☆精子のDNAダメージと染色体異常の関係 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

精液検査では、精液量の確認と、顕微鏡で精子の数(濃度)、運動率、奇形率を調べているだけにすぎません。実際に精子の遺伝子や染色体がどうなっているかは、通常の顕微鏡検査ではわからないわけです。本論文は、精子のDNAダメージと染色体異常がリンクしていることを示しています。

Hum Reprod 2013; 28: 1707(英国)
要約:45名の不妊男性と40名の正常男性(お子さんがいる方)から精液を採取し、精子のDNAダメージと染色体を検査しました。DNAダメージは、SCDt(精子クロマチン分散試験)にてDNAフラグメンテーション・インデックス(SDFI)DNA変性インデックス(SDDI)を調べ、染色体はFISH法(染色体:13, 16, 18, 21, 22, X, Y)を用いて検査しました。染色体異常の有無で精子の所見を比較したところ、2群間で精子数、運動率、奇形率に有意差を認めませんでしたが、DNAダメージは染色体異常群で有意に高くなっており、染色体異常を持つ精子ではDNAダメージが73~80%と高率に認められました。逆に、DNAダメージの有無で精子の所見を比較したところ、DNAダメージ群では染色体異常が有意に高くなっていました。なお、以上の現象は、不妊男性も正常男性のどちらでも認められました。

解説:通常の精液検査では、極めて限定的な情報しか得られません。本論文は、DNAダメージ検査を行うことによって新たに得られる情報がより有用な情報になり得ることを示しています。

WHOの精液所見の基準値が、正常値であるかのように誤解されているように思いますが、妊娠できる正常値を意味していません。正確にいうと、過去1年以内にパートナーが妊娠した男性の精液検査を後日行い、下から5%の方の数値(5パーセンタイル)を示したものです。一般集団(妊娠できるかどうか明らかではない集団)で精液検査をした場合には、この5パーセンタイルの数値より若干低下しますが、ほとんど重なっています。つまり、ある精液検査の結果が出た場合に、妊娠する方も妊娠しない方もいることになります。すなわち、WHOの基準は、妊娠できるかどうかを予測する基準値ではありません。ですから、基準値より上まわっているから俺は大丈夫ということにはなりません。世界各国で毎年精子の状態は悪化しています。WHOの基準は妊娠できる「正常」の範囲ではなく、大雑把な目安を示したものです。WHOの精液所見の基準はその程度の意味しか持たないものです。

精液検査WHO基準
1999年 

精液量 2.0ml以上

精子濃度 1ml中に2000万個以上

精子運動率 50%以上

正常形態精子 30%以上

2010年

精液量 1.5ml以上

精子濃度 1ml中に1500万個以上

精子運動率 40%以上

正常形態精子 4%以上


自然妊娠の基準値は、2012.11.01「精子濃度と妊娠率」で示したように、精子濃度4000万/mLが目安であり、正常形態精子率(あるいは奇形率)も重要です。