今年末をもってFacebookを一時休止することにした。休止とは言っても、アカウントは一旦削除するので実質の退会だ。


理由は複数ある。というか、たくさんありすぎて自分でも全部は思い出せないほどだ(笑)。

ただ言えるのは、小さなものから大きなものまでが徐々に降り積もって、「止めよう」という決意に至ったということである。勿論、FBのコミュニケーションは楽しい、ただ降り積もったマイナスというか、継続不可要素が、それを上回ったということだ。


黙って去ることもできた。実際黙って去ってしまった友達も数人いる。ただ自分的には黙って去るのは流儀でないと思った。なので意思表明した。「今年末で止めます。理由は複数あるので、聞かないで下さいませ」と。


すると、それは残念・・・というコメントが大半な中、「どうして?理由を聞かせて」というコメントやメッセージも散見された。純粋に慮ってのこともあるかもしれないし、中には野次馬的な興味もあるかもしれないし、ひょっとして自分に関係ある?なんていう不安・疑念もあるかもしれない。


自由意思で参加しているSNSであるFacebookを止めるのに、本人が言いたくないと言っている理由をわざわざ尋ねるなんてちょっと無粋だなと思いつつ、かなりの人が「なんで?」って思っているのを見ると、自分が逆の立場だったら同じように問うのではないか?と思うに至り、この文章を書いている。


まず、前提として理解して欲しいのは、理由には「~が嫌になった」とか「~にイラつく」とかというネガティブな理由と、「~するための時間をとるために」などのポジティブな理由と、フェイスブック自体への不信感という三種類があるということだ。


ネガティブな理由については全く話すつもりはない。大小は別として、沢山の理由がある。そしてそれらは誰しも少しは抱いていることだろう(勿論、私に対しても)。


第三の理由については、ちょっと神経質になれば誰もが気づくはずだ。


それよりもどちらかというとメインなのはポジティブな理由の方である。一番大きいのは、来年、人生の節目の歳を迎えるにあたって、「これだけはやっておきたい」ことがいくつかあるのである。正直時間がない。そのために「断ち物」をしようというわけだ。意思の弱い私は節目で、タバコや酒など断ち物をして祈願・決断するということをやってきた。今回もその一つといえるかな。


というわけで、それらが達成されたり、達成不可なことがわかったり(笑)したら、またひょっこり登録するかもしれない。繰り返すけど、FBを止めるだけで友達を止めるわけではないし、飲み会などには可能な限り参加させてもらうつもりなので誤解なきよう。


おいらは結構、情には厚い人間だぜ。