気づきのレッスンへのご感想をいただきました。
ありがとうございます♪
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先日は気づきのレッスンでありがとうございました^^
遅くなりましたが、感想を送らせて頂きたいな~と思ってメールしてます。
「うらやましい」というテーマ、申し込んだときはタイムリーだったのですが
レッスンまでに本音に気がついて昇華していたので、あまり旬じゃなかったんです。
でも、不思議と当日、どうしても行かなくちゃ、行きたいという気になっていて
これは何かの気づきがあるのかなぁって楽しみにしていたら
テーマは「妹」でした~。
前説でお話していた妹への感情に「あれ?」と違和感を感じ、
真純さんが説明している時にふとした言葉
「妹より幸せになっちゃいけない」(でしたっけ・・?)
がど真ん中で。。。>_<
母に愛される価値がないと思い込んでいた子供の私が
何より大事に大好きに思っていた妹のことを
母がふと「あの子はあなたと違って、かわいそうだから」
と言った言葉がショックだったのを思い出したんです。
私の大好きな妹が、私と比べられることで幸せだと思われないなら
私は不幸で居続ける方がいい
って、そんなことを小学生のときに思ってしまったのを思い出しました。
そういえば、私が成果を出してしまうことで
妹が比べられて落ち込んでしまうのを見て心が痛み、
妹の褒められるところである
・愛嬌がいい
・見た目が可愛い
・甘え上手
・笑顔が多い
という点、これを全部家族の前や人前では出さないようにしてしまった私。
思い出したら、私がかわいそうすぎて。
私はいつもニコニコしていた可愛らしい赤ちゃんだったそうで
妹が生まれる前まで親戚に
「この子はべっぴんさんやね~」
「ほんまに可愛らしいわ~」
と言う言葉をしょっちゅうもらっていた記憶まであるのに。
いつも不機嫌な私、いつも具合の悪い私、いつも笑わない私
そっちの方が当たり前になってました。
そんなことを思い出したまま、
気づきのレッスンの帰りに「マレフィセント」を観にいったら、こちらもまたど真ん中で。
愛する人に愛されなかった、と思い込んでしまったマレフィセントの怒りが
自分の母に対する怒りと重なったり、
子供のころの失ったマレフィセントを、そのまま持って生まれた眠り姫を前に
愛がほどけていったり、
そういうストーリーを観ながら、自分の心も癒されていきました。
あー、私は母のことも妹のことも昔から大好きで大好きで大好きだったんだなー。
愛されてないって思い込んでしまったなー。
幸せになりたくないって思っちゃったんだなー。
妹の可愛らしさは、捨ててしまった私自身なんだなー。
と、真純さんのレッスンをきっかけにたくさんのことに気がつけました。
今回のご縁はこれだったんだなぁ、と思いました^^
「もう幸せになってもいい」をしばらくつぶやこうと思います。
たくさんたくさんつぶやこうと思います♡
また、遊びに行きます~。
ありがとうございました(*^^*)
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私が私の素晴らしさを出すと、大切な誰かを不幸にする。
これ、本当に辛いですよね。
私もずーーっとそう思ってきたのでわかります。
そのくらい自分の素晴らしさを出すのって、実はものすごく怖いものなんです。
そこそこな自分がちょうどいいみたいな。
でも、それって実は自分が作り出した思い込みなことが多い。
だから、ある瞬間に、その思い込みが自分の勘違いだったとわかると、
なあ~んだ私♪自分の素晴らしさを出してもいいんだ~と大爆笑が起こるのです(笑)
そう、私たちはいろいろな思い込みで、
自分には出来ない。
自分にはそんな価値なんてない。
と、ないないないという証拠を見つけて、自分の素晴らしさをなかったことにしてしまう。
自分はそんなものだと決めてしまう。
そして自分に制限をかけてしまうのです。
なんともったいない。
で、自分で自分を縛っているのに、
誰かのせいで、自分はうまくいかないとのたまう。。。( ̄▽ ̄)
はい、ちょっと前のわたくしです(笑)
でも、いろいろな問題を通して、その制限をかけているのは自分だったと気づいた時、
景色って変わるんです。
私は、私らしくしていいんだ。
私は、このままで愛されてたんだ。
そう、何かをプラスしなくても、何かをマイナスにしなくても、
私たちは無条件に愛されてる。
だから、
もう、幸せになってもいい~。
自分の素晴らしさを全開で出してもいい~。
自分で自分のこと縛っちゃいやーよ♪
あなたは自分が思っているより、ず―――――っと素晴らしいんだから。
出し惜しみしたらあきまへん~(*'▽')