世間では新型コロナウィルスの話題で持ちきりですね。

しかし、精神科で治療を受けながら改善せず、状態が悪化するばかりという方(あるいはその家族)にとっては、ウィルスも怖いですが(入院していれば院内感染はかなり心配です)、日々の戦いは相変わらず続いています。

 被害の報告をたくさん受けて、それでも少しずつ改善していく人もいる中で、ずっと心に引っかかっているのは、やはり子どもさんの被害で、なかなかいい話がありません。(もう一つは「下山日記」というブログに書かれているような状態に陥る方の話。このブログは当事者の方が読まれるとあまりいい影響を与えない(とはいえ、かなりの方がすでにご存じかもしれません)ため、ここではあえて明記しませんが、次回はそれについて取り上げようと思います)。

 

 子どものケースで多いのが、例えば、環境の変化(中学入学、高校入学、大学入学など)から症状が出るというパターンです。とくに、最初に出るのは「不登校」という現象です。

 家族から見て、それまでとくに「発達障害」等を思わせるような状態もなく、「ごく普通」に育っている(でもちょっと神経質、まじめすぎるかな、くらいの認識)と思っていたある日を境に学校に行かなくなり、そしてどんどんおかしな言動が出てきて、結局精神科を受診せざるを得ないような状態になっていく。

 すると、ほぼほぼ間違いなく「統合失調症」という診断になります。

 あるいは、発達障害の二次障害としての統合失調症(最近はこっちが流行りかもしれません)。

 当然のことながら、投薬治療が始まりますが、それでよくなったという例をあまり知りません。改善しないので、薬はどんどん増えていきます。結局、入院となり、かなりの量が入ったところで、最初に出た症状が消え(ることもあります)、代わりに別の症状(過鎮静など)が出て、それでも「おとなしくなった」からか、一応退院。大量の薬の処方に変化はなく、それをずっと飲むことになります。

 そうこうしているうちに、またしてもおかしな症状が出てきて、再入院。薬を変えたり、さらに量を増やしてもにっちもさっちもいかなくなると、必ず医師の口から出てくるのは、「クロザピン」か「電気ショック」です。

 

 先日も、女子高校生が「発達障害の二次障害の統合失調症」(症状としては、不登校⇒飲まない食べない、カタトニア状態)ということで、結局電気ショックを受けることになったという話を聞きました。

 家族としては食べない飲まないのが何より心配(点滴だけで何日もしのぎました)。そこで医師から提案されたのが、電気ショックです。専門家(であるはずの医師)から「よくなる」と言われれば、家族として、電気ショックでもなんでも承諾する気持ちは理解できます。

 が、本当に「よくなる」のか?

 この話は現在進行形です(電気ショックをいま受けている)。私としては何とも胸つぶれる思いですが、家族が了解し、飲まない食べない状態を改善できる方法をすぐにも提示できない立場としては、口を出すことはできません。また、このお母さんご自身、やると決めた以上、他人の意見は今は聞きたくないようです。

 

 しかし、子どもへのECTに関して以前次のような体験談を聞いたこともあり、私としては何とも複雑な心境です。

 そのお嬢さんは、中学に入ったころから不登校気味となり、体調不良を訴えたため内科を受診しました。結局内科では解決しなかったため、精神科に回され、統合失調症と診断。大量の薬物による治療が始まりましたが、状態はますます悪化(本当にこのパターンが多いです)。そこで家で減薬を行っている……そんな状況のとき、メールをいただきました。以下紹介します。(これは拙著『ルポ精神医療に積んがれる子どもたち』に書いたものです)。

 

「離脱に伴う症状(暴れる、パニックになる、幻聴に振り回される、当人からの身体の不調の訴えなど)に、家族も全力で介護をしていますが、家族だけで抱えなければならない現状に、疲れてしまっています。本当に家族バラバラになってしまいそうです。(略)

 私の子どもはたった14歳で修正型電気けいれん療法を受けました。なぜ子どもに対して、このような辛い思いをさせてしまったのかと、このことで自分を責め続けています。

 体調不良で受診した内科から、某県立のこども専門病院思春期外来を紹介されました。この時は少しでも元気になってほしい、本人も元気になりたいとの思いで、思春期外来を受診しました。

 それから体調は悪くなり、人格も変わっていってしまいました。医師に薬の副作用を訴えましたが、その度に薬は増えていきました。どう考えてもおかしい。薬を減らしてもらおうと夫婦でお願いに行きました。この時は薬を減らすことにより起きる離脱症状など知らず、また医師からも何も説明はありませんでした。

 医師はデパケンR600㎎、リーマス600㎎、コントミン135㎎、ユーロジン1mg、セロクエル300㎎、ジェイゾロフト25㎎を1週間で、すべてゼロ㎎に断薬しました。

 娘は水も食事もとれなくなり、衰弱し寝たきりの「混迷状態」に陥りました。

 医師は急激な断薬は危険だと知らなかったのでしょうか? それともこのようなケースは精神科では、普通にあることなのでしょうか?

 医師からは、混迷の原因は統合失調症だからという説明でした。この状態では命すら危ない、混迷状態を改善するには修正型電気けいれん療法しかないと聞かされ、別の病院に転院し(電気ショックができる病院に転院)、治療を受けました。

 その後、何人もセカンドオピニオンにかかりましたが、某県立こども病院の医師がそう診断したのだから、間違いなく統合失調症ですと、全員から同じ答えしか返ってきませんでした。納得できない、疑問だらけでも、受け入れていくしかありませんでした。

 でも、いま誤診とはっきりわかり(最後に受けたセカンドオピニオンで発達障害と診断されたとのことです)、減薬を始めました。

 減薬は本当に苦しみの毎日です。

 今も某県立の医師に、なぜあのような量の薬が必要だったのか、診断について聞きたいです。医師からの「思春期の統合失調症は、一生治りません。薬は飲み続けて下さい」と、この発言は忘れることができません。」

 

 以上がいただいたメールですが、実はこの話には後日談があります。

 このお子さんはその後も減薬を継続したのですが、減薬の中での混乱状態から、自宅マンションの窓(6階)から飛び降りてしまいました。

 幸い、一命はとりとめましたが、車椅子の生活に……。

二度ほどお見舞いに行きましたが(最初は減薬入院をしているとき。もう一度は、飛び降りて骨折した脚に包帯がまかれていましたが、どちらも私とのコミュニケーションはできない状態でした)、その後しばらくお母さんとの音信が途切れました。

 そんなある日、ふとお母さんから電話がかかってきたのです。

 娘さんはその後も車椅子の生活だが、そのせいで減薬、そして断薬までたどり着くことができた……とお母さんは比較的明るい声で話しました。「そのせいで」というのは、車椅子なので、減薬中の混乱で遁走したり、さらに窓から飛び降りたりなど不測の事態が起こらずにすみ、以前よりスムースに減薬を進めることができということのようです。皮肉としか言いようがありませんが、それでも今では笑顔も戻って、以前の娘に戻りつつあると……。

 何とも長いトンネルです。そもそもこのトンネルは「必然」のものだったのか、それとも「医療」が作り出したものだったのか。

 少なくとも「混迷状態」に陥ったのは、医師が主張するように「統合失調症だから」ではなく、急な断薬のせいだと思われますし、そこで行われた「修正型電気けいれん療法」にどのような効果があったのか、なかったのか。お母さんからはECTをやって多少なりとも改善したという話は一切なく、ただただ後悔の言葉しか聞くことができませんでしたけれど。

 

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