メイセイオペラがフェブラリーステークスを制した1999年。
私は当時、中央競馬と地方競馬の違いを、まったく理解していませんでした。だから「岩手に競馬場があるんだな」と思ったくらいで、ちっともわかっていませんでした。
偉業の意味を知ったのは、ずっとあとのことです。
 

(撮影:森内智也さん)
 
地方の馬が初めて中央GIを勝つ興奮を味わいたかったなあ。私もイサオコールをしたかったなあ……と思いながら各地をめぐり、「いつかメイセイオペラのような馬を追いかけたい!」という願望を抱いて、馬券を買ったり取材したりしていました。
だけどオペラの功績がまぶしくて。
追いかけても追いかけても届かない、遠い存在でした。
 
2011年3月11日。東日本大震災が起こりました。
四国にいた私は、ただ呆然とテレビを見ていました。
 
地震発生から3週間後の4月3日。韓国から知らせが届きました。
釜山競馬場で、ミスターピンクこと内田利雄騎手が、ソスルッテムンという馬に騎乗して、韓国版皐月賞(KRAカップマイル)を制したというのです。
 

(撮影:KAR韓国馬事会)
 
ソスルッテムンはメイセイオペラの韓国における初年度産駒です。
東北が悲しみに包まれている今このとき、メイセイオペラの息子が、岩手で何度も短期騎乗した内田騎手を背に、韓国で初めて重賞を勝った……。
 
「韓国で初めて重賞を勝つことができました。感無量です。メイセイオペラの子供で勝てたことが、なにより嬉しい。厳しい調教に耐えてくれた馬に、感謝しています。岩手競馬のみなさんに、よろしくお伝えください」(内田騎手)
 
オペラが自分によく似た息子の背中を押して、東北の人々にエールを送ったような気がしてなりませんでした。
オペラ産駒の快挙を岩手の人に、東北の人に伝えようとすることで、無力感で身動きが取れなくなっていた私は、ずいぶん救われました。
 
 
2014年の春、菅原勲調教師と、韓国・済州島のプルン牧場を訪ねました。
すぐに心を通わせて、鼻面と頭をくっつけてじゃれあうふたり。
「元気に過ごしているオペラに会えて、本当に嬉しい。自分も元気をもらいました」
勲さんはそう言って、8年ぶりの再会を喜びました。
 

ソンス牧場にて(撮影:木村良明さん)
 
昨年7月、韓国の利川市にあるソンス牧場で、メイセイオペラは天に召されました。
2年前は、あんなに元気だったのに。
最後は日本でのんびり余生を送ってほしいという想いを、多くの人が抱いていたのに。
 
やりきれない気持ちで盛岡競馬場へ足を運ぶと、献花台にあふれるほどの花束が手向けられています。
遺髪を見つめて涙ぐむ人がいます。
オペラのレースVTRが流れるテレビの前に、人だかりができています。
みんな瞳を輝かせて、オペラの思い出を語っています。
 
秋田県のテレトラック横手で、トークショーに出演したときのこと。
トークが終わって馬券師たちとワイワイしていると、小柄なおじいさんが、そっと馬券を差し出しました。
万馬券でも当てたのかな? と思ってよく見ると、それは色あせたメイセイオペラの単勝馬券でした。

オペラはどれほどたくさんの人達に、夢や希望を与えてきたのでしょうか。
 
岩手競馬が存続の危機を乗り越えつつあるのは、メイセイオペラのおかげです。
私はそう思っています。
「メイセイオペラを送り出した岩手競馬を失うわけにはいかない」という想いを多くの人が持っているからこそ、ピンチの度にあちこちから救いの手が差し伸べられたのではないでしょうか。
 
 
昨年11月、ダービーグランプリデーの水沢競馬場で行われたお宝オークション。
勲さんが騎手時代に使用していたステッキを落札していただいたのは、中学生の娘さんを連れたお父さんでした。乗馬を習っている娘さんの「ほしい!」という願いに応えるために、頑張って競り合ったのだそうです。
「今日は娘の誕生日なんです」
親子はステッキを受け取り、とびきりの笑顔を浮かべて、家路につきました。
 
メイセイオペラの追悼特集を何気なく手に取った若者が、「こんなに凄い馬がいたんだ……」と呟いて、ポストカードを買っていきました。
小学生の男の子が、メイセイオペラのレース映像を、じっと見つめていました。
名馬の力を、競馬を語り継ぐ意味を、私はメイセイオペラに教わりました。
 

(撮影:森内智也さん)
 
楽天競馬の小原清治さんは、建立委員会が発足するとき、「やるなら徹底してやった方がよいです。色々な方の想いが詰まった名馬ですから」と、協力を快諾してくださいました。
そして全面的にバックアップ、というより、ブルドーザーのように引っ張っていただきました。
 
小原さんは記念碑の建立計画を聞いて、こう思ったそうです。
「震災で大切なものを失った方々に、メイセイオペラの記念碑を見てもらいたい」
東北の沿岸部には、競馬を愛する人、オペラを愛する人がたくさんいます。
それまで“誰か”を具体的に想定していなかった私は、小原さんの想いを知ってハッとしました。
 
7月1日(土)の除幕セレモニーで、メイセイオペラのたてがみが記念碑におさめられたとき。
みんなの想いが詰まった記念碑が、完成します。
メイセイオペラ記念碑除幕セレモニー」まで、あと2日!
(事務局・井上)