少々お休みをいただき、気分一新。ブログ、その他活動を再開したいと思います。

(お休み中、コメント等、ありがとうございました。)

 

 さて、さっそくですが、読者の方から教えていただいたNHKの番組について考えます。

 教育テレビ(Eテレ)の長寿番組「きょうの健康」です。

 そこで、9月29日から10月2日の4日間、「うつ病が治らないあなたに」と題して特集が組まれています。http://www.nhk.or.jp/kenko/schedule/2014/index10.html


 それぞれのタイトルを見ると――

 1日目 診断は正しいか

 2日目 薬の使い方は正しいか

 3日目 考え方・ストレスに対処

 4日目 双極性障害の可能性

 解説は、杏林大学教授の渡邊衡一郎氏



 4日目のタイトルを見れば、もうこの番組がどういう流れになっていくのか、だいたいの予想がつきます。

 うつ病が治らない――→実はうつ病ではなく双極性障害だったから、ということなのでしょう。

 NHKは以前にも同様の趣旨の番組を制作していました。

 しかし、(このブログでは何度も取り上げていますが、)この「治らないうつ病は双極性障害である」という流れは、やはり私には「医原病」に思えます。そして、現在の一つの「流行病」にもなっています。

 つい先日もある出版関係の女性から「双極性障害と診断されている」と聞かされました。もっとも、彼女の場合、すでに精神医療の実態について多少の知識があるため「双極性障害です」とは言わずに「診断されている」という表現をしたのだと思います。ともかく、精神科の治療を続けている人(あるいは初診の人でも)、いまやその多くが「双極性障害」という病名を与えられている現実はちょっと驚きです。



ちなみに、この杏林大学の渡邊 衡一郎氏は、日本うつ病学会が作成する「大うつ病性障害治療ガイドライン」(現在2013年版が出ています)の執筆者の一人でもあります。

http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/img/130924.pdf


うつ病ガイドラインの中には、「双極性障害の可能性への配慮」という項目があり、医師に対して、あらゆる角度から双極性障害を疑うことを推奨しています。

たとえば、焦燥感、攻撃性、易怒生、暴言暴力、自傷行為、器物破損、買い物・ギャンブルなどの乱費が見られた場合、「双極性混合状態」を疑うべきというのです。しかし、こうした状態は、抗うつ薬でうつ病治療を続けるなかで、しばしば耳にする「薬の副作用」の症状とほぼ重なります。

また、ガイドラインの中にはこんな記述もあります。

「過去に明確な躁状態、軽躁状態の既往もなく、単極性のうつ病と判断される患者であっても、双極性障害はしばしばうつ病相で発症することを念頭に治療経過を追う必要がある」

――ということは、躁病エピソードがいっさいなくても、うつ病だけで「双極性障害」と診断される可能性が大きいということです。

双極性障害と診断される人が激増するわけです。



診断は正しいか、薬の使い方は正しいか?

さて、番組の内容ですが、1日目の「診断は正しいか」という問いかけ。じつは、この問いかけは、文字通りに受け取れば、「うつ病が治らない」理由として「正解」です。

なぜなら、うつ病が治らないのは、そもそもが「抗うつ薬の効果があるうつ病」ではなかったからです。

 抗うつ薬の効果については、海外の複数の研究によって、「中、軽度のうつ」には効果なし、(効果はプラセボと変わらない)という結果が出ています。効果が認められるのは「重度のうつ病」のみということです。

したがって、SSRI導入によってうつ病が激増しましたが、そういう人たちのほとんどは、「中、軽度のうつ」(=神経症圏、抑うつ状態)ということで、抗うつ薬は必要がなかった(効果がなかった)わけです。

つまり、番組の問いかけ通り、「うつ病が治らない」のは「診断が正しくなかった」ということになります。

 しかし、おそらく「きょうの健康」では、そういう内容ではなく、「診断」が「うつ病」ではなく「双極性障害」だったから、「うつ病が治らないのだ」という流れになるのでしょう。

 そして、2日目の「薬の使い方は正しいか」という問いかけも、これだけ読めば「正解」です――なぜなら、中、軽度のうつ病に抗うつ薬は効果がない(副作用はある)わけですから、「薬の使い方は正しくない」ことになります。

 しかし、これもまた番組では、おそらく「双極性障害なのだから、抗うつ薬ではなく、気分安定薬(デパケン等)や抗てんかん薬(ラミクタール等)、あるいは抗精神病薬(ジプレキサ、エビリファイ等)で治療すべき」という話になるのでしょう。



 双極性障害の診断乱発は、ジプレキサが双極性障害に適応拡大されたあたりから(あるいはそれより少し前に)現れ始めた「現象」です。つまり、統合失調症薬としてのジプレキサの特許が切れるため減収を嫌った製薬企業(ここではイーライリリー)の販売戦略の一つとしての「適応拡大」ということです。

 そこには、うつ病が治らないで苦しんでいる患者、あるいは抗うつ薬の副作用によって躁うつ的な気分の変動に苦しむことになってしまった患者に対する視点はほとんどないように思われます。

 製薬会社といえども営利を目的とした企業ですから、「戦略」は必要でしょう。しかし、そこに不正があってはならないし、やはり「命」にかかわる薬を扱う企業としての責任や潔癖さ、プライドは不可欠です。が、どうもそのあたりからして疑わしい。だからこそ、消費者である私たちは自分で自分の身を守らなければならないわけですが、そのためには「情報」が必要になります。

 その「情報」を発信するマスコミ、ましてや私たちが納める受信料で番組を作っているNHKが、そんな製薬会社の販売戦略にまんまとのせられて、そのお先棒を担ぐようなことがあってはならないはずです。

 考えてみれば、うつ病治療ガイドラインの執筆者を招いて番組を制作する……なんとお手軽な手法なのかと思います。

しかし、NHKの言い分はおそらくこういうことでしょう。

 ガイドラインに書いてあることを放送しているだけだ。だから医学的にも裏付けがある。私たちは医学については素人である。医師に教えを乞うより方法がないではないか……。

 しかし、NHKにしたところで、精神医療の実態については知らないはずがないのです。にもかかわらず、こういう番組で一方的な情報を垂れ流しにする――。

「NHKが放送していた」というだけで、どれほどの影響力を人々に及ぼすか、それは一種の洗脳にもなりかねないということを、いま一度国営放送(?)たるNHKは忘れかけた矜持とともに自覚してほしいと強く願います。


 事実、SSRIが日本に導入されたとき、NHKはその「魔法の薬」を何度も番組で取り上げて、その「効果」もあって国民のあいだにSSRIの認知度は高まりました。

 一方、英国では、同じ頃(2002年)、公共放送BBCの「パノラマ」という番組で、「セロキサットの秘密(セロキサットはパキシルの英国商品名)」と題して、SSRIの副作用について大々的に取り上げていました。

 同じことをしろ、とは言いません。せめてNHKが「前科」を反省していれば、今回のような精神医学会が先導する「双極性障害」に便乗して、うつ病から双極性障害へとすっと舵を切るのではなく、そこに「疑問」の目を向けることはできたはずなのです。

 情報の扱い方があまりに「幼稚」としかいいようがありません。

 そして、私たちもまた「大本営発表」を鵜呑みしない賢さを身に着ける必要があるのでしょう。

(とはいえ、まだ番組は放送されていません。実際の内容は、NHKの今後を占う試金石か? いや、やはり、もう見なくてもわかります。)