あらためて多剤大量処方について考えてみようと思う。

そもそも、多剤大量処方がなぜ日本でこれほど行われるようになってしまったのか、正直なところ、私には素朴な疑問でもあった。

 そんな疑問になんとなく答えてくれたのが、『臨床精神医学』vol,35(2006年12月)の中の「向精神薬の長期大量多剤併用療法と副作用」という論文である。筆者は風祭元帝京大学名誉教授。

 1960年代~70年代、その頃になると、日本においても、抗精神病薬や、三環系の抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬など、主たる向精神薬が出そろった。

 そして、経済復興の波に乗った製薬会社が精神科医に自社製品を必死になって売り込んだ結果、それまで用いていた薬物で効果が不十分だった患者に対して医師もまた、新しい薬をどんどん付加するようになっていったという歴史的背景がまずある。

 さらに、薬理学研究の進歩によって、それぞれの向精神薬の脳内受容体に対する作用の強さが異なることが知られ、また、「患者の示す精神症状に応じて、作用機序の異なる複数の薬を用いようという、薬の「標的症状」という概念が生じた」ため多剤併用療法の傾向は強化されていったという。

 つまり、それぞれ作用機序の異なる薬が開発され、対症療法的に薬を処方する「言い訳」が整ったところで、「製薬会社の露骨な販売戦略(病院行事への多額の寄付、病院で新製品を採用した際の無料納入など)」に乗せられて、医師は「新薬を次々上乗せして用い、初診患者にも、よりよい効果を求めて効きそうな複数の薬を併用処方する傾向が生じた」のである。

 (製薬会社の熾烈な売り込みは現在も同様だろうが、やはり多剤大量処方を助長したのは最初から製薬会社だったのだ)


 論文の中で興味深いと思ったのは、多剤併用という考え方の基本に、日本古来の漢方医学の影響を見ている点だ。多くの薬の組み合わせの妙で薬効の相乗効果を狙うという、そうした漢方独自の考え方である。

 しかし、そんな「名医」が日本の精神医療の世界にはたして何人いるのだろう。薬のブレンドに妙に自信をもっている精神科医はいるようだが。

 さらには他科における多剤併用の成功が挙げられている。例えば結核に対する三者併用療法の成功から、精神医療も併用が効果的とする雰囲気ができあがっていったという。


 多剤併用は精神病(主に統合失調症)患者の治療にその基本があるらしい。

 とくに、抗精神病薬によって生ずる抗コリン性副作用の改善のために、日本では抗パーキンソン薬(抗パ薬)の併用が常態化している。

 たとえば、少し前の数字だが、こんな数字がある。

 1995年に全国21精神科施設の患者2169名の処方実態調査である。

 それによると、抗精神薬(抗パ薬を含む)の平均処方数は4.7±2.2剤。

統合失調症患者では5.2±2.1剤。77%が2剤以上の抗精神病薬を処方され、3剤併用が25%、4剤併用が9%を占めていた。

また、気分障害患者の平均処方剤数は、3.9±1.8剤。

その中では、抗うつ薬の他に、約76%が睡眠薬、約50%が抗不安薬を併用処方されていたという。

 

 そして、なにより恐ろしいと感じたのは、抗コリン性の抗パ薬の処方である。

 日本ではその併用処方は常態化し、最初から併用処方するのが「常識」となっているというのだ。

 抗コリン性の抗パ薬はそれ自身で口渇や便秘などの副作用が強いので、欧米諸国では、1960年代頃から、すべての患者に併用するのではなく、抗精神病薬による強い副作用が起こったときのみ、一時的に処方すべきとの考え方が強い。

 その証拠に、抗精神病薬、抗うつ薬、抗パ薬の長期投与によって起こる副作用、巨大結腸症とその結果起こる慢性便秘についての論文が欧米にはほとんどないという。

 これは裏を返せば、世界のなかで日本においてのみ、いかに強い抗コリン作用を有する抗精神病薬や抗うつ薬を抗コリン性抗パ剤と併用して、多量に、しかも長期に投与しているかというその証拠でもある。

 1997年に行われた調査では、都内松沢病院の22例(すべてが統合失調症患者で抗精神病薬と抗パ薬を併用)のうち、86,4%に大腸通過時間延長が見られ、73%に巨大結腸症が見られた。そして、22例中8例が結腸の切除手術を受けているのだ。

 統合失調症で入院している患者が、なぜ結腸の手術を受けなければならないのか? 考えてみると、これはかなり恐ろしいことである。

 我が国の精神科病院の長期入院患者の大多数はひどい便秘を訴え、大量の下剤を常用しているという。そして、「このような長期大量投薬が行われない欧米での研究が少ないので、研究と報告があまり多くないが、病院精神医学の実地では注目される副作用である。」と筆者はこの論文を結んでいる。


 これははたして精神科病院に限っての話だろうか。

否、これが日本の精神医療の基本的スタンスなのだと思う。

病気でない部分を病気にしてまでも、精神的な症状を抑えることに価値があるとする考え方。そして、それが精神医療だと思い込んでいる精神科医たち。

町のメンタルクリニックや心療内科で行われていることは、こうした実態の延長線上にある。