上海万博の日本館についての記事にもいろんな反響をお寄せいただきありがとうございます。
ピータ・クック」と設計企業の違いはわかったから、こんな有機的建築で近未来な建物は誰に頼めばいいの?
たとえば、日本人建築家では今だれがすごいの?
といったご質問もありましたので、あくまで私の私見ですがはっきりとお答えしておきます。

ズバリ!遠藤秀平(えんどう しゅうへい)さんです。
http://www.paramodern.com/

遠藤秀平さんは、滋賀県ご出身の若手(といっても建築業界における判断です、実際はかなりたくさんのご実績)建築家としてここんとこ日の出の勢いです。
建築物を構成する素材といえば、木造、コンクリート、鉄骨といったところが相場ですが、
この遠藤さんは鉄板を主に使っています、しかも波々の。
一見すると昔のトタン波板のように見えたりもしますが近寄ってよく見ると、
もっと厚みが厚く表面にも亜鉛メッキが施されている重厚な素材なんです。
コルゲートチューブ、コルゲートパイプといわれています。
これは元々建築素材ではなくかなり極限的な機能をもった土木素材なんです。
それも、河川の取り入れ口とか採掘随道などに使われたり、地下貯水タンクとして使われたり、軍事使用では土砂に埋めてカモフラージュをほどこし緊急用のジェット機格納庫として使われたりもします。
このコルゲートパイプは波と波がちょうど段ボールのように面剛性を高め軽いにもかかわらずかなりの強度をもっています。この波どおしをかみ合わせてボルト留めすることでどこまでも伸ばせたり、大きなアーチを構成したりすることもできる素材なんです。

建築エコノミスト 森山のブログ

このコルゲートチューブの特性に目をつけ簡易に自力で強度のある建築物ができないか?と考えた人は過去にもいました、丹下健三の元で設備エンジニアリングをおこなっていた天才、川合健二(かわいけんじ)さん、その人に私淑した現早稲田大学教授の石山修武(いしやまおさむ)さんなどです。

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遠藤さんは、彼らがあくまでコルゲートチューブの円筒空間を居住可能と冒険的に実行していた批評的レベルから、コルゲートチューブそのものを軽量で強度のある建築構造素材ととらえなおし、極限的な予算の中でそこから生まれる空間デザインの可能性に賭けたところが、すごいんです。

まず、下左写真は新幹線米原駅北口にある自転車置き場です。これは当時出来上がったばかりの関西新空港を意識した建物の壁屋根をシームレスに一体化した「つの字」の建築です。自転車を自走で昇降させるためのスロープの構造こそコンクリートで立ち上げてありますが、壁から屋根にかけてのうねり上がった波板部分がコルゲートチューブによっています。
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上右が駅です。こちらも自転車置き場ですが、これが遠藤さんの真骨頂である建物が壁や屋根、柱や梁といった部分に分解され得ないすべてをこのコルゲートチューブのみで平地に設置されています。建築というものは構造と仕上げに分かれるものなのですが、この建築はそれすらない、野外ということもありますが構造の鉄板数ミリが内外を分ける、現代の草庵のごとき潔さです。建築というよりも限りなく彫刻に近いですね。しかも、通常ではデザイン表現など諦めてしまうくらいの公共工事ではもっとも極小の自転車置き場とか公衆便所とかのジャンルにおける超々ローコスト建築です。

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と、まだまだこのコルゲートパイプによる建築実績をお持ちなのですが、
昨年遠藤さんは画期的な建築を実現されているのです。それは、小山のような建築、近未来のシェルターのようでもあり、建築というよりも宇宙ステーション、英国の人気子供番組テレタビーズの基地ともみまがうようなエコロジー建築ですね。

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この建物はビーンズドームと呼ばれています。ビーンズとは豆、文字通り空豆型の屋内運動施設です。
そしてこの建物は屋根面が緑化されています、しかも申し訳程度に花やコケを生やしたものではなく、河川敷の土手がそのまま現前したかのような、ススキや雑草が生い茂り蜂や蝶が集まるような屋根をもった不整形曲面ドーム屋根をもっています。

こんなにいろんな建物をさまざまな素材と形態で構成し、毎回のごとく新規なディテールを考案しながらもコルゲートチューブで培った全体と部分がシームレスにつながっていくという有機的な構成で新規の空間デザイン表現をされている遠藤さんですが、変に武張ったところのない物静かでやさしい落ち着いた雰囲気の人なんです。
実現している建築の過激さに比して、お人柄は無刀剣の達人のように水鏡なる心持ちを感じる建築家です。
このしなやかさは直視的に日本風とは言いがたいですが、一枚の布を縫い合わせることで構成し、バラバラにして布に戻すこともできる着物のように、ひとつの素材と機能とデザインの一体性に通じる意味で日本的な構成力でしょう。
万博というイベント向けにエコロジーを標榜しながらアバンギャルドも表現してほしいとしたら、この方に上海万博日本館を依頼すればよかったんです。