5月11日の読売新聞に、この5月に改訂版の出るDSM-5についての記事が書かれていた。

 


『死別悲しみ 2週間で「うつ」』

 ……「DSM-5」で、子どもや配偶者などをなくした後の気分の落ち込みを、安易にうつ病と診断する恐れのある改訂がなされたことがわかった。……

 新基準では……子供や配偶者を不慮の事故などで失った時も、2週間で立ち直らなければ病気とされる可能性があり……。


 身近な人と死に別れて、2週間しか悲しむことができない……それ以上続く悲しみは「病気」とは……

 以前も、この「悲しみ」については、あまり長く続くと「病気」とされていたが、その期間は2か月だった。2か月で肉親の悲しみから立ち直れる人もそうそう多くはいないと思うが、それが今回の改定ではたったの2週間。

 東日本大震災で肉親を亡くした(とくに子どもを失った)人の、親の、悲しみが2週間で癒えるとはとても思えない。ということは、そのような体験をした人は多くが「うつ病」ということになり、治療の対象になるということだろう。

 

 抗うつ薬やその他向精神薬を飲んでいたせいで、肉親、近しい人の死に対しても感情が平坦化し、涙一つ流すことができなかった、という体験談をよく聞いてきた。

 悲しみが続くのが(しかも2週間ぽっち)「病気」だとしたら、悲しまないことが「病気ではない」ということになる。しかし、肉親の死を前にして感情がフラットになり、涙も出ないことが「健康的」であるとはとても思えない。

 2週間以上続く悲しみに、うつ病として抗うつ薬を処方し、悲しみを殺してしまう(感情を平坦化させる)のが、「病気の治療である」と思い込んでいる精神医療の傲慢さを思う。

 人間には、悲しむ権利があるはずだ。立ち直らない権利だってあるはずである。とことん悲しんで、それが年単位に及ぼうとも、その悲しみはその人にとって「必要」なものだったのではないだろうか。



 しかし、さすがにこうした行き過ぎた診断基準に、世界でもさまざまな声が上がっているようだ。

 「バイオトゥデイ」が今日配信した記事にはこうある。


DSM-5をDSM―Ⅳ制作者や、米NIMHが酷評・疑問視している

 これまで精神医学の聖書とされてきた精神疾患の分類と診断の手引(DSM)の第4版(DSM―Ⅳ)をまとめた専門家がその最新バージョンDSM-5を酷評し、DSM-5での改訂は誤診や不要な治療を大量に生み出すだろうと言っています。


「もしDSM-5を使うなら、医師は用心した方が良い。DSM-5は公式マニュアルではなく、使用が義務付けられている組織に所属していないなら使わなくても問題ない。保険に必要なコードはネット上で無料に手に入る 。」とAllen Frances氏は言っています。



National Institute of Mental HealthのディレクターもDSM-5を疑問視しており、もっと良い方法があるはずだと主張しています。DSMカテゴリーから距離を置き、症状ではなくバイオマーカーをより重視した研究へ方針を変えると彼は先月言っています。



http://www.nimh.nih.gov/about/director/2013/transforming-diagnosis.shtml

http://firstwatch.jwatch.org/cgi/content/full/2013/520/1




ここでいうバイオマーカーというのは、たとえば、うつ病を血液検査で診断可能にするバイオマーカーを発見(アメリカではマサチューセッツ総合病院、日本では広島大学が研究、発表している)という研究を踏まえての発言であろう。そして、アメリカのNIMHでは今後、DSMの基準が示す症状よりも、そうした客観的生物学的検査による診断を重視し、そうした研究に力を注ぐというのである。

これまでもさまざま問題が指摘されてきたDSMだが、ここにきて、専門家からさえもそっぽを向かれたということだろうか。



1952年に最初のDSM‐Ⅰが出たとき、それはわずか112の症状が記載された小冊子にすぎなかった。それが、DSM‐Ⅳ‐TR(2000年に出版されたDSM‐Ⅳの改訂版)はページ数にして886頁、記載された精神障害の数は374にのぼっている。

そして、今回のDSM-5は、何ページになり、いくつの精神障害をとりあげているのだろう。


『乱造される心の病』(河出書房新社刊)の著者クリストファー・レーンは、著書の中で、DSMにからんで精神医療と製薬会社の関係を厳しく取り上げているが、DSM‐Ⅲが出たときのことを次にように記し、慨嘆している。


「1980年の初め、自信を持って誇らしげに診断基準を改定した米国精神医学会(APA)は、『精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)』第3版に「社会恐怖」、「回避性パーソナリティ障害」等、いくつかの病名を加えた。世界中で精神科医のバイブルとなった、500ページに及ぶこのマニュアルによって、ただ内向的なだけの人が、他人とうち解けにくいとか、緩慢に見えるとか、果ては単に「一人でいる」というような症状を持つ軽症の精神障害者に姿を変えられてしまった」



そして、今、2013年に出されたDSM-5では、肉親の死を2週間以上悲しむ人が「精神障害者」として扱われることになったのだ。

 これはいったいどっちが「クレイジー」なのだろう。