中山書店という出版社からこんな本がシリーズで出るらしい。

『外来精神科診療シリーズ』

来年1月から刊行され、全10巻。「メンタルクリニックの日常診療を強力にサポート」するとうたっている。

 つまり、精神科に勤務している精神科医に開業を促そうという趣旨の本である。

 そして、いまなぜ、メンタルクリニック開業なのか? 中山書店のHPによると、以下のような説明だ。


「近年,精神科病院の病床数は減り続けており、1993年に36万2千床以上あったものが、2013年12月では33万9千床と、この20年間で2万床以上の減少をみている。平均在院日数も1990年当時は490日だったが、2014年6月では275日まで短縮された。

 これに対し精神疾患の患者数は、1996年の218万人から2008年には323万人へ約1.5倍に急増し、とくに外来患者数は185万人から290万人へ約1.6倍に増えている。

 このような動きに呼応してメンタルクリニックが急増するなか、日本外来精神医療学会(2001年)や日本外来臨床精神医学会(2003年)も設立され、外来精神科診療の重要性は、今後益々高まっていくと予想される。

 本シリーズは,外来精神科診療の実践的な「知と技」を集大成し、メンタルクリニックのこれからを強力にサポートする従来にない新しいシリーズである。執筆者は、原則としてクリニックの最前線で患者の診療を担うドクターであり、現場の創意工夫から生み出された多くの優れた技を余すことなく披露していただく。クリニック関係の先生方はもとより、クリニックと直接関係のない先生方にもたいへん参考になる内容である。」


 世の中にこれほど多くの精神疾患患者がいる。しかし、近年病床数は減り続けているので、その受け皿としての町中のメンタルクリニックは今後ますます重要な役目を果たしていくことになるだろう、と言っているわけだが、正直、精神科の病床数が減ったといっても、まだまだ断トツの「世界第一位」であることに変わりはない。

 それに、患者数の多さは、そもそも精神医療自らが作り出したものである。多くは、DSM等による「過剰診断」と、多剤大量処方による医原病、SSRIに端を発したうつ病治療の失敗の反映なのだ。

しかし「323万人」――この数字は、精神医療を拡大したい人にとっては非常に都合のいい数字として、あちこちで使われてきた。自ら製造した患者であるにもかかわらず、「ほら、こんなにたくさんいるでしょう。だから、精神医療はもっともっと必要です」というふうに。

精神疾患の早期発見、早期介入のときもこの数字は使われたし、企業のメンタルヘルスを訴えるときにも使われた。そして、今度は、(すでに急増の時期を迎えているにもかかわらず、さらに)「メンタルクリニック」の開業を促そうというわけだ。

全10巻のシリーズを担当した、現役の開業医5人が対談を行っているが、

http://www.nakayamashoten.co.jp/bookss/define/series/pdf/mcs_table-talk.pdf

この中で面白いことを言っているので、書き出してみよう。現役の医師が開業をどうとらえているのかがうかがえて、たいへん興味深い。


質の悪い診療、経営第一

「精神科クリニックに対しては、あまりよくない話も実はけっこう多く聞きます。例えば、クリニックで心療していますと、どうしても他から見てくれる人の目がなくなってしまって、下手をすると質の悪い、あるいは短時間の診療というのがまかり通ってしまっている可能性があるのではないか。一部では経営ということ、経済面に目が行き過ぎて、1日でものすごい数の患者を診ているクリニックが、実際ごく一部ですけれども、あるようですね。」

「ごく一部」なのかどうか……?


開業の目的――従来の精神医療(アカデミズム)への不満?

そもそも「開業」する目的とは何だろう? やはり「稼ぎたい」という欲望が根底にないだろうか。

しかし、対談では、自分のクリニックは「善意」に診療を行っているので、赤字であり、維持していくだけでもたいへんであるといった例が紹介され、それでも「志を貫くために」開業に踏み切った……と。

「クリニックを開業した人というのは、ある意味、これまでの精神科医療に対して、批判も含めていろいろな見方を持っています。それと違う場で自分なりの診療を通して、その自分が思っていることをやりたいという志をもって始めて、それを実現するうえでいろいろと工夫をしているわけですけれども……」

「いまの精神科医療の現状、あるいは精神科のアカデミズムに対して不満、ないし不充足感がある。」


今は歯科より精神科のほうが開業しやすい

さらに、開業という点で、やはり経済がらみと思われる点での考察。

「私どもの地区ではそれほど精神科診療所は多くないので、飽和状態に達していないと思うのです。歯科等ですと、もう飽和状態に達していて、かなり厳しい状況だと思いますけれども、まだ精神科の場合は多くの地域は飽和に達していなくて、安直にかかれる診療所というのは需要が多いと思っています。」

 要するに、歯科はもう開業しても患者獲得に苦労するが、精神科の場合、まだまだ大丈夫ということだ。


精神科医は身の上話を聞くのか?

「開業される先生方の比率ということを考えますと、例えば眼科では開業される先生が多い。6割以上は開業される。(精神科ではまだ少ないといいたのだろう)。

また、今の社会情勢で行くと、大学病院は急性期は扱うけれども、慢性期の患者さんは地域で診るような形でシフトしていますので、慢性期の患者さんを、それこそ長く入院させるということは時代の流れに逆行する。地域で通院しながら、慢性の患者さんを長く診ると、それが他の科では当たり前になっている。

精神科についてもそのような時代の流れがあり、それが当たり前になっていく時代が来るのではないかと思う。」

「精神障害はほとんどが慢性疾患ですから、じっくりそれと付き合っていく、丁寧に付き合っていくことが必要で、かなりクリニックが担当させていただくことになるでしょうね。」

「眼科医と違うのは、我々は身の上相談が多いということです。身の上相談を眼科医にはしませんから、身の上相談は世の中に満ちていますよ。それを聞く人が誰かというと、精神科医くらいではないですか、心理学者も開業しているわけではないし、本当にそういう意味では、眼科以上に地域の精神科医が必要な時代になってくると思いますね。」


 ところで、身の上相談をしに精神科を受診して、いったい何をしてくれるというのだろう。

 家族の問題、夫婦、親子の問題、失恋、金銭の問題、性格の問題、職場の人間関係等々、そういう問題を薬で解決できるのか。薬でないとしたら、精神科医にどのような「技」があるというのだろうか。

ちなみに、日本外来精神医療学会のHP、設立趣意書には、次のような記述がある。


「いわゆる精神医学の社会化に伴い、かつては精神医学医療の対象とはなり難かった生活上の困難や人間関係上の諸問題といった、いわば病なき病と形容しうるような問題の解決までもが、昨今では精神医療に託されてきています。

 このように精神医療の利便性が向上することは国民の精神健康上望ましい傾向ですが、その期待に応えられる外来臨床の実践学として体系と技法を、精神医学はまだ充分に開発していないのが現状であります。」


 身の上相談的問題解決の方法はまだ充分に開発していないと言っているわけだが、それを開発しようというのが、この10巻の試みと言いたいのだろうか(全部そろえると8万円、事前注文なら割引があって7万5000円)。

しかし、身の上相談のために精神科に行き、結局、必要もない薬を処方され、依存症にさせられて、薬をやめるために苦しんで、肝心の身の上相談については解決するどころか、当人の体調悪化のため、さらなる混乱に陥ってしまった……そういう話は巷にあふれている。

このような本によってつくられるメンタルクリニック(他科から流れてくる医師もいることだろうし)がどの程度の医療を提供できるというのだろう。

これまでも急増したメンタルクリニックにおける質の低下はさんざん問題になってきた。それをさらに拡大しようというのだ。たった8万円で、座学のみで開業? 身の上相談も引き受けます? 

確かに、町を歩けば、歯科の多さにびっくりする。そして、精神医療が目指しているのは、要はそういうことなのだろう。石を投げればメンタルクリニックに当たる……それが彼らの目論見なのだ。

しかし、クリニックの粗製乱造は、医療被害を増加させる。すでにそういう歴史をたどってきたのだ。

どこまでいっても患者不在の精神医療である。


 ちなみに、10巻の内容は以下の通りだ。

Part I 精神科臨床の知と技の新展開

① メンタルクリニックが切拓く新しい臨床 ―外来精神科診療の多様な実践―

原田誠一(原田メンタルクリニック) 20151月 定価(本体8,000円+税)

② メンタルクリニックでの薬物療法・身体療法の進め方

石井一平(石井メンタルクリニック) 20154月 予価(本体8,000円+税)

③ メンタルクリニック運営の実際 ─設立と経営,おもてなしの工夫─

松﨑博光(ストレスクリニック) 201510月 予価(本体8,000円+税)

④ メンタルクリニックでの精神療法の活用

原田誠一(原田メンタルクリニック) 未刊 予価(本体8,000円+税)

⑤ メンタルクリニックでの診断の工夫

原田誠一(原田メンタルクリニック)未刊 予価(本体8,000円+税)

Part II 精神疾患ごとの診療上の工夫

⑥ メンタルクリニックでの主要な精神疾患への対応 [1]

―発達障害,児童・思春期,てんかん,睡眠障害,認知症―

森山成杉木(通谷メンタルクリニック) 20157月 予価(本体8,000円+税)

⑦ メンタルクリニックでの主要な精神疾患への対応 [2]

―不安障害・強迫性障害,ストレス関連障害,身体表現性障害・摂食障害,嗜癖症・依存症,パーソナリティ障害と性の問題―

森山成杉木(通谷メンタルクリニック) 未刊 予価(本体8,000円+税)

⑧ メンタルクリニックでの主要な精神疾患への対応 [3]

―統合失調症・気分障害―

高木俊介(たかぎクリニック) 未刊 予価(本体8,000円+税)

Part III メンタルクリニックの果たすべき役割

⑨ メンタルクリニックの歴史,現状とこれからの課題

付:基本文献選集&お役立ちデータ集  未刊 予価(本体8,000円+税)

⑩ メンタルクリニックにおける重要なトピックスへの対応

―東日本大震災とメンタルクリニック,ギャンブル依存症,教員のメンタルヘルス,アウトリーチ,ターミナルケア,ほか― 未刊予価(本体8,000円+税)



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