信じて鵜呑みにしてた訳じゃありませんが、自分の概念を検証するという作業を他の分野に比べて怠っていることに氣づいたんです。

もしこの世界を支配管理しようとしてる人(存在)が、このスピリチュアルの世界にも仕掛けを施していたのなら?

スピリチュアルの世界で目指すこと、重要視されてることは、人間の目覚めです。が、人間の目覚めを促し本当のことが書かれていたり説かれてはいるけれど、最後の最後に結局、依存させられてしまうという仕組みが施されているとしたら??

95%は本当のことで5%は嘘が混じっていたらほとんどの人は氣付きませんよね、笑。

だから結局大事なのは、一人一人が本当か嘘か5%の嘘を見極める目を持つこと。このブログで何度も書いてますが、そのためには自分の中心軸をしっかり持っておくこと、中心軸と繋がっておくこと。自分の頭でよく考え勉強して最終的には自分の感覚、直感を信じることなんだろうなだと思います。誰しもの心の中心にある万物創造の意識、真の自分、ハイヤーセルフ、はすべての答えを知っていますから。

で、そんなスピリチュアルの分野で自分の中の固定概念をよく検証してみました。そうすると今年に入って書いたブログ記事で述べた自分の考えをいくつか訂正しなくてはと思いました。

地球が優良星、この世界がミロクの世になるためには、ハードランディングになるにせよソフトランディングになるにせよ自然災害、経済崩壊、食糧危機などの荒事が絶対に避けらけないだろうと思っていました。いろんな本に書かれているしいろんな人が言ってるので。が、人間一人一人の心の中心には万物創造の意識がありその意識と一人一人が繋がるのならば、荒事はあえて起きる必要、体験する必要はないじゃないか、、と思ったんです。

あと、別の記事でこの世界からお金がなくなると書いたことも訂正したくなりました。今の世の中では恐怖や不安の代償、穴埋めの存在としてお金が存在することを否めません。が、実は不安や恐れ不足はなくすべてが満たされていたとみんなが氣付き、お金というものが愛のエネルギー循環が目に見える形として存在するのならば、お金がなくなる必要はないんじゃないかと。これからも愛のエネルギー循環はなくなることはないし、もしろそれは宇宙そのものです。

結局、一人一人がどんな世界で生きるのかを今の意識で選択出来るんだろうと思います。並行宇宙、マルチユニバースですね。100人いれば100通りの宇宙、70億人いれば70億通りの宇宙が。

そういう訳で、自分は荒事を経験する必要のないミロクの世界を今、選択しました。

自分の青春時代に愛聴し今だに色褪せることないブルーハーツの名曲「情熱の薔薇」の曲の一部にこんな歌詞があります。

見てきたものや聞いたこと
今まで覚えた全部
でたらめだったら面白い
そんな氣持ち分かるでしょう?

2020年という今の時代だからこそ、この歌詞が胸に響いて来るのは自分だけでしょうか。人は自分が信じているものを信じたい性質があるので、自分の信じているものを人に否定されると場合によっては怒りだすか、否定して来た人を批判し返して喧嘩になります。

でもその自分が信じて疑いもしない当たり前のことが実は誰かにでっちあげられた嘘でデタラメだったとしたら?

真実の扉を開くことなく嘘やデタラメを信じたまま人間は一生涯を終えてしまいます。

自分はそんなことは嫌だから、本当の事が知りたいから、高校生の頃から数えてもう30数年「この世界の真実は?人生とは?宇宙とは?」そういう根源的なことについて考え続けてきました。10代20代の頃は真剣に悩んでいましたが、40代ともなると自分はこういうことを考えるのが好きなんだと氣付き、いまは趣味のようなものだと思ってます、笑。

だから自分が頭の中で信じて疑わないような事柄を一個一個実体験と知識と直感を交えながら検証し、間違っていると思うならば潔くその考えを捨て去ることをして来ました。そんな頭の柔らかさや柔軟性をとても重要視してきました。

だから「ああそうだったのか〜とか、ああこういうことかも!」という氣づきを得て、自分の中にある閉ざされた扉を今までの人生の中でいくつも開けてきたつもりです(この氣づきを得られた瞬間が快感なんですよ、笑)。

時代がそういうタイミングなのか、昨年春に息子が誕生した頃から今年に入ってコロナが起きそして最近でもそんなことがとても頻繁に起こってます。

そんな自分なんですが先日「ああ〜この扉、疑ったことがなかったなぁ。。」という自分の中の盲点に氣づく情報と出会いまして、それは歴史認識から生まれる盲点した。

歴史は(戦争の)勝者がつくると言いますが、自分たちがむかし学校で教わった日本や世界の歴史、自分もそれは基本的には嘘だと思っていて、実際のところ本当のところどうなっているんだろうと興味があってむかしからよく考えて来た分野の一つです。

その自分の中の盲点に氣づく情報と出会い、今まで点と点だったものが線で繋がった感覚がありました。縄文から弥生、大和へ至る歴史の流れとか、古代イスラエルの失われた10子族のこととか、明治維新から第二次世界大戦、戦後のいくつかの事件のこととか。こういう情報に初めて触れる人にとってはチンプンカンプン、トンデモ話だと思う人が多いかも知れません。

でも自分的にはたくさんの本を読んだりこういうことはむかしからずっとずっと考えて来たことなので、とても腑に落ちたのでした。自分の盲点に氣づきその後考えがどう変わったのかはさておき今日はその情報のリンクを張っておきます。

Blog – intuition – 澤野大樹さん公式サイト

澤野さんの青森講演会を主催されてる方のブログ。澤野さんが講演等で述べられてる内容を詳しくご紹介されています↓
宇宙の中心で愛を叫ぶ。