無視しよと思ったのだが、どうにも我慢ができなくなった。

最新の週刊文春(9月26日号)に「丸岡いずみ、うつ地獄からこうして脱出した」という記事が載っていた。それを読んで、家に帰ってたまたまつけたテレビにとうの本人が主演していたのでびっくり。ミヤネ屋という番組である。
精神科医の中尾睦宏を従えて、「出された薬は絶対に飲んでください。すぐに精神科を受診してください」と元気いっぱいに訴えていた。
そして、ボードを使ってうつ病についてのお勉強。DSM.Ⅳの項目9個を簡単に書き出し、これに5つ以上当てはまれば、うつ病です。
「私なんて、最悪の時は、全部当てはまりましたもの」
それが、抗うつ薬を飲んだら、2週間で元気になったということだ。
そして、うつ病の原因は神経伝達物質が不足しているからです、とボードをつかって司会者が説明。すかさず精神科医が「セロトニンという神経伝達物質です」といい、薬はそれを補う作用があるという。
だから「うつは薬を飲めば治ります」とまたしても丸岡さんが口をはさむ。

チェックリスト、抗うつ薬の説明、セロトニン仮説。
聞いているうちに、だんだん我慢ができなくなってきた。
第一に、世界的にはすでに終わっているセロトニン仮説を、しかも現役の精神科医が登場して、その理論を公共の電波にのせていることに無性に腹がった。
さらに、抗うつ薬についても、海外の研究ではすでにその効果に大きな疑問が呈されていること(イギリスのアービング.カーシュの研究、また2010年のアメリカの研究では、プラセボとの差がほんのわずかであるとしている)。日本でも、最近うつ病治療のガイドラインが見直され、軽度、中程度のうつに対する安易な投薬に注意を促している。
そうした背景をまったく無視して、真昼間、多くの人が目にするテレビという媒体を使って、こんな非科学的なことを放送していいのだろうか。
本当に腹が立ったので、日本テレビに電話を入れ、以上のような論点で抗議をした。
おそらくそんな抗議は像に蚊がとまったくらいのもので、テレビ局にとっては、なんの痛痒もないだろうが、それでも黙っていることはできなかった。

丸岡某は、自身の体験を本にしたそうで、そのプロモーションのための番組だったとしたら、それはそれでまたたいへんな罪だと思う。

それにしても、この番組の内容は、日本にSSRIが入ってきた当初、さかんに作られた宣伝そのもので、タイムスリップしたような気分になった。
これにはなにか裏があるのだろうか。彼女は製薬会社とつながっているのだろうか。

講談社から最近野田正彰さんが出した本。『うつに非ず』 うつ病の真実と精神医療の罪。その帯にはこうある。
「あなたのその症状は「うつ病」ではない。不眠、食欲不信、憂鬱、これらの症状で病院へ行くとどうなるか? そこから泥沼が始まる。だまされてはいけない。ほとんどのうつ病は自然治癒する」

内容は、ほとんどおなじみのもので、私としてはとくに目新しさはなかったが、それでも大きな出版社から、しかも大宅壮一ノンフクションシ賞をとった精神科医が、このような本を出すということは、精神医療側も少々焦っているということだろうか。
それが今回のこうした動きということか?

「薬を飲めばうつは治ります」と断言していた丸岡さん。
ご自身の体験はそうだったかもしれない。しかし、報道畑を歩んだ経験があるならば、もう少し、うつ病について、抗うつ薬について調査してから、本を書くなり、テレビで発言するなりすべきではないだろうか。
精神科医が「うつは心の風邪といわれますが、長くかかる風邪です」と言うと、すかさず、司会者が「先生、これは心の病気ではなく、頭の病気ですよね」と釘をさす一場面もあった。
軽い調子で、うつ病を語り、信じやすい仮説をあたかも真実であるかのように放送して、ああ、こうやって真実というものは歪められていくのだなと、本当に手の震える思いで、テレビのスイッチを切った次第である。

それにしてもこの番組や、丸岡さんの本によって、ここのところ減り始めていたうつ病がまた受診者数を増やすことになるかもしれない。
だぶついたSSRIを消費するため? そんな軽口もききたくなってくる。