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津留 晃一 【人間らしくていいじゃないですか】より以下抜粋
あなたがどんなに親しい人と思う人であっても
互いに無限大の相違点を持っています
反対にどんなにウマが合わない人であっても
互いに無限大の共通点を持っています
その相違こそがお互いの存在価値なのですから
相違点に意識を向けるのは意味のないことです
ところが多くの人はその違いを克服し
埋め合わせしようとがんばっています
それは決して報われない不毛の努力です
相違点をなくせば一致するというのは誤解です
私たちは1つです
すでに初めから一致しています
わざわざ作った個々の小さな違いに
意識をフォーカスするのはもうやめましょう
以上ここまで
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親しい間柄になればなるほど
意見の相違があるとお互い我を張り合ってしまう
親子とて兄弟とて夫婦とて・・・
私なんてホントに強情っぱりだから絶対折れない
それでさんざんパパともやり合ってきた
これまた見事に価値観が対極をいく人をパートナーに選ぶもんなんだね
だから今までにどれほどの修羅場をくぐり抜けてきたことか(((゜д゜;)))
これは夫婦やった人ならほとんどの人に言えることかもしれないね
キレイ事では済まされない世界だからなぁ
でもだからこそたくさんのレッスンが盛り込まれているんだろうねぇ
ここ最近はずいぶんとケンカしなくなってきた
もちろん意見はいつもぶつかり合う
どこまで行っても天と地のように平行線のふたりだからね
でも最近はなるべく相手の意見を否定しないことを意識できるようになってきた
パパの意見は意見としていったん受け取る
受け止める、とでも言おうか
受け入れるまでの理解は示せないまでも
あなたの考えはそうなんだね
と受け止めることはできる
【受け入れる】と【受け止める】では雲泥の差がある気がする
【受け入れる】というと全てを理解し肯定し賛成する領域まで入ってそう
そこまではまだキャパ広くないし
ムリに同じ意見に合わせることも意味ないとも思う
【受け止める】なら同意はできないけどその意見はわかったというニュアンスになる
だからとりあえずまずはどんな意見でも受け止めようと思っている
それは親や兄弟やお客さんや友人や誰の意見でも
私の意見が正しいか相手の意見が正しいか
本当のところはわからないし
それぞれの世界観に照らし合わせればそれぞれが正しいんだろうし
どっちの意見が正しいかってやってるうちはどっちのケツもアオい(失礼!)
アオいケツも嫌いじゃないけどぉ~~~( ̄* ̄ )
正しい、正しくないという2極の世界からまず脱出してみようと思う
あなたの意見はこうだね
じゃあ私の意見はこうだよ
それでいいかなぁって思う
そうすると葛藤にハマらなくてすむからとてもラクなんだ
いかに葛藤なくラクに生きるかが私のテーマでもあるので(ちっちゃいテーマだぜ)
これだったら相手に合わせる必要もないし
自分の意見も素直に伝えられるし
あとの結果は流れに任せればいいかなって感じ
まだ【受け入れる】という懐の深さはもち合わせていないから
今のところ【受け止める】で精一杯
意見の違うボールはとりあえず受け止めて
共感できるとこは共感するし
いいとこだけ頂いてもいいし
そのキャッチボールを楽しめるといいなぁ
60億もの違う星々から地球に集った60億の人間なんだから
顔カタチが違うように価値観、信条は違って当たり前なのかもしれない
みんなそれぞれ違っていい、じゃなくて
そもそもみんなそれぞれ違うんだ!
だからこの地球というテーマパークは想像も絶するような
多種多様なドラマが体験できるんだろう
パパとの相違点は永遠に続くかもしれないけど
その相違点こそ体験したかったことなのかもしれないなぁ
ある朝の会話
『時間だよ~起きなさ~い』
『なんで?』
『・・・・・・・・な、なんでだとーーっ!』
『なんでじゃないだろっ!学校いく時間だよっ!』
『めんどくせーーー』
『ご飯食べちゃいなー』
『めんどくせーーー』
『着替えちゃいなー』
『めんどくせーーー』
『カバン用意しなー』
『めんどくせーーー』
『自転車出しなー』
『めんどくせーーー』
『・・・・・・・・』
こんな子供の気持ちはまだ完全には理解できないけど
めんどくさいと思うキモチを受け止めることくらいはできそうだ
『そんなに人間やるのめんどくさいならカブト虫にでもなってろっ!』
と、逆ギレする母と息子の相違点も永遠だ・・・┐( ̄ヘ ̄)┌