双極性障害がいきなり脚光を浴び始めたといっても、別に日本人が突然、躁うつの気分変動を呈し始めたわけではない。背景には、精神科医と製薬資本による「疾患喧伝」がある。製薬会社のマーケティング戦略に精神科医たちがいとも簡単に踊らされてしまう点こそが、事態の本質なのである。

 疾患喧伝とは、生理的な範囲の身体の不調を指して「病気だ、病気だ」と騒ぎ立てて、やれ「医者にかかれ」だの「治療しないとまずい」だのとかまびすしく説いてまわることをいう。製薬会社は医薬品の潜在的需要が、病気と健康の中間領域にあることを熟知している。巨大市場を求めて逆流性食道炎、過活動膀胱、脱毛症、勃起障害などの境界領域を狙い、研究開発費を上回る巨大な予算を広報活動に注入する。

こうして疾患イメージは増幅され、医者たちは無邪気にも踊り始める。

精神科医は、これまで疾患喧伝の扇動に従順であった。気分障害患者数が見かけ上の増加を始めたのは1999年。それは、SSRIの本邦登場と一致する。製薬会社の疾患啓発にそそのかされた精神科医たちがよく考えもしないでSSRIを処方し、それに伴って保険病名「うつ病」を乱発したからであろう。そのほかにも、ADHD(メチルフェニデート)、社会不安障害(SSRI)、など、精神科医が情報操作にまんまと乗せられた例は枚挙にいとまがない。

今後、疾患喧伝の対象は双極性障害に移る。精神科医の多くが薬物療法以外の治療手段を考えられない現状は、危険である。

 

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これを書いたのは私ではなく、井原裕医師(獨協医科大学越谷病院こころの診療科)。論文のアブストラクトを(一部変更して)引用させていただいた。

2011年に書かれたものだが、双極性障害診断のその後の増加を見ると、「今後、疾患喧伝の対象は双極性障害に移る」の予言が実現した感がある。双極性障害は「流行病」の様相を呈しながら、最近ではその診断はごく当たり前のもんとして受け入れられるようになっている。「うつ病が治らないのは、実は双極性障害だったから」。これが流行のキャッチフレーズだったし、現在もそうした誘導が盛んに行われている。

そこに、こうしたスタンスで精神科医自身が、すでに2011年当時、双極性障害を述べていることは、非常に興味深い。(2011年はうつ病学会の中に双極性障害委員会ができて間もなくのこと)。この医師の実際の臨床については詳細を知らないが、ともかく、この論文に書かれていることは、「本当」のことである。

医療を受ける側もこれくらいの知識は必要、それが精神医療という世界なのだ。

 

https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1130121218.pdf