ねこバナ。 -816ページ目
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第一話 猫が来た日 その1(26歳 男 会社員)

がさごそ。
がさっ。ごそっ。

「ぴみゃ~~~~~」

まったく、なんでこんなことになっちまったんだか。

ずぼっ。
ばたん。
「あああ、こらこら、そんなに暴れるなよ、今出してやっからよ」
俺は小さな段ボール箱の蓋を、少し乱暴に開けた。
中からは、でっかな毛玉が、俺の顔めがけて飛び出してきた。
「うわっ!」
毛玉はツメを俺のこめかみ辺りにがっつりと立てた。
「いてててて、こら! 何しやがんだ!!」
ぶんと毛玉を振り払うと、毛玉はどたんと床に落ちた。尻から。
しばし呆然としていたようだが、やがてゆっくりと俺の顔を向いて、鳴いた。
「ぴきゃっ」

...やれやれ...。


   *   *   *   *   *

事の起こりは1週間前だ。
合コンで知り合ったカナは、まだ三回くらい会っただけなのに、昼休みに俺を呼び出しやがった。

「すごく大事なお願いがあるの( ̄人 ̄)」

カワイイとは思っていたものの、そんなに親しくなったとは感じなかった。
他の女友達とさほど変わらない付き合いで終わるだろうなと思っていた。
ところが、向こうはそうでもないらしい。
このクソ忙しい中、大事なお願いとやらで俺を呼びつけるんだから。
正直なところ、気付かなかったふりをしようとも考えたが、周りの連中に悪い評判をばらまかれても困る。
昼を回りそうな勢いで飛び込んでくる仕事を必死にこなし、正午五分過ぎに事務所を飛び出した。

「遅いー!」
待ち合わせ場所の喫茶店の席でコーヒーを飲んでいたカナは、開口一番、こうのたもうた。
汗だくで走ってきた俺に向かって、その台詞はないだろう。
「急いで来たんだよ、見りゃわかるだろ」
「だって、私あと五分で戻らなきゃならないのよ、ゆっくりコーヒー飲む時間もないじゃない」
「そんなに忙しいなら先に言えよ! 俺だって暇じゃないんだよ」
「ああ、はいはい、そうよね、ごめん」
軽く流しやがった...。いちいち頭に来る。
俺がアイスコーヒーを注文すると、カナは早速そのお願いとやらを話し始めた。

「あのね、私さ、猫を飼い始めたのよ」
「なんだ、猫飼っていい部屋に住んでたんだっけ」
「ううん、別にそうじゃないんだけどさ、おととい近くの公園で拾ったの。すぐ獣医さんに連れてって、いろいろ注射とかしてもらって、家に連れて来たの」
「おい...。ヤバイぞ、大家に見つかったらどうすんだよ」
「大丈夫だって! ふたつ隣んとこでもイグアナ飼ってるしさ、下のおじさんなんか、野良猫に餌あげてたもん」
「そういう問題かよ...」
「だって、すっごいカワイイんだよ! 公園のベンチの下でさ、こうやってさ、ふるふる震えてたんだよ! 拾ってあげるのが人情ってもんでしょ」
「まあいいや、飼うのはお前だしな。それで?」
「そうそう、そんでね、私さ、ノリコとカレンと三人でさ、来週韓国に行ってくるのよ。三泊四日で」
「ふーん。それと猫とがどう繋がるんだ?」
「だから~。その間、猫預かってくれない?」

なんだと!?

「おい! なんで俺に頼むんだよ! 他に頼める奴いっぱいいるだろ!」
「だってさ~、マナミは猫アレルギーだって言うし、キョウコは彼氏と住んでるからいろいろ面倒だし」
「合コンのセッティングしたアサトはどうなんだよ」
「うー、あの人ねぇ...。悪い人じゃないんだけど、なんかさ、動物に嫌われそうな顔してるじゃない?」
「そんな見た目ねえよ!! なんで俺は大丈夫なんだよ」
「意外と猫好き? みたいな顔してるもの」
「どんな見た目だよ! だいたい、預けるならペットホテルとかあるだろ」
「ああいうとこ可哀想だもん。檻の中で四日も過ごさせるなんて」
「実家に預ければいいじゃねえかよ」
「あ、言ってなかったっけ? 私の実家、宮崎なの」
「うわあ...」
「ねえお願い! 他に頼める人いないのよ」
「あのな、だいたい、そんな予定が立ってるのに、猫拾ってくる自分の行動を考えてみろって! おかしいだろうが!」
「じゃあ、あの子がのたれ死にしてもいいっていうの? 可哀想じゃない」
「そんなの知らねえよ! たくましく生きていくかも知れねえだろ。それに俺の部屋だってペット禁止だっつの」
「ねぇ、お願い! この通り!!」
カナはぱちん!と顔の前で手を合わせた。
「用意は全部私がするからさ、帰ってきたらすぐ引き取るし。それに、おみやげ奮発するから! あと、私に出来ることなら何でもするから!」
いつも思うが、この言葉には矛盾があるよなぁ...。しかし、さてどうしたものか。
カナの後先考えない行動がそもそも問題だと俺は思う。それに猫...。猫ねぇ。飼ったこともないし、興味を持ったこともない。 
だが、そんな動物の世話を断っただけで後々非難を浴びるのも、なんだか割に合わないような気もする。
こいつ、見かけによらず人望があるんだよな...。
少し考えた後、俺は少し訊いてみた。
「でもさ、猫の世話って、けっこう大変なんじゃねぇの?」
カナはそらきた!と言わんばかりの表情で返してきた。
「ぜーんぜん! 昼間の留守番は問題ないしさ、散歩に連れていかなくてもオッケー! ゴハンはペットフードあげればいいし、おトイレだってきれいにするんだよ。もうさ、トラったらさ、家に連れてきたらすぐトイレ憶えたんだよ! 頭いいんだから~」
名前はトラか...。普通だな。
「本当かよ? トイレの掃除とかあるんだろ?」
「今は便利なトイレの砂が売ってるから大丈夫だって! 一日二回のお掃除で済むんだから。こう、オシッコで固まった砂とウンチを...」
「こら! 食事してる人もいるだろ!」
「あ、ごめん。とにかくさ、手間はそんなにかからないんだって。本当!」
まったく。俺が断ることなど、微塵も想像してないなこいつ。
なんだか急に可笑しくなってきた。こんなに身勝手な要求なのに、言い争うのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
しょうがない。たかだか四日間の付き合いだ。
「...わかったよ。俺しかいないなら、世話してやるよ」
「ほんと!? やったぁ! 絶対引き受けてくれると思ってたんだ」
「その揺るぎない根拠は何だよ?」
「えへ、なんとなく」
「まあいいや。それで、俺はどうすればいいんだ?」
「えっと....。あ、私もう行かなきゃ。詳しいことは後でメールするから」
「お、おいこら! もう話終わりかよ!」
「じゃあね、ごちそうさま~」
ちゃっかりしてやがる...。
まあいい。メールのほうが後々楽かもしれないしな。
ふう、と息を吐いたとき、ようやく俺のアイスコーヒーが運ばれてきた。





つづく



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