前回のオスカル編に続き、宝塚歌劇における男役ジェンダーの転機の一つが『エリザベート』の上演かと思います。

現在でも人気公演の『エリザベート』の主役は、原作ウィーンミュージカルにおいてはタイトルロールの通り女性です。

しかしこのミュージカルを日本に輸入した宝塚歌劇団は、初演の1996年からこれまでの公演において、その主役を男役に担わせています。

その主役とは、「死」を擬人化した長髪で性別が曖昧な役・死神の「トート」です。

宝塚歌劇におけるトートの性的志向はエリザベートとルドルフにキスをする点からバイセクシュアル的、性自認は「俺」と言っているため男性的、性的表現は男性的でありながら長髪です。

天野氏は著書で『エリザベート』では、現実の男性の自信喪失を反映し、男役が消滅したと述べています。

↑の著書と同様、前回の著書も参考になりますし、

エリザベート×ジェンダーの論文ではこちらが面白かったです↓

この論文では…

・トートの衣装は当時の時代考証した他の共演者のものと違い現代のトレンドを反映したものであり、珍しい記事やドラマチックな色合い等が使われており、トートの流動的なアイデンティティを強調している

・トートは医者、ハンガリーの民族主義者、大司教、大衆等の顔の見えない噂と不安の源として登場し、キャラクター自身が主観的で流動的であり、それが男役という流動的な性を持つ架空な人物と共通している

・エリザベートにおける死は性行為であり、トートはあらゆるキャラクターにその両性具有の魅力で迫る、そしてそれは現実世界の性別の境界だけでなく宝塚の内面の境界をも侵すキャラクターとなっている

・この作品は、恋愛相手は男性か女性かという制限にとらわれないことで、日本社会の日常的な性別だけでなく、劇場独自の性別の二元論をかき乱している…

等々と述べています。

中本氏（2017, p.140）によれば1995年の阪神淡路大震災で宝塚市は被災地で、劇場の稼働率は6割程度になったものの、危機を救ったのがこの作品であったとのこと。

初演でトートを演じた一路真輝さんも、上演前は宝塚に合う作品なのか複雑な心境で、記者会見でも死神をする事やメイク等にも「凄いブーイングがあった」と述べています【参考：永井こずえ., 2002. エリザベート特集. 阪急電鉄コミュニケーション事業部, pp68-9】

詳しくは論文に文字数の関係で入れられませんでしたが、

このようにオスカルやトートといったそれまで見たことのないような、周囲が批判や当惑する程の男役の性別越境は人気を博し宝塚歌劇団の危機を救ってきたと言えるのではないかと考えました。

また、「エリザベート」はタイトルロールをトップ娘役にゆだねる作品として歴史に新しいページを開いた作品ともいえます。

川崎氏は相手役なしに舞台中央でひとりかがやくことのできる娘役でなければ、エリザベートを演じることはできない。娘役を輝かせることができるかどうかも男役の技量のうちなのだということを述べています。(川崎, 1999, pp.227-8)

再演のうち2公演は瀬奈じゅんさん、凪七瑠海さんと男役が割り当てられましたが、

宝塚歌劇団の娘役でエリザベートを演じたトップ娘役の7人中5人（白城あやかさん、大鳥れいさん、蘭乃はなさん、実咲凛音さん、愛希れいかさん）がこの作品で退団しています。

この事からも分かる様に、舞台上におけるトップ娘役の役柄においてもかなりの大役であり、娘役にとっても大きな変化があった作品かと思います。

↓宝塚ホテルで以前飾られていたエリザベートのお衣装

宝塚歌劇とジェンダー⑨エリザベート トート