前回の講義で全精力を使い果たした俺は、体重が10キロほど落ち、現在都内の病院で右手に点滴を打ち、左手にレッドブルを持った状態で、この文章を口述筆記させている。お前たちも前回の講義でかなり疲労したことだろう。


 そこで今回は少し趣向を変え「手料理」をテーマにしたい。


 ただ、これは一見軽いテーマに見えるが、昨今、婚活における手料理は「取扱い危険物」となってきた。
 というのも、女向け恋愛本(特に雑誌など)が、

 「手料理のおいしい女はモテる」
 「家庭料理が上手だと男は結婚を考える」

 などと女たちを煽ったからか、たとえばfacebookを使って「今日は○○作っちゃいました」などの「私、手料理得意でっせ」アピールや、付き合い始めるとすぐに「何か作ってあげようか?」と手料理を食べさせたがることで、男たちは
 「もしや、これだけ気合の入った手料理を作ってきたということは、これを食べる=結婚しなければならないという契約なのでは、、、!?」
 そんな恐怖に怯えることになり、このとき、食卓に所狭しと並べられた料理は、もはや料理ではなくプレゼン資料と化している。
 
 しかし、同時に、人間の基礎をなす「衣食住」のうち優れた「食」を提供することは、男を結婚に傾かせる有力なアピールポイントとなる。特に男という生き物は、30代になると衰える性欲と半比例するかのように食欲が増大するものである。

 では、手料理に対して怯える男に、どうすればお前の手料理を食べさせ男を魅了することができるだろうか?

 この問題のヒントは、平成の宮本武蔵と呼ばれる、この水野愛也のライフワークである「武術」の考え方が役に立つことになった。

 中国の伝説の格闘家・李書文は弟子にこう伝えている。
 
 「千招有るを怖れず、一招熟するを怖れよ」
 
 これは千種類の技を駆使する相手より一つの技を極めた相手の方が手強いという意味であるが、まさにこの考え方は「手料理」にもあてはまる。
 お前たちは本日をもって、他の料理の訓練をすべて止め、「たった一つの献立のみ」を極めよ。


 その献立とは……

 



 雑炊である。


 


 結婚という山頂を目指すお前たちは、「雑炊」のみを朝鍛夕練せよ。

 なぜ雑炊なのか。
 まず、通常時に男に対して「手料理アピール」をすることで男たちは「結婚を狙っているのではないか」と警戒すると説いた。
 そこで普段はあえて自分が「手料理上手」であることは表に出さない。 
 そして、ひたすら時が来るのを待つのである。

 その時とは、

 男が風邪をひいたときである。

 そのときを見計らって「雑炊作ろうか?」と何気ない提案をし、

 そしてキッチンに立った瞬間、

 (ここよ! ここが勝負だわ!)
 
 目をギラリと光らせ、料理の鉄人バリの手際の良さでもって、この瞬間のために幾度となく訓練をしてきた、あの「雑炊」を作るのである!

 
 この日までに、男が「鶏がらスープ派」か「めんつゆ派」かは調べておけ!


 あと、「ごま油」がイケるのなら、最後に一滴垂らすという技も使えるぞ!



 だが、凝り過ぎるな!


 特に『みつ葉』は厳禁だ!



 みつ葉を使うと、あくる日男は冷蔵庫の中で残った大量のみつ葉を見つけ、「これ、他に使い道なくね?」となる。「あの女、結婚したら贅沢するぞ」となる。



 みつ葉はネギで代用せよ!!!



 ネギであれば、残っても何にでも使える。なんなら焼いてそのまま食える。しかも、風邪に効く。
 あと、代用という意味で重宝するのが「もずく」である。「もずく」は体に良いし、卵雑炊の味に飽きてきたら「もずく雑炊もあるよ」と味を移行することができ、何より響きが家庭的だ。
 
 「もずく、食べた方がいいよ」

 風邪を引いたときのこの言葉にドキっとしない男はいないだろう。うまくいけばプロポーズの決め手は「あのときの『もずく雑炊』でした」となり、ウェディングドレスに身を包んだお前は両親の前で泣きながら「私たち、運命の黒いもずくで結ばれていました」と言うことになる。


 そして、忘れてはならないポイントは、作り過ぎないこと。

 余った雑炊は水を吸いまくって食えなくなる。
 
 そうではなくて、適量を作り、お前が男の部屋を去ったあとでも男が簡単に作れる状態にしておいてやる。そうすれば男が一人になったとき、改めてお前がいかに気立ての良い女であるかを再確認することになるのだ。

 しかも雑炊は結婚してからも、夫の体調が悪かったり、二日酔いだったりするときに大活躍する献立であり、この「雑炊」を極めることがお前を確実に結婚に近づけることになるだろう。


 追記

 たまに「私、料理が苦手なんです」という女がいるが、そして俺自身も「料理って上手い下手があるものなんだな」と思っていたのだが、三年前、作家志望の人間を六人ほど集めて半共同生活をして、週替わりで飯を作り始めた(俺もこのとき初めて料理を作るようになった)のだが、「料理が苦手」という状態がどういうことか完全に判明したので追記しておく。
 六人の中で、今田という男がいたのだが、この男がズバ抜けて料理が下手で、カルボナーラが固まって卵そぼろみたいになっていて、その下手さに衝撃を受けた俺は

 「お前の料理の全工程を見せろ」
 
と今田の隣で最初から最後まで観察していたのだが、
 この男の料理がド下手だった理由はただ一つ、

 
 レシピ通り作っていなかった


 もっと言えば


 計量カップと計量スプーンを使っていなかった


 俺が今田に、
 「お前、プラモデルの説明書を見ずに、なんとなくボンドでひっつけてたタイプだろ」と聞くと今田は静かに「はい」とうなずいた。
 
 つまり「料理が下手」という言葉は間違っており、単純なる

 「レシピ無視」

 に過ぎないのである。
 そして、今田という例外はあったものの、俺たちは「マニュアル本」を作っている人間であり、つまりは「マニュアル人間」の集団であり、料理も完全にマニュアル通り作っていたことから、
 「俺たち、このまま本出さずに小料理屋開いた方が良いんじゃないか」
 と互いに称え合いながら夕食を取ることになった。
 
 ――そして、現在、今田はアトリエを去り、沖縄の旅館でアルバイトに励んでいる。

 もし料理が苦手だと思っている人は、最も初歩的な本を買って来て、一切のアドリブを禁じ、調理道具からすべてその本を完全にコピーしてみて欲しい。自分でも感動するレベルの料理が作れるはずである。

 
■第14講まとめ

 女が「手料理」を作ろうとすると男たちは「もしかして結婚を狙っているんじゃないか」と引く傾向にある。
 そこで、普段は料理が作れる素振りを一切見せず、男が風邪をひいたときを見計らって「最強の雑炊」を振る舞え。
 
 「料理下手」はあり得ない。料理本を完全にコピーし、完全マニュアル人間となり、機械のように料理を作れ。確実にうまいものができる。


それではまた来週火曜日、この場所で会おう。





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