精神医療の現実: 処方薬依存からの再生の物語/萬書房
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 知人の男性のことだが、最近精神科にかかったと聞いた。知人といっても、友人の友人といった関係で、あまり詳しいことはわからないが、ともかく薬を飲み始めたというのだ。

 44歳。とても有能な人で、明るく、人付き合いがよく、気が利き、そつがなく、高校時代は陸上部で活躍した(いまだ破られないまま、記録が残っているほど)。

 会社はコンサルタント会社である。有能だからか、ここ数年、仕事が超多忙になっていた。東京から関西までの日帰り出張が週に2、3度あり、残業も多い。

 そういう生活が続き、ここ数か月ほど前から、鍵をかけたかどうか気になって、確認のため自宅に戻ることが多くなった。火を消したかどうかも、外出先で気になって仕方がない。

 医師に言うと、当然のことながら、強迫性障害と言われ、薬(たぶんSSRI)が出た。

 飲みながら、まだ頑張っている。しかし、症状がよくなったという実感はないらしい。


 同様に、知人の知人の女性(56歳)は、もう10年も前からうつ病治療を続けている。どのような薬を飲んでいるのか詳細はわからないが、数年前に、結局、会社を辞め(この人もコンサルタント)、フリーとなって仕事を続けた。しかし、結局、それも勤まりきらず、いまは地方の大学の講師をしている。コンサルタントとして、その業界では有名人でもあり、そこまで行ってもまだ仕事があるということだが、普通ならとうに失職している。


 どちらの人も、私にとっては間接的な関係である。私が精神医療の問題を追っているということもはっきりとは知らない。


 仕事と病気……。特に男性だと、薬を飲みながらでも頑張って家族を養わなければ、という思いは強いだろう。上記の男性も、2人の子ども(下はまだ2歳)がいて、職を失うわけにはいかないという思いが当然のことながらあるようだ。

 だが、ここまで来てしまうと……と、多くの体験談を聞いている私は思う。薬を飲みながらの「現状維持」は、可能性としてかなり低い。

 症状が出る(強迫性、あるいはうつ)という時点で、すでに心身が悲鳴をあげている証拠である。薬を飲んで、頑張って頑張って、けれどやはり何度か休職をせざるを得なくなって、最終的には退職に追い込まれる。そして、すでにそのときには、体は薬によってかなりまずい状態になっている。


 もちろん、そうではない可能性もゼロではないが、もし、現状――勤務の仕方や、家庭環境、価値観、考え方等々を変えることなく、医師が処方するまま薬を飲み続けたら、上記の女性のように、早晩、退職することになるのではないかと思う。

 だったら、今、辞めてもいいのではないか……。体を痛めつける前に、新しい価値観を発見し、「現状」を捨てる勇気を持つこと。

 しかし、現実問題として、これはかなり難しいのだろう。

 それでも、この精神医療である限り、薬害に合わないようにするためには、そうするしかないような気がする。

 遅かれ早かれ、なのだ。

人間は行くところまでいかないと、気が付かない動物であるかもしれない。しかし、それは精神医療が係ると、かなりの回り道になる。下手をすると、失った健康を取り返すのに人生の大半を費やすことにもなりかねない。

 にもかかわらず、私は彼を説得できる自信はないのだ。

 コメントにはいろいろ書いたが、私自身、まったく体たらくの状態なのだ。


 前エントリのコメントにも書かれているが、この精神医療の現実を、情報をまだ何も持っていない人に伝えるのは、かなりたいへんな作業になる。

 私はこのブログを通して、精神疾患というもののとらえ方、薬のこと、副作用、離脱症状……知っていて当然の世界ばかり見てきたが、同じネットの世界でも、「うつ病の投薬治療」に真面目に取り組んでいる人が集まったグループや掲示板があふれている。後者のほうが圧倒的に多いだろう。

したがって、精神科が無くなるわけがないのである。「先生の言うとおり」と考えている人が大半であり、処方された薬をありがたく飲んでいる人が大半なのだ。精神科医はこういう人を相手にし、「自分は患者さんを救っている」と思い込んでいる。

 だから、私が言っていることなど「とんでもない」ことである。そして、世間の大多数はそっち派なのだ。もちろん、友人の友人である男性にしろ、女性にしろ、同様だろう。

 だから、説得は難しいし、そもそもこれは説得すべきことなのかどうかも、私はいまは少し疑問を抱いている。

 本人が気づかない限り、どうしようもない。気づかせるための情報提供は惜しまないが、それでも気づかない(気づきたくない)人も多いに違いない。

 それにしても、日本は本当に嫌な国になったな、と思う。

 件の男性など、精神科とは一番遠いところにいるようなタイプの人間だったのだ。根明タイプで、適当に手抜きも知っていた。そういう人間でさえ、精神科にかからなければならないほど酷使に酷使される社会。これからの日本で第一線で働く人は、いったいどれほどのタフさが要求されることになるのだろう。

 ただ、この人は、人の好さ、頼まれたらなかなか嫌とは言えないタイプである。そういう人めがけて、いまや仕事は押し寄せてくる。そして、それが正当に評価もされず、働き損の社会である。

 彼が精神科にかかっていると聞いて、私は精神医療のお粗末さを思うのと同時に、「あんな人まで……」という驚きを禁じ得なかった。

 明日、彼に会う予定である。

 本を渡そう。