ロバートソン（1998）は宝塚歌劇を示す例として、「異性装」という表現が一番近いと述べています。

異性装についてはすごく面白い歴史や記述がありましたので書いていきたいと思います。

異性装について参考になった本はこちらです↓

三橋順子（2008）女装と日本人（講談社現代新書）

佐伯順子（2009）「女装と男装」の文化史（講談社選書メチエ）

服藤早苗 & 新實五穂（2017）アジア遊学　歴史のなかの異性装（勉誠出版）

長島淳子（2017）江戸の異性装者たち―セクシュアルマイノリティの理解のために（勉誠出版）

澤田季江（2021）ジェンダー視点で学ぶ女性史（日本機関誌出版センター)

日本では異性装を禁じる宗教的規範がなく、歴史は紀元前まで遡ります。

異性装は通常と異なる存在になり神性を帯びるという考え方をしたようです。

(佐伯, 2009, p.16; 服藤&新實 , 2017, p.71)。

西洋の男装の特徴は、事例の多くが兵士で、男性中心社会への異議申し立てや自己主張の一環であったとのことです。（佐伯,2009,p118）

しかし日本では、能や歌舞伎が如実に伝える通り、ジェンダーをパフォーマンスと見る考え方は何世紀も前から存在していました。(Robertson,1998,pp.22-4 ; 服藤&新實,2017,p.71)

例えば、9～14世紀に存在が確認できる、男装して天皇の沓を持ち行幸に従う

「東童」

という男装女性は、男性になりたいのではなく、朝廷から与えられた役職としての男装で、男性名や位を貰い貴族の範疇に入ったようです。

( 服藤&新實, 2017, p.4)

平安時代には、今さいとうちほさんが漫画にされている

『とりかえばや物語』

（兄は上品、高雅、優美で内気な女性的性格、妹は活発で自己主張が強く理論的で感情コントロールができる男性的性格であったので、父が2人の兄を女装、妹を男装して宮廷に使えさせるという物語）もあったし、

男装の女君の活躍する『在明の別』

室町時代の男装の女君の宮中での活躍を描いた『新蔵人物語』

など日本にはたくさん性別越境を題材にしたお話があるんですよね。

更に、12世紀中頃登場した白拍子は芸能・遊興の場で女性が観客の求めに応じ男装するもので、珍しさと面白さが重要視されていました。

この様な趣向は「風流」といい、郡司正勝氏によればその意味は

「本物ではない何かを本物に見立てて趣向を凝らすという点に生じる精神の働きであり、そこにはそれぞれの好みに応じた美的な選択が働いている。また風流の生命線は、物事を新しく見せ人を嬉しがらせる」

という事です。

( 服藤&新實, 2017, p.39)

この様に日本のパフォーマンスとしてのジェンダーにある根底は人を喜ばせるという想いがあるのだなぁと感じました。

しかし、日本が歴史的にトランスジェンダーに対して寛容だったのか？というとそうでもないようです。

こんな事件もありました。

1837年に「たけ」という女性が女性に対して求められる生き方が嫌で男装し「竹次郎」として仕事を始めます。

しかしそれを見破られた男性にレイプされ妊娠し、子供を死産した後に投獄…

出獄後もやはり男として生きたい「たけ」は男装を続けていたところ、人助けをした際に警察に見つかり流刑されてしまいます。

流刑は当時、死罪に次ぐ刑罰だったようです。

女性がパフォーマンス以外で性別越境する際には厳しい処罰があったことが見て取れます。(ロバートソン,1998,p.77;長島,2017,p.229; 澤田, 2021, p.31)。

明治になってから戸籍法が1871年に発布され、翌年には戸籍作成に着手しいわゆる「壬申戸籍」がはじまったところ、こんな事例もありました。

早蔵という戸主が新たな戸籍を作成するに際し、妻お乙の出生地から書類を取り寄せたところ、お乙が乙吉という男性であることが露見してしまいます。

男性を妻として戸籍が作れず、早蔵の家を管轄する戸長より、お乙はもともと男性であるため夫婦にはできないと、丸髷に結っていたお乙の髪を切って、ザンギリの男頭にし、早蔵とお乙との結婚は無効にされてしまいました。

お乙は自分が女子ではないことを告白しており、早蔵はお乙が男子であることを承知した上で婚礼をあげ、三年間、平穏に暮らしていましたが、近代的な戸籍制度によって覆されしまいます。

更に、1873年に俳優や歌舞伎等は除外されたものの、

異性装禁止法令

により異性装者は犯罪者とされました。そのためお乙は犯罪者にもなってしまったのです。（三橋, 2008.127-34）

その影響からか、創設時には小林一三は宝塚歌劇の男役が舞台以外で男装するのをよしとしていなかったのですね(Robertson, 1998, p.85)。

宝塚歌劇に話を戻すと、2016 年にNYで、卒業生「シカゴ」を上演した際、各米国報道紙は宝塚歌劇が西洋を真似する、同性愛な劇団として取り上げていたとのことです

【参考：入江敏子., 2018. 宝塚とアメリカ人女性ファン-西洋化された, 女性だけの宝塚歌劇団理解とその考察. 摂大人文科学】。

ガーディアンの記事には

「私の後ろにいた女性は、戸惑いながらも少し苛立った様子で「彼らはジェンダーについてコメントしているのでしょうか」と言っていた」

ニューヨークタイムズの記事には

未だに風と共に去りぬ（アメリカでは人種差別の観点から上演禁止)をやっている劇団

というようなことが書かれていました。

入江さんが指摘するような表現はあまり感じられなかったのですが、

個人的には海外から見ると「日本の女性だけの劇団というのは何かジェンダー問題に対して訴えたいものがあるのでは？」と思うのに、それがないのが拍子抜けしているのかな…と思いました。

宝塚は男役を慕う女性ファンが大勢いるため、潜在的な同性愛の性欲と解釈しそうになる部分もありますが

ファン達のほとんどが「性的欲求を感じるか」の質問にその解釈はできないと答えています。

【参考：Nakamura, K., & Matsuo, H., 2005. ‘Female Masculinity and Fantasy Spaces: Transcending Genders in the Takarazuka Theatre and Japanese Popular Culture’. In James E. Robertson (ed), Men and Masculinities in Contemporary Japan (pp. 77–94). Routledge.pp.136-9】

↑この論文もすごく面白かったです！

宝塚歌劇は異性装をするレズビアン集団でなく、むしろ物語のほとんどは異性愛体制なところが海外に向けて論文を書く上で大事なポイントだなと感じました。

東さん(2015)は宝塚歌劇でしばしば人気となるトップスターと男役2番手による男役コンビ等を検証し、ファンは男役同士のホモソーシャルな絆に愛着を抱いていると指摘しています(東,2015,p.123)。

―ホモソーシャルとは女性蔑視によって成り立ち、同性愛嫌悪によって維持される―

【参考：上野千鶴子 & 田房永子., 2020.上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!. 大和書房. p.126】

そう考えるとやはり宝塚歌劇は女性だけでありながらかなり異性愛体制が強く、男女二元論がベースにあるのではないかと考え始めました。

そもそも人は確固たるアイデンティティをもつ事は難しく、性的指向が同性愛、両性愛、異性愛に単純分類できない等、セクシュアリティは流動的なのです

【参考：一橋大学社会学部佐藤文香ゼミ生一同 (著), 佐藤文香 (監修). 2019. ジェンダーについて大学生が真剣に考えてみた―あなたがあなたらしくいられるための29問. p.53】

↑こちらもすごく分かりやすく初めてジェンダー問題に触れられる方にはおすすめです

タカラジェンヌにも実際は様々なソジエスクを持つ人がいるはずですが、「すみれコード」により触れられないということは、ここにも日本の根強い異性愛体制が見て取れるなと感じました。

日本の歴史上には男性同士の性行為の記録が多く見られますが、1603年以降に取り締まられ、性的少数者に対し拒絶・否定の姿勢だったとのことです

【参考：加藤秀一., 2017. はじめてのジェンダー論. 有斐閣ストゥディア, p.52; 長島, 2017, p.229】

それでも僧侶や武士が少年を弟子にする儀式的な男性同士の性行為は残っていましたが、女性が家庭を築くという理想主義により社会はレズビアンを非難したとのことです。

また、この男性同士の行為も田中氏 (1997)や三橋氏(2008, p.80)によれば、少年に女装させることから「同性愛ではなく、限りなく異性愛に近い内実を持っていた」といいます。

【参考：田中貴子．1997.『稚児』と僧侶の恋愛―中世『男色』のセックスとジェンダー】

Stevi Jacksonは

“the Asian aversion to homosexuality is not identical to homophobia in the West. Homosexuality and lesbianism are not merely objects of moral outrage - they challenge the foundation of the Asian patriarchal family.”

アジアにおける同性愛嫌悪は、西洋のものと同一ではない。同性愛やレズビアンは単に道徳的な怒りの対象ではなく、アジアの家父長制家族の基盤を揺るがすものなのだ

と述べています。

【参考：Satoh, K., 2012. Takarazuka for the Family: Japanese All-Women’s Musical Theater and Traditional Gender Perceptions. Southern Illinois University Carbondale. p.4】

現在でもトランスジェンダーや同性愛者に対して、実際には陰湿ないじめや差別があります(加藤, 2017, p.52)。

これらより

日本ではパフォーマンスとしての異性装には寛容だけどセクシュアリティを伴う性別越境については世間の目が厳しい

のではないかと考えました。

宝塚歌劇においても1929年に男役の奈良美也子さんと新派の水谷八重子さんとの同性愛騒動があり、そのころから「清く、正しく、美しく」が繰り返し提唱されたとのことです。 (Robertson, 1998, pp.199-200)

宝塚は世間からの風評被害を受けないため、私的部分を非公開にする事で生徒全員を万人受けする人物とし、劇団の体制を保っているわけです。

ただ、昔と違い、現在はSNSも発達し、守ると言っても限界があるのではないかとも思います。

この非公開というシステムがいつまで持続可能なのかが難しいところです…

宝塚におけるジェンダー問題、まだまだ続きます

こちらの本すごく面白かったです！↓

宝塚歌劇とジェンダー⑩異性装について