【是非ご一読されたし。】

おもて


 昨年の暮れに出会うなり、いきなり2014年の最重要本に上り詰めてしまった本書『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』

 そのタイトル通り、我々がとりわけ3.11以降に目の当たりにしてきた「なぜ?」と首をかしげる国のあり方への疑問が次々と解けて行く。まるでサスペンスでも読むような引き込みで面白く読ませてしまう秀逸な著作。しかし、語られているのは厳然たる日本の現実だ。「事故を起こしたのに原発を輸出する国」、「今でも海に汚染水を垂れ流しているのに事故は収束したという国」、「国民の健康や福祉には予算が足りないと言って増税するのに、戦闘機の開発や輸入には1000億単位の予算が直ぐにつく国」。なぜ?

 薄々そう感じてきた人は多いだろうと思うが、まず、この事を分かっていない人にはあらかじめ言っておかなくてはならない。

 「戦争が終わって70年は経つが、現代の立憲国家として日本は今でも、まったく独立国ではない」

 機密を解かれた米国の公文書までをも原文で掘り尽くした筆者が提示する日本という国家の立脚点のモロさとその現実に時おり、希望を失いかける人もいるかもしれない。だが「人権」が「意識」からしか生まれないように、立憲国家思想が司る現在の国際社会における日本の「主権」は、日本人が自らの口で説得し、求めていかなければならない。そのためには、国際法を熟知し、そのルールの中で毅然と国権を回復していくしかない。

 国連憲章の中で指定される「敵国条項」が、今だに適用され続けているのは実は「日本」のみ。ナチスドイツの負の歴史を必死の想いでかつ優秀に補い続けたドイツは40年以上の努力が実って、事実上この条項を外されている。だが日本は、自国の防衛も主権もアメリカに預けたまま経済発展に邁進するというアドバンテージを与えられた事によって、国家としての自己内省を置き忘れたままに来てしまった。国際社会における信用も、米国に依存したまま自己形成する努力を怠ってきてしまった。
 だが、70年前の敗戦がもたらした国際的信用の失墜というダメージは、当の日本人が忘れるほどには世界は忘れていない。むしろ、一部の米メディアによってデフォルメ化された「天皇という謎の精神指導者に司られた残忍な日本軍」というイメージは、その後も米軍の「想定敵国」としては重要な位置を占め続けている。最大800万の兵員を要した日本軍は「皇国史観」という米軍からすれば理解不能な精神武装を果たして、極めて統率力のある「やっかいな相手」だったと聞く。それはマッカーサー本人の記述や、その後の徹底した武装解除にも顕われている。

 日本は今でも「こいつらに力を持たせすぎるのは危険」という指定を受けているのだ。

 そこで、平和ボケ中道リベラルの僕にも合点がいった事がある。

 数年前に聞いた話だ。
 僕が暮らしている沖縄北部で、マングース駆除のバイトをしていた知人がジャングルの中で訓練中のグリーンベレーに遭遇したという。彼らは白兵戦を想定した訓練において「ファッキンジャップ!」と叫びながら人形にナイフを突き立てていた。「俺たちはいまだに仮想敵なのかよ!」と、むしろ時代錯誤な感じに可笑しくすらなったものだ。だが、時代錯誤は僕のほうだった。
 米軍の戦闘機が365日、日本上空をくまなく「法規制ゼロ」で飛んでいるのも、まるで日本を標的に訓練しているみたいだ、と思っていたがそれも事実、その通りだった。在日米軍は、日本を攻撃するための訓練を日本でしている。云われてみれば、当然だ。
(厚木、横田基地の空域が広範囲に米軍によって独占され、日本航空機の侵入が禁止されている。だから、羽田発の飛行機は一度、千葉方面に旋回してから急上昇をして飛び立っているのだ。これは以前から疑問で気流のせいかと思っていたが、米軍の占領状態に起因するものだという事実にも驚かされる。)

空域
本書より:横田空域)

 米軍と日本の官僚のトップによって形成された「日米合同委員会」は毎月2回のミーティングを60年以上ずっと続けており、日本の事実上の政治的なイニシアチブをとり続けて来た。「誰が政治家になっても変わらない」という良く聞く台詞は、暗に大衆がこうしたパワーバランスを察知している事を示す。

図3
(本書より:日米合同委員会組織図)

 日米合同委員会で決定した様々な取り決め、合意や「密約」は原則公表されない事になっているが、厳然と日本の政治に大きく影響を与えている。ひとつの国のウラに、もうひとつの法体系が存在するのだ。一体このような「憲法違反」の状態がなぜ存在し得るのか?

 それは、後に「安保法体系」とも呼ばれるようになったこの日米が織り重なった支配構造を保持しながら、国際法的には主権国家としての体裁を整えるという法的なトリック作りのために、そもそも憲法自体が100%占領軍であるGHQのコントロール下で書かれているからである。憲法草案から、敗戦の詔まで、すべての原文が英語である事に改めて、がく然とさせられる。

 本書では、この憲法草案をめぐる、昭和天皇とマッカーサー両陣営の極めて高度な政治的取り引き、駆け引きの検証にもかなりのボリュームが割かれている。ここにおいて、裕仁天皇の政治的役割、政治力、敗戦後の影響力、そしてその巧みな行使についても深い検証がなされている。昭和天皇の政治における存在意義は、その死に至るまで大きなものであったようだ。なぜなら敗戦時、天皇家が背負っていたのは永い歴史が構成した日本の支配層そのものだからだ。敗戦ひとつでそれら全てが崩壊し得るはずもなく、またマッカーサーたちGHQも日本の占領政策のために彼らの統治力を重んじていた。両者の思惑の狭間に、日本国憲法や戦後天皇制に宿る二重性が生まれる隙間があったとも云える。

 なぜ、日本は「自己決定権」を発揮しきれないのか。それは、立憲国家の大前提である「憲法」を「自分たちの手で書いていない」事にある、と著者は指摘する。だから、タカ派的軍国退化した改憲でもなく、また左派的な「絶対護憲」という思考停止でもなく、憲法というものを徹底的に研究して、今こそ日本人は1945年の荒野に立ち返って自分たちの憲法を書き上げなければならないタームなのだ、と読者全員を鼓舞する。

 原発問題、基地問題に右派も左派もない。全員が、この事実に目を向けなければ日本の実際的な「独立」は見えてこない。見るべき方向さえ誤らなければ、全ての議論は意味を持つのではないだろうか。

(店主)


『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』
矢部宏治・著
(集英社インターナショナル) ¥1,296-(税込)

なぜ戦後70年たっても、米軍が首都圏上空を支配しているのか。
なぜ人類史上最悪の事故を起こした日本が、原発を止められないのか。
なぜ被曝した子どもたちの健康被害が、見て見ぬふりされてしまうのか。
だれもがおかしいと思いながら、止められない。
日本の戦後史に隠された「最大の秘密」とは?

大ヒットシリーズ「〈戦後再発見〉双書」の企画&編集総責任者が放つ、「戦後日本」の真実の歴史。
公文書によって次々と明らかになる、驚くべき日本の歪んだ現状。
精緻な構造分析によって、その原因を探り、解決策を明らかにする!

<目次>
PART1 沖縄の謎――基地と憲法
PART2 福島の謎――日本はなぜ、原発を止められないのか
PART3 安保村の謎(1)――昭和天皇と日本国憲法
PART4 安保村の謎(2)――国連憲章と第2次大戦後の世界
PART5 最後の謎――自発的隷従とその歴史的起源
内容(「BOOK」データベースより)
なぜ、戦後70年たっても、米軍が首都圏上空を支配しているのか?なぜ、人類史上最悪の原発事故を起こした日本が、再稼働に踏みきろうとするのか?なぜ、被爆した子どもの健康被害が、見て見ぬふりをされてしまうのか?なぜ、日本の首相は絶対に公約を守れないのか?だれもがおかしいと思いながら、止められない。日本の戦後史に隠された「最大の秘密」とは?

著者プロフィール
矢部宏治(やべ・こうじ)
1960年、兵庫県生まれ。慶応大学文学部卒業後、(株)博報堂マーケティング部を経て、1987年より書籍情報社代表。著書に『本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド』(書籍情報社)。共著書に『本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」』(創元社)。企画編集シリーズに「〈知の再発見〉双書(既刊165冊)」「J.M.ロバーツ 世界の歴史(全10巻)」「〈戦後再発見〉双書(既刊3冊)」(いずれも創元社刊)。