『僕は紳士なんだからあ』 | 朔太郎のエッセイだったり短編

朔太郎のエッセイだったり短編

「今さらブログのようなものを始めたのはいいんだけどね」
と言って、コーヒーをひとくち飲んだのは良いが
熱くて噴いた。



「嫌がることなんてするわけないだろ、僕は紳士なんだから」というような内容で話す声が聞こえてきた。薄く目を開けると、どうやら隣りに座っている男性が連れ合いの女性と話している声のようだった。何か、もうその言葉しか聞いていないけれど何の話してるか丸分かりだなと思った。
   『紳士』というのは正確には“社会的地位の高い男性のこと”なんだけど、何処からどう見てもただの学生が、一丁前に『紳士』になって女性を口説いているのだ。連れの女性も女性だ、「ほんとにコーヒー飲むだけよ?」じゃないよ(そんなわけないだろ)。
   とは言っても、おそらくこれは有史から続くマニュアル化しても良いくらいの男女間のやり取りだ。お互い分かってはいるけれど、建前上言葉の裏に本音を隠すしかないのである。さすがに「さ、これからやろっか」「うん、いいわよ」とはならないのは仕方ないけれど。 (そういえば、「あなたはムードがないのよね」と昔言われたことがある気がする。失礼だなまったく)

   僕はこの男女のやり取りはくだらない猿芝居としか正直思えない。周りから見ると非常に滑稽に見える。まあそれでも言ってる当人たちは至極真面目なやり取りなのだろう。台本のある『殺陣(たて)』のようなもので、道筋は決まっていて、相手がこうきたらこう避けて、こうきたらこう返す。しかし少しでも間違えると相手(主に女性)の熱は冷め、剣を懐にしまってしまい、二度とそれを抜くことはなくなってしまう。ディレクターが「カット!」と叫び、女優は怒ってタクシーに飛び乗る。

   さて、彼はコーヒーのその向こうまで壁を乗り越えていけるのだろうか。それとも何かしら下手を打って、終電もない中歩いて帰路につくのだろうか。

   そんなどうでも良い事を考えながら、僕は今最終電車に揺られている。

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「ほんとにどうでも良い事しか言わないのね」