古高目線

初めて志春とあった日。



その日は太夫が他の客を接待する日だった。だから、新造が来る。床入りをしないため、夜は私一人になる。


その後に大事な、大事なことをするためだった。この国の行く末を変える、大きな、命がけの計画をするため。



新造は見慣れている。情報を集めるため、なんでもした。

その時に出会ったのは志春だった。



部屋に入った志春は挨拶をしなかった。

まるで、誰かに追いかけられていたような、そんな様子だった。



迷い猫のように怯え、震えていた。それが可愛らしかった。



おいで、というとちょこんと私の隣に座り、酒を入れる手は小刻みに震え、緊張しているように見える。



いつものように…遊女をたぶらかすように少しからかうと泣きそうにうつむく。優しく触れると、耳まで真っ赤になる。

こんな遊女は見たことがなかった。



さすがに想像なんてしていなかった反応だった。

この子は本当に遊女なのか…



くるくる変わる表情。

素直な笑顔。

甘えることを知らない純真さ。



ますます興味深くなる。



男慣れをしていない素直な反応が可愛らしかった。



中身は子供のようなのに、気づけば天女のような美しさを出す。



私はそれに見とれた。

彼女には惹きつける魅力があった。



初めて、遊女と居て緊張した。

純真な女性は私を狂わせた。



本当はこんなことしている暇などない。


私にとって遊女は道具同然だった。ただ、役目として会う。情報を知るためならどんな手でもつかう。
必ず、遊女は甘え、私に近づくはずなのだから。



それがなぜ今になって遊女に入れ込むのか。

私自身、理解ができない。



どうしてか、偽りもなく笑みがこぼれた。この子を知りたい。
私の心が好奇心に満たされていく。



このままでいたら私の手が止まりそうになかった。

そっと、頬に触れ、可愛らしい反応を楽しんでいる自分がいた。



こんなこと考えている場合ではない。わかっていた。



だが、私は、ひと周りも下の女性に焦っていた。



このままでは……。

抑えが効かない。



人を愛しいと思った。

まだ…思えたのか。



もう一度会いたい。
そんなことすら思ってしまっていた。





すると、次の日に高杉と話すため、稽古場を訪れた時に志春はいた。
怪しまれただろう。普通は見せないところを見せてしまった。


これ以上、ばれてはいけない。
巻き込むわけにはいかない。

…絶対に。





そんな想いは一瞬で壊される。







まさか…こんなところで会うとは。






どうして、遊女である志春がここにいる?



声がした。
振り返ったら誰かが転びそうだった。だから助けた。



…それだけ。それだけだった。



受け止めた瞬間分かった。

この子は志春だと。



気づいたら抱きしめていた。


絶対に顔を見られてはならない。それは彼女を私の役目に巻き込むことになるのだから。
それなのになぜ、私は…



私はこんなに抱きしめているのだろうか。



はっ、と顔をあげる彼女は目を見開く。
私はあえて、表情を変えなかった。



嘘で嘘を重ねられた名前を呼ぶことは予想していた。



枡屋ではないと言った瞬間に、志春の表情はさっと困惑や不安の色に変わる。

…嘘をつかれた、と思ったか……



だが…この状況では仕方が無い。



私はこんなすぐに分かる嘘を、
困惑する彼女に押し付けるしかなかった。