振り返って自分史を書いています。
を読んでから
読んでもらえたら
より、理解しやすいと思います
いまの拝藤チサトは
整理収納コンサルタントとして活動中です。
でも、当たり前やけど
人生山あり谷あり。
恥ずかしい歴史もあるし
胸が締め付けられるような苦しい思い出も
あります。
※2017年7月の加筆編集記事です
高知県のゼネコンを半年でドロップしてから、
4年半ぶりに兵庫県西宮市の実家に戻りました。
大学時代から、実家を離れていた私には
実家暮らしに慣れるのに時間がかかった。。
母の一言ひとことに
受け答えすることが
ダルかった記憶があります
(親不孝もの)
23歳の私は四大卒のフリーター
西宮北口の、無印良品でバイトをしてた。
時給850円とか、そんな時代です。
5ヶ月ブラブラして、ハローワークで探した
芦屋市のインテリアデザイン事務所に就職。
社長一人、社員三人の小さな会社。
(社長60代女性、社員は全員20代・・要はアシスタント)
社長一人で、売り上げを伸ばし、社員はサポート(雑用)してるような形態です。
そこで、心機一転
/
新しい気持ちで仕事に取り組むぞ。
ここからキャリアは始まるんだ!
\
そんな意気込みでした。
とにかくね、、早くダメな自分を脱却したかった
同級生に遅れをとった自分が
惨めだったんです。
インテリア事務所の仕事の内容は多岐に渡ります
・マンションモデルルーム作成
・店舗インテリアデザイン
・店舗リフォーム
・住宅リフォーム
・住宅インテリアコーディネート
・家具作成
・家具修理
そこで、私はインテリアの色々を学びました。
社長は65歳の年配女性。
ワンマンで、人を見下して
言葉が悪くて、人遣いが荒い!!
プラダを着た悪魔👿の
メリル・ストリープみたいな人。。
あんな洗練されてなかったけども…
いままで、関連会社から社員がすぐ辞める。
長続きしない。会社だよ、と聞いていたんです。
(おススメしないけど)
二年間、暴言パワハラを受けながら
だましだまし仕事を続けたけれど、
/
もうムリ!辞める〜〜
\
と思った矢先に、
悪魔社長が、
東京に事務所を移転すると言い出した。
移転を仕事を辞める口実にして、
私はサッサと辞めてしまいました
あ〜私って何をやっても続かないなぁ。
私が無能やから、
2つの職場が続けざまに、
ダメにったんかなぁ。
落胆していました。
/
私って仕事が出来ない人間なんかな、、
\
本気でそう思ってました。
そんな25歳の拝藤チサトは
何にもない、何の取り柄もない
2つの職場を経験しただけの
プライドだけが高い
ただの25歳でした。
『つづく...』
全8話 プロフィール
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拝藤チサト